第23話:起床と戦士とお断り
目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
白い天井。清潔なシーツ。鼻をくすぐる薬草の匂い。
……あれ。
俺、確かロックベアと戦っていたはずなんだが。
「……ん」
ぼんやりとした頭のまま、身体を起こそうとした。
その瞬間だった。
「カイルさんっ!」
「カイルッ!」
左右から、リリアとセシルが抱きついてきた。
「ぐぇっ!?」
いきなりの衝撃に、変な声が漏れる。
遠巻きには、椅子に腰かけたミナとダグラスが、ぽかーんとした顔で俺を見つめていた。
「ちょっ!? 俺、怪我してんだからそんな抱きつかれたら痛……くない?」
負傷したはずの右半身に意識を移す。
だが、痛みはない。
ロックベアの爪が突き刺さったはずの右肩も、脇腹も、まるで何事もなかったかのように動く。
感覚がなくなっていた右手も確かめるついでに、リリアの頭をそっと撫でた。
「カイルさん……よかった……無事で……」
リリアは俺の胸に顔を埋め、声を震わせていた。
セシルも俺の服を掴んだまま、肩を小さく震わせている。
……よほど心配をかけたらしい。
「心配かけちまったなぁ……ってか、なんで俺、生きてんの?」
「バカッ! バカッ!!」
返事の代わりに、セシルがポコポコと俺を殴ってきた。
「痛いっ! 痛いっ! 俺、怪我人だから! たぶん!!」
そう言いながら、俺はセシルの頭を左手でポンポンと撫でる。
殴る力は弱い。
けれど、その手は震えていた。
「本当に、一時はどうなることかと思いましたよ……。まったく、どんな身体してるんですか……?」
ミナがやや呆れた口調で俺を眺める。
その声はいつも通り淡々としていたが、目元だけは少し赤かった。
「どんな身体って……普通の身体ですよ。失礼しちゃうわ……。まぁ、ありがとな、ミナ。治してくれたのは、ミナだろ?」
泣きじゃくるリリアとセシルを宥めながら、俺はミナに礼を言った。
「……あの傷を一気に塞ぐような治癒魔法なんか、私じゃ使えませんよ」
「え?」
「私ができるのは、普通の身体治癒力を高める、よくある治癒魔法です。そりゃあ、一般の治癒師よりはだいぶ効果が高い自覚はありましたが……」
ミナはそこで言葉を切り、俺の右肩へ視線を向けた。
「カイルさんの傷は、治癒魔法で塞がったというより……勝手に治っていったんです」
「勝手に?」
「まぁ、そういうこった……」
ダグラスが、椅子の背にもたれながら口を開いた。
「お前の身体が治ってるのは、お前の尋常離れした自己治癒力のおかげだな……。たまげたぜ。みるみるうちに傷が塞がっていくわ、まだ三、四日は寝てると思いきや、半日で目を覚ますわ……」
ミナとダグラスが、呆れ顔で俺を眺めていた。
……なんだろう。
起きたばかりなのに、すでに人間扱いされていない気がする。
「そ、そうだったのか……。まぁ、おかげで命拾いしたわ……みんなもありがとな」
「……何に対してのありがとうだ?」
ダグラスは俺をじっと見つめてきた。
その表情は、どれに対してだ? と言わんばかりだった。
「えーと……まず、俺を連れ帰ってきてくれたことかな。帰り道もモンスターがいて、みんな大変だったろ? あとは、ダグラス。あの時、大剣でやつの腕と首筋にブッ刺してくれなかったら、俺は死んでたわぁ。あと、リリアも力を貸してくれてありがとな」
俺が思いつく限りの礼を言うと、部屋の空気が少しだけ静かになった。
泣きじゃくっていたリリアも、ようやく顔を上げる。
「……礼を言うのは、私の方です」
リリアは俺の服を掴んだまま、小さく首を横に振った。
「カイルさんの魔力を使わせてもらえなかったら、あの場で聖剣スキルを再起動することはできませんでした……」
「俺の魔力、ねぇ……」
あの時の感覚を思い出す。
全身から何かを根こそぎ引き抜かれるような感覚。
そして、白金色ではなく、漆黒に染まった大剣。
……うん。
できれば深く考えたくない。
俺、農民だし。
