第19話:兎と戦士の思い出と…
ジャイアントバットを片付けた俺たちは、さらに洞窟の奥へと進んでいった。
足元は相変わらず湿っており、壁からはぽたり、ぽたりと水滴が落ちている。
奥へ進むにつれて光はほとんど届かなくなり、セシルが小さな光球を浮かべて周囲を照らしてくれていた。
「……こういう魔法は便利だな」
俺が素直に呟くと、セシルは少し得意げに胸を張った。
「でしょ。攻撃魔法ほど派手じゃないけど、探索ではこういう補助魔法のほうが大事だったりする」
「なるほどなぁ……」
魔法と言えば、炎を出したり雷を落としたりするものだと思っていたが、実際の探索ではこういう小回りの利くもののほうが重要なのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。
前を歩いていたダグラスが、ぴたりと足を止めた。
「止まれ」
低い声。
俺たちは即座に足を止める。
ダグラスは大剣を構えたまま、洞窟の奥へ視線を向けていた。
薄暗い通路の先。
そこに、赤く光る小さな目がいくつも浮かんでいた。
ぴくり、と長い耳が動く。
額には鋭い一本角。
見覚えのある獣だった。
「ホーンラビットか」
俺が呟く。
数は……十体。
以前、山道で遭遇した時よりも多い。
狭い洞窟内で群れに囲まれたら、なかなか厄介そうだ。
リリアが剣に手をかけ、セシルも魔力を練り始める。
ミナは後方に下がりながら、いつでも支援できるように構えていた。
俺も棍棒を握り直す。
だが、その前にダグラスが一歩前へ出た。
「お前らは下がってろ。ここは俺がやる」
「え?」
思わず聞き返すと、ダグラスは口の端を吊り上げた。
「ってか、やらせろ。じゃないと、マジで本当にただの案内役になっちまう」
「……あー……」
それを言われると、ちょっと申し訳ない。
さっきのジャイアントバットは、ほとんど俺の投石で片付けてしまった。
ダグラスは案内役として来てくれているが、彼もAAランクの戦士だ。
戦う機会を全部奪うのは、流石に失礼かもしれない。
「なら、任せる」
「おう。そこで見てな」
ダグラスはそう言うと、大剣を肩に担ぐように構えた。
その姿勢は、一見すると隙だらけに見える。
だが、足運びに無駄がない。
重心が低く、いつでも動けるように体が整っている。
ホーンラビットの一体が、甲高い鳴き声とともに飛びかかった。
速い。
小柄な体を活かした突進。
普通なら、あの角で足や腹を狙われるだけでも厄介だろう。
だが、ダグラスは慌てなかった。
「遅ぇよ」
短く呟いた次の瞬間、大剣が横に振るわれた。
轟、と空気が鳴る。
飛びかかったホーンラビットは、剣で叩き落とされ、そのまま地面に叩きつけられた。
刃で斬るというより、重量で潰したような一撃だった。
二体目、三体目が続けて飛びかかる。
ダグラスは一歩下がり、壁際に寄った。
なるほど。
わざと自分の左右を狭めて、敵が一方向からしか来られないようにしているのか。
ホーンラビットの群れは数の利を活かせず、正面から飛びかかるしかなくなった。
そこへ、ダグラスの大剣が振るわれる。
一体を斬り払い、もう一体を柄で弾き、さらに足元へ潜り込もうとした一体を蹴り飛ばす。
動きは派手ではない。
だが、無駄がない。
敵の動きに合わせて、必要な分だけ動く。
受ける。
流す。
潰す。
それだけで、ホーンラビットの群れは次々と数を減らしていった。
「……凄い……」
後ろでリリアが小さく呟いた。
俺も思わず頷いていた。
「やっぱAAランクって凄いんだなぁ……」
俺がそう漏らす間にも、ダグラスは最後の一体を大剣の背で地面に叩き伏せた。
ホーンラビットは短く鳴いて、そのまま動かなくなる。
十体いたはずの群れは、あっという間に全滅していた。
ダグラスは大剣を軽く振り、刃についた血を払う。
「ま、こんなもんだ」
本人は大したことではないように言うが、今の動きは素人目にも見事だった。
力任せに振り回しているわけじゃない。
ちゃんと敵の動きと場所を見て、最小限の動きで処理していた。
「いやぁ、すげぇな。俺ならまとめてぶん殴るくらいしか思いつかんぞ」
「お前のぶん殴るって、あの馬鹿げた筋力任せの一撃だろ…俺の技術とスキルを一緒にすんな…」
ダグラスが呆れたように言う。
