第20話:勇者、壁を蹴る
セシルが浮かべた光球の中に、ロックヴァイパーの姿が不気味に浮かび上がる。
岩肌とよく似た灰色の鱗。
太い胴。
こちらを睨みつける片目。
俺たちはその大蛇を前に、素早く隊列を組み直した。
「Bランクモンスターっていうのは、どうしてこんなにも硬いんでしょうね……」
リリアが、ぎりっと歯を食いしばりながら、悔しそうにロックヴァイパーを睨みつけた。
さっきの一撃は見事だった。
だが、リリアの剣はロックヴァイパーの鱗を深く断ち切るところまでは届かなかった。
「だが、さっきの剣技は見事だったぜ、勇者様。あんたに足りないのは素の筋力と、それを底上げしてくれるスキルのレベルってとこか……」
ダグラスはそう言いながら、ロックヴァイパーへ大剣を向けた。
「でも、スピードならリリアが一番速いと思うぞ。無理に相手をぶった斬るより、目とか関節の隙間とか、防御が薄いところを狙うのが一番じゃないか?」
俺がそう言うと、リリアは不満げな顔をこちらへ向けた。
「……勇者にしては、地味じゃないでしょうか……?」
「地味ってあんた……」
俺は思わず半眼になってリリアを見た。
勇者として派手に斬り伏せたい気持ちはわからなくもない。
だが、相手は人間よりずっとでかい大蛇だ。
しかも鱗が硬い。
真正面から斬って駄目なら、狙う場所を変えるしかない。
「だが、その通りだぜ。別に非力を疎む必要なんかない。それぞれには得意分野ってのがあるんだ」
ダグラスはリリアの悩みを気にした様子もなく、淡々と作戦を組み立てていく。
「勇者様はそのスピードを活かして、奴の目を潰してくれ。動きが鈍ったところを俺とカイルで仕留める」
リリアは、ふぅ、と短く息を吐いた。
「……わかりました。トドメはお二人にお任せします」
「私も手伝おうか?」
セシルが尋ねてきた。
彼女の瞳は、すでに魔素に満ちたような淡い輝きを帯びている。
あとは魔法の構成を練るだけで発動できる。
そんな状態に見えた。
「ま、どうしてもって時は頼むわ」
「任された」
セシルは胸を張って、自慢げに答えた。
「……もし噛まれたとしても、私がどうにか解毒しますので、皆様、即死だけはしないようお願いします」
ミナが淡々と告げてくる。
……なるほど。
この世界には、蘇生魔法なんて便利なものまではないわけだ。
ダグラスみたいな高ランクの冒険者が、Bランクモンスター相手でも油断する素振りを見せないのは、それが理由なのだろう。
俺はこの世界の理を少しずつ理解しながら、ミナに頷いた。
「了解……噛まれた時は頼むよ、ミナ」
そう返すと、隣で剣を構えていたリリアが小さく呟いた。
「……行きます」
その瞬間、リリアがロックヴァイパーに向かってではなく、斜め前の壁へ向かって跳躍した。
そのまま壁に足をつけたかと思えば、
「――フッッ!」
短い吐息とともに壁を蹴り、その反動でロックヴァイパーの頭上へと飛び上がる。
……曲芸にもほどがあんだろ……。
俺が驚いている間にも、リリアは天井近くの岩壁に足をかけた。
逆さまに近い姿勢のまま、さらに壁を蹴る。
次の瞬間、リリアの体が矢のように落ちた。
狙いは、ロックヴァイパーの頭部。
「はぁっ!」
リリアの剣が、ロックヴァイパーの左眼へ突き立てられる。
ジャァァァァッッ!!