ダグラスは気まずそうに頭をボリボリと掻いた。
「……まずは、だ。帰り道にモンスターには襲われなかったよ。お前の魔力の残滓がまとわりついた大剣を見るや否や、モンスターどもは近づいてこなかった」
「……それ、俺の魔力ってそんなに物騒なの?」
「知らん。だが、少なくとも魔物どもには近づきたくねぇ何かに見えたんだろうな」
ダグラスはそこで一度言葉を切り、目を伏せる。
「……あとな。大剣を投げて助けたように見えたんだろうが、ちと違ぇ。俺は迷っちまったんだよ」
「迷った?」
「ああ。間に合うのか。距離を詰めたところで、あのひび割れた大剣で戦えるのか。不意の反撃を受け流せるのか。そういうのを瞬時に考えた結果、投げるしかなかった」
ダグラスは苦い顔で続けた。
「だから、礼を言われるような行動じゃねぇ。俺は最善を選んだんじゃない。選べる手がそれしかなかっただけだ」
そう言うと、ダグラスは気まずそうに顔を伏せた。
「……カイル、大金星」
セシルは俺に抱きついたまま、何とも言えない表情で呟いた。
「……空気を読め、空気を……。まぁ、あの時、見捨ててくれなくて助かったよ、ホント。ここは任せて先に行けー、って吠えてはみたけど、マジでダグラスがリリアたちを担いで逃げるくらいの時間しか稼げる自信はなかったしなぁ……」
……まぁ、何はともあれダグラスには感謝だ。
結果的には倒すという選択肢を取れた。
だが、彼がいたからこそ、逃げるという選択肢もあの場にあったのは事実だ。
俺がそう思っていると、ダグラスがじろりとこちらを見た。
「できると思ったのか……?」
「ん?」
「女とはいえ、鎧や分厚い防具を身にまとった三人を俺が担いで、洞窟入口までモンスターに追いつかれずに逃げる、なんて芸当が……」
「……できないのか……? 戦士だろ、ダグラスは……?」
その言葉に、ダグラスはついに俺から目を背けた。
「できん。身体強化をいくらしたところで、三人分の重量を抱えて、あの長く足場の悪い洞窟を全力で駆け抜けるなんて、戦士でも無理だ。お前が異常なんだよ……」
「異常って、あんた……」
俺は口を尖らせて反論しようとしたが、ダグラスは取り合う気がなさそうだった。
「そう……カイルさんは凄いんですっ!」
「カイルは凄い!」
「やかましいわ、二人とも」
俺は騒ぐリリアとセシルを抑え込むと、改めてダグラスに話しかけた。
「まぁ、俺は身体だけが取り柄の農民だからな……。そんな農民から、ダグラス。あんたに頼みがあるんだ」
「……はぁ……やれやれ。今度はなんだ? 剣の稽古でもつけてほしいってか?」
ダグラスは嘆息交じりに俺を見つめた。
「なぁ……あんたさえ良ければの話なんだが、俺の代わりにリリアたちの旅についていってやってくれないか?」
「「「はぁっ!?」」」
リリア、セシル、ミナが同時に抗議の声を上げた。
「いやいや、だって、最初にちゃんとした戦士が見つかるまでって言ったじゃん……。それに、ダグラスなら安心だろ?」
「嫌です」
「絶対嫌」
「怖いお兄さんだけっていうのは、ちょっと……」
三人は思い思いに口にする。
……あんたら、わがままねぇ……。
「なんでだよ? ダグラスは頼りになるやつだし、経験豊富だし、仲間想いの良いやつっぽそうじゃないか」
「……お前、本気でそれ言ってんのか……?」
ダグラスは相変わらず呆れたような口調で俺を見た。
「本気も本気!! って、ダグラスのその反応は何!? 俺も乗り気じゃねぇって、その顔は!?」
「……はぁ……あのな。俺は戦士だ。そこにプライドは持ってるし、経験もある。戦闘なら仲間の盾にもなろう」
ダグラスは一度、静かに息を吐いた。
「だがな、カイル。お前みたいに、死ぬ可能性が高いのをわかってるにも関わらず、迷わず身を挺するなんて、俺にはできねぇよ。ましてや、それが恋人でも家族でもない人たちのためになんてな……」
ダグラスの意外すぎる発言に、俺は言葉を失った。
そんな俺を見て、ダグラスは苦笑しつつ続ける。
