第18話:農民と洞窟と投擲
休憩を終えた俺たちは、再び山道を進んだ。
そこから洞窟までは、ダグラスの言う通り、本当に目と鼻の先だった。
木々の隙間から黒々とした岩肌が見え始め、やがてぽっかりと口を開けた洞窟の入口が姿を現す。
入口の周囲には、獣の足跡らしきものがいくつも残されていた。
大きな爪痕。
踏み荒らされた土。
低木は折れ、地面には何か大きなものが何度も出入りしたような跡がある。
「……ここか」
ダグラスが低く呟いた。
先程までの軽い空気は消え、彼の表情は戦士のそれに変わっていた。
俺も背中の棍棒を握り直し、洞窟の奥へ目を凝らす。
中は薄暗い。
入口から少し先までは光が届いているが、その奥は闇に沈んでいる。
「中に入るぞ。俺とカイルが前に出る。セシルとミナは中央。勇者様は殿を頼む」
ダグラスが当然のようにそう言うと、リリアが少し戸惑ったように声を上げた。
「あの……私、勇者なのに、お二人に前衛を任せてもいいんでしょうか?」
リリアは申し訳なさそうに俺たちを見た。
勇者として前に立つべきだという責任感があるのだろう。
だが、俺は軽く笑って返した。
「いいのいいの。男二人もいるのに、女の子に前衛させたら、男が廃るってもんよ」
「……カイルさん……」
リリアが少しだけ目を丸くする。
ダグラスはそんな俺を横目で見て、苦笑した。
「だそうだ。まぁ、嬢ちゃんたちは俺たちの後ろを警戒してくれればそれで充分だ。殿も大事な役目だからな。後ろを取られた時に勇者様がいるってだけで、こっちはかなり動きやすい」
「……わかりました。では、後方は私が見ます」
リリアは小さく頷き、剣に手を添えながら俺たちの後ろへ回った。
前にダグラスと俺。
その後ろにセシルとミナ。
最後尾にリリア。
自然とそういう隊列になった。
ダグラスは大剣を背中から抜き、洞窟の中へ足を踏み入れる。
俺も棍棒を肩から下ろし、足音を殺しながらその後に続いた。
洞窟の中はひんやりとしていた。
湿った空気が肌にまとわりつき、奥からは水滴が落ちる音が微かに聞こえる。
足元には小石が多く、油断すれば音を立ててしまいそうだった。
俺が慎重に歩いていると、前を進むダグラスが片手を上げた。
止まれ、という合図だ。
俺たちは足を止める。
ダグラスはゆっくりと顎を上げ、天井のほうを見た。
俺もそれにつられて視線を上げる。
すると、洞窟の天井に、黒い塊がいくつもぶら下がっていた。
最初は岩の影かと思った。
だが、違う。
薄い膜のような翼。
逆さまにぶら下がった体。
時折ぴくりと動く耳。
巨大なコウモリだ。
数は、五体。
「ジャイアントバットだな」
ダグラスが小声で言った。
セシルとミナも天井を見上げ、少しだけ表情を険しくする。
「この距離なら、まだこちらには気づいていないみたいですね」
ミナが囁く。
確かに、ジャイアントバットたちは眠っているのか、こちらへ襲いかかってくる気配はない。
だが、あれだけ大きいと、いざ飛び回られたら厄介そうだ。
狭い洞窟内で空から襲われる。
あまり想像したくない状況だった。
「さて……見つからねぇように進みたいとこだが、あとから挟撃されても敵わんな……」
ダグラスが苦々しげに呟いた。
確かに、このまま無視して先へ進んだところで、あとから背後を取られたら厄介だ。
前からロックベア。
後ろからジャイアントバット。
うん、考えるだけで面倒くさい。
そう思っていると、セシルが一歩前に出た。
「ここは私が」
その声には、魔導士としての自信があった。
おそらく、火炎系か何かでまとめて焼き払うつもりなのだろう。
だが、俺はすぐに手を上げて制した。
「いや、セシルの大技はまだ温存させておきたいな。一日に何発も発動できるもんでもないだろ?」
セシルは少し驚いたように俺を見た。
「……そうだけど……」
俺は、足元に転がっている小石をいくつか拾い上げた。
握りやすい大きさ。
形は少しいびつだが、投げるには問題ない。
それを見たダグラスが、嫌な予感でもしたような顔になった。
「……おい、カイル。お前、まさか……」
俺は小石を指先で転がしながら、にやりと笑った。
「そのまさかさ……見よっ! これが畑仕事で養ったスキル! それも投擲!」
「いや、それはスキルじゃねぇだろ」
ダグラスが呆れた声で言いながらも、念のため大剣を構えた。
俺は一歩前に出て、天井にぶら下がるジャイアントバットの一体に狙いを定めた。
呼吸を整える。
肩の力を抜く。
畑に出る鳥や獣を追い払う時と同じだ。
投げる。
ただ、それだけ。
「ふっ!」
俺が石を投げると、空気を裂くような音がした。
ヒュッ!