失礼な。
まぁ、否定はしきれないが。
俺は倒れたホーンラビットたちを見ながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「でもさ、なんでそんな凄いやつがこんなとこにいるんだ? 周りはBランクパーティと、たまにAランクの単独冒険者しかいない地域なんだろ?」
俺がそう聞くと、ダグラスは一瞬だけ目を細めた。
さっきまでの軽い雰囲気が、少しだけ落ち着いたものに変わる。
「俺も、普段はもうちっと先の街を活動拠点にしてんだがな……」
ダグラスは大剣を背中に戻しながら、ぽつりと続けた。
「この時期は、祖母の墓参りに帰ってきてんだよ」
「……祖母ちゃんの?」
「ああ。俺を育ててくれた人でな。俺がガキの頃から、何かと面倒見てくれた」
そう言うダグラスの声は、少しだけ柔らかかった。
先程、カルメ焼きを食べた時の懐かしそうな顔を思い出す。
あれは、きっとその祖母ちゃんのことを思い出していたのだろう。
「昔はよく菓子を作ってくれてな。お前がさっき作ったカルメ焼き、あれにちょっと似てたんだよ」
「……そりゃ、なんか悪いことしたな」
「なんでだよ。懐かしかっただけだ」
ダグラスはそう言って、照れ臭そうに鼻を鳴らした。
「ま、そんなわけで、たまたまベルクスに戻ってきてたってわけだ。そこにロックベアの話が出て、ギルドに捕まった。運がいいんだか悪いんだか、わからねぇ話だな」
「俺たちからすれば、だいぶ運が良かったと思うぞ」
素直にそう言うと、ダグラスは少しだけ驚いたようにこちらを見た。
それから、ふっと笑う。
「そう言われると、悪い気はしねぇな」
リリアも静かに頷いた。
「はい。ダグラスさんがいてくださって、本当に心強いです」
「よせやい。勇者様にそんな真っ直ぐ言われると、むず痒くなる」
ダグラスはそう言いながら、わざとらしく肩をすくめた。
だが、その横顔はどこか嬉しそうだった。
……なるほどな。
口は悪いけど、悪い人じゃない。
それどころか、かなり義理堅い人なのかもしれない。
俺は改めて、目の前のAAランク戦士を見る。
強くて、口が悪くて、祖母ちゃんの墓参りに帰ってくる男。
うん。
ただの案内役にしておくには、ちょっと惜しい人材だ。
「さて、雑談はここまでだ」
ダグラスが表情を引き締め、洞窟の奥へ視線を向ける。
「ホーンラビットがこれだけいるってことは、奥の魔物に追われて巣を移した可能性もある。ロックベアが近いかもしれねぇ」
「……なるほど」
場の空気が、再び引き締まる。
俺は棍棒を握り直した。
セシルとミナも表情を整え、リリアは後方を警戒したまま剣に手を置く。
ダグラスは先頭に立ち、短く告げた。
「行くぞ。ここから先は、さっきより慎重にな」
俺たちは頷き、さらに洞窟の奥へと進んでいった。
その時だった。
ぬちゃり、と。
どこかで、濡れたものが岩肌を擦るような音がした。
何か嫌な予感がして、俺は咄嗟に後ろを振り返った。
俺の視界に入ってきたのは、一匹の大きな蛇だった。
岩肌とよく似た灰色の鱗。
太い胴。
そして、獲物を丸呑みにしようとするように大きく開かれた口。
その大蛇は、殿を務めていたリリアへ、音もなく迫っていた。
「リリ――!」
俺が叫ぶよりも速く、リリアは後ろの異変に気づいていた。
彼女は一瞬で姿勢を低くすると、回転するように身を翻しながら剣を抜いた。
次の瞬間、剣の軌跡が暗い洞窟の中を走る。
ガギンッ!
硬いものを打ったような音が響いた。
リリアの剣は大蛇の胴を捉えていたが、刃は分厚い鱗に阻まれ、深くまでは届いていなかった。
それでも、灰色の鱗の隙間から、じわりと血が滲んでいる。
シャァァァァッッ!!
大蛇は怒ったように身をくねらせ、警戒するように後ろへ下がった。
「……ロックヴァイパー……ですね。にしても、硬い……」
リリアは大蛇から目を離さず、剣を構え直した。
その声は、普段の穏やかな彼女とは打って変わって、冷静な剣士のものだった。
「Bランクモンスターか……。こんなのまでいるってのは、さすがに聞いてねぇぜ……」
ダグラスは低く呟き、大剣を構え直した。
「お前ら、噛まれるなよ。ロックヴァイパーは毒も締めつけも厄介だ。油断すると、骨ごと持っていかれるぞ」