「それによ……たとえ俺より腕のいい戦士を見つけたところで、勇者様方がそれでお前から乗り換えると思うか? お前、自分がどんだけ慕われてるか、自覚しろよ」
「慕われてるって……まだ会って数日だぞ……」
俺は気まずい思いをしながら反論したが、
「……会って数日だから、なんなんですか?」
「カイル、割と器が小さい」
「生まれて数日の子供に、まだ数日だからって言うんですね。幻滅です、カイルさん」
「おいっ! 最後のはおかしいっ!?」
ミナの爆弾発言に、思わずツッコミを入れる。
そんな俺を、ダグラスは面白そうに笑いながら見ていた。
「ははっ……そういうとこだぜ、カイル。俺がお前の代わりに入ったって、そういう雰囲気にはならねぇよ。勇者様方の旅が辛くなるだけだろ」
「さすがです、ダグラスさん! もっと言ってあげてください!!」
「このボケナス鈍感男には、もっとズバズバお願い」
「きゃっ! さすがお兄さんっ!」
……うん、諦めよう……。
ダグラスは三人から賞賛され、うんうんと頷いていた。
いや、割とお前、馴染んでんじゃん。
この状況、半分楽しんでんだろ……。
そして、俺はひそかに心が折れる音を聞いた。
……村長……ザック……ごめん……。
数ヶ月どころじゃないかも……。
俺は村長とザックの怒っている顔を想像し、天を仰いだ。
「まぁ、そんなことよりカイル。お前、武器はこれからどうすんだ?」
ダグラスは、さっきまでの重い雰囲気とは打って変わり、カラッとした表情で聞いてきた。
……あ、そういや、ザックお手製棍棒は粉砕したんだっけ……。
「……あー……どうしましょ。この辺で、家の柱に使うような木材なんか売ってたりしない?」
俺がリリアたちに聞くと、三人はそろって顔を横に振った。
「んなもん、普通に市場に並んでてたまるかよ……。誰が買うんだ、誰が……」
ダグラスは呆れたように肩を竦める。
「とりあえず、武器なら基本的にギルドに言えば貸し出してくれるよ」
「……え? そうなの?」
初耳だった俺は、リリアたちに顔を向けた。
「……そうなんですか……? 私たちの武器とか防具って、基本的に機関からの貸与品なので……」
「マジか……」
俺は驚愕の事実を知り、固まる。
「俺の大剣だって、本命は別の街に預けてあって、今回の大剣はギルドからの支給品だ。まぁ、おかげでAランクモンスター相手にずいぶん手こずっちまったけどな……」
ダグラスは苦笑しながら答えた。
……なるほど。
武器も毎度毎度持ち出してたら消耗して費用がかさむから、必要な時だけ借りるって手もあるのか。
特に高品質品となれば、金貨五枚は下らない。
そんなものを何本も使い潰していたら、いくら高ランク冒険者でも財布が先に討伐される。
「……ってことは、俺にも武器を貸してくれんのかね? 俺、冒険者じゃなくて一般市民だけど」
「お前みたいな一般市民がいてたまるか……。まぁ、勇者様のお付きってんなら、普通に貸してくれると思うぞ」
俺はそう聞くと、ベッドから降りた。
「いよっしゃ。そんなら、武器を貸してもらいに行こうぜ。ついでに飯も」
「……本当に、起きてすぐ動くんですね」
ミナが呆れたように呟く。
「腹が減ってはなんとやらって言うだろ」
「普通は瀕死から半日で食事の話をしません」
「普通じゃないみたいだし、いいんじゃないか?」
「開き直りましたね、この人」
ミナがため息をつく。
俺がにこやかにリリアたちを見ると、
「はいっ! お供します!」
「仕方ない。カイル、寂しんぼだから」
「リリア……お供しますって、あんた勇者でしょ……」
いつもの三人からの返事が返ってきた。
ただ、一人、ダグラスだけは部屋の隅で立ちすくんだままだった。
「何してんだよ、ダグラス。飯くらい付き合えよ」
俺がそう言うと、ダグラスは少しだけ目を丸くした。
それから、呆れたように笑う。
「……本当に、お前は変なやつだな」
「今さら?」
「今さらだな」
ダグラスは肩を竦めると、
「へいへい」
と、まんざらでもない様子でついてくるのだった。