次の瞬間、石はジャイアントバットの頭部に直撃した。
鈍い音が洞窟内に響き、ジャイアントバットは声を上げる間もなく天井から落下する。
ドサッ、と湿った地面に重い音を立てて転がった。
「……は?」
ダグラスが間の抜けた声を漏らした。
だが、まだ四体いる。
俺は続けて二つ目の石を握り込んだ。
今度は落下音に反応して羽を広げかけた個体を狙う。
「ほいっ」
軽く投げる。
だが、飛んだ石はさっきと同じように空気を切り裂き、二体目の胴にめり込んだ。
ジャイアントバットはそのまま壁に叩きつけられ、ずるりと地面に落ちる。
三体目がようやくこちらに気づき、甲高い鳴き声を上げようと口を開いた。
その瞬間、三つ目の石がその口元に命中する。
声は出なかった。
代わりに鈍い音が響き、三体目も天井から落ちた。
「……うわぁ……」
リリアが後ろで小さく呟いた。
「これは……カイルさんの肩、人間やめてませんか?」
ミナが真顔で失礼なことを言う。
セシルはというと、目を輝かせながら俺の手元を見ていた。
「カイル、その投げ方、どうやってるの?」
「どうって……石を握って、狙って、投げるだけだぞ?」
「それでああはならない」
セシルが即答した。
そんなことを言われても困る。
俺は残り二体に目を向ける。
さすがに異変に気づいたらしく、二体のジャイアントバットが天井から離れた。
羽ばたきの音が洞窟内に反響する。
狭い空間のせいで、音が妙に大きく聞こえた。
一体がこちらへ向かって急降下してくる。
狙いは、俺たちの後ろにいるセシルかミナか。
「気付くのがおせぇよ!」
俺は四つ目の石を投げた。
ヒュンッ!
飛び回ろうとしたジャイアントバットの翼の付け根に命中する。
バランスを崩したそいつは、壁にぶつかってそのまま地面に落ちた。
最後の一体は、慌てるように洞窟の奥へ逃げようとした。
だが、逃がすわけにはいかない。
あとから戻ってこられても面倒だ。
「ほい、最後」
俺は五つ目の石を投げた。
石は一直線に飛び、逃げようとしていたジャイアントバットの背に命中する。
そいつは羽ばたきを止め、糸が切れたように地面へ落下した。
洞窟内に、静けさが戻る。
「……ふぅ。これで五体か」
俺が息を吐くと、ダグラスがこちらをじっと見てきた。
「カイル」
「なんだ?」
「お前、本当に農民なのか? ちゃんと一回鑑定受けたほうがいいんじゃないか?」
「失礼ね。昔、妙な口調の鑑定士にちゃんと見てもらって、『オニイサン、タダの農民ね。スキルナンモナイネ』って言われてるよ」
「いや、ホントなのかソレ……」
ダグラスの突っ込みに、リリアたちが揃って頷いた。
「カイルさんがいると、本当に色々心強いですね。料理もできて、前衛もできて……」
「遠距離攻撃もできる前衛……」
「お父さん役もお母さん役もできる前衛とか凄いですね」
「最後の言い方だけ納得いかねぇなぁ!?」
俺が思わず振り返ると、ミナは悪びれもせず、にこにこと笑っていた。
まったく、この聖職者は油断も隙もない。
ダグラスは地面に落ちたジャイアントバットを軽く確認し、奥へ視線を向けた。
「……ったく、たまげた農民だよ、ホント……だが、まだまだ序盤だ。気を引き締めていくぞ」
「おうよ」
俺も頷き、改めて棍棒を握り直した。
洞窟の奥は、まだ暗い。
ロックベアがいるとすれば、この先だ。
俺たちは再び隊列を整え、湿った洞窟の奥へと進んでいった。