ロックヴァイパーが洞窟内に響き渡るような悲鳴を上げた。
見れば、リリアの剣はロックヴァイパーの左眼を見事に貫いている。
リリアはそのまま剣から手を離すと、身をひねりながら跳躍し、俺たちのもとへ戻ってきた。
「でかしたぜ! 勇者様っ!!」
ダグラスはそれを確認するや否や、暴れまわるロックヴァイパーの前へ大きく一歩踏み込んだ。
片目を潰されたロックヴァイパーは、怒りと痛みで身をくねらせている。
その死角になっている側から、ダグラスが大剣を振り下ろした。
狙いは胴体。
鈍い音とともに、大剣がロックヴァイパーの鱗を割り、肉へと深く食い込んだ。
「……っ!! 一発で両断は流石に無理かっ!」
ダグラスの大剣はロックヴァイパーの胴体に深く切り込んでいたものの、両断するには至っていなかった。
だが、十分だ。
「そのまま抑えてろよ! ダグラスッ!」
俺はそう叫ぶと、ロックヴァイパーの間合いへ踏み込んだ。
暴れる胴体。
岩を削るような鱗の音。
こちらへ向き直ろうとする頭。
だが、遅い。
俺は棍棒を身体の真横へと振りかぶった。
「刃物ってのは、引く力が加わるとよく斬れるもんなぁっ!」
俺は掛け声とともに、棍棒を全力で水平に振り払った。
――ゴシャッ!!
骨が砕ける嫌な音が洞窟内に響いた。
俺の棍棒を受けたロックヴァイパーの胴体が、大剣の刃へ押し込まれる。
深く食い込んでいた刃が、さらに肉を裂く。
次の瞬間、ロックヴァイパーの胴体は、大剣の刃に沿うようにして両断された。
巨大な蛇の上半身が地面に落ち、湿った洞窟の床をのたうつ。
だが、それも長くは続かなかった。
片目を潰され、胴を断たれたロックヴァイパーは、しばらく痙攣したあと、やがて動かなくなった。
「……ふぅー……」
俺は棍棒を肩に担ぎ直し、息を吐いた。
「いやぁ……硬かったなぁ、こいつ」
「感想が軽すぎんだよ、お前は……」
ダグラスが呆れたように言いながら、食い込んでいた大剣を引き抜いた。
その額には、うっすら汗が滲んでいる。
やはりAAランクの戦士でも、このロックヴァイパーは簡単な相手ではなかったらしい。
リリアは、ロックヴァイパーの頭部に刺さったままの剣を抜きに行くと、刃についた血を払った。
「……目を狙う、ですか。確かに、効きましたね」
「だろ? 地味でも効くならいいんだよ」
俺がそう言うと、リリアは少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「……でも、やっぱり勇者としては、もう少し派手に斬り伏せたいです」
「それはこれから強くなってからだな」
ダグラスが笑いながら言う。
「今は、自分の得意なことを活かせ。それができる奴から強くなる」
リリアはその言葉を聞き、静かに頷いた。
「……はい」
その表情には、悔しさもあった。
けれど、それ以上に、何かを掴んだような真剣さがあった。
うん。
やっぱりこの子は、ちゃんと強くなるんだろうな。
俺はそう思いながら、ロックヴァイパーの巨体を見下ろした。
「……やっぱBランクの獣ってことは、魔核もあるんだよな……?」
「ありますが……でも、こんな洞窟内で解体はできませんし、何より血の匂いで囲まれる可能性があります」
リリアが冷静に警告してくる。
「だよなぁ……。勿体ないけど、仕方ないか……」
俺は渋々、ロックヴァイパーの解体を諦めた。
「大丈夫だ。こここの主のロックベアなら、その魔核だけで銀貨三十枚は貰えるだろうよ。解体できればの話だが……」
「そうですよ。それに今回は王都からの依頼ですし、達成報酬だって同じくらい貰えますっ!」
どうやら、王都からの依頼だけあって、危険度も段違いだが、報酬も段違いなようだ。
「……なるほどな。じゃあ、ちゃっちゃと奥に進んで、そのロックベアを討伐しねぇとな」
「……ったく、気楽に言ってくれるぜ。だが、まぁ……嫌いじゃない」
ダグラスはそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
「カイルさんもいて、ダグラスさんもいる。このパーティなら鬼に金棒ですね!!」
「筋肉パーティ……」
セシルが何やら想像したように呟き、ミナが楽しそうに続ける。
「カイルお父さんがいて、ダグラスお兄さんができるってことですか……悪くないですね」
「……おい、なんでダグラスより年下の俺がお父さんなんだ……」
その会話を失笑交じりに聞いているダグラスを横目に、俺は別のことを考えていた。
……見つかったじゃないか。
俺の代わりに、今後、彼女らを支えてくれる戦士が。
そう思った瞬間、小さな希望と、少しの寂しさが、俺の胸をよぎった。




