第17話:戦士と農民とカルメ焼き
ギルドでの話し合いを終えた俺たちは、そのままロックベアが住み着いたという洞窟へ向かうことになった。
ベルクスの街を出ると、道は次第に細くなり、石畳から土の道へと変わっていく。
前を歩くのは、ギルドから斡旋されたAAランクの戦士、ダグラスだ。
年は二十代半ばくらいだろうか。
背中には、人の身の丈ほどもありそうな大剣。
分厚い革鎧の上からでもわかるほど全身が鍛えられており、その体つきからも、戦うために積み重ねてきたものが見て取れる。
歩き方にも無駄がない。
ただ道を進んでいるだけなのに、周囲の音や気配を拾っているのが伝わってくる。
この人、口は悪いけど、ただの兄ちゃんじゃないな。
そんなことを思いながら、俺はダグラスの横に並んだ。
「なぁ、ダグラスさん」
「あん? なんだ、カイル」
「戦士って、どんなスキルを使えるんだ?」
俺がそう尋ねると、ダグラスは少し意外そうに眉を上げた。
「なんだ、そんなことも知らねぇのか? ほんとにどんなド田舎に住んでやがったんだ?」
「そりゃあ、もうのどかで平和な村で、戦士やら魔導士やらの出番がないようなド田舎よ」
俺がラウム村の特徴を自慢げに話すと、リリアがなぜか呆れたような顔でこちらを見やった。
「……ブラックボアが年に何頭も出没する村が、のどかで平和なんでしょうか……?」
「……どう聞いても、戦士やら魔導士やらが必要な環境の村じゃねぇか……。ただの農村なんだろ? そんなのどうやって処理してたんだよ。罠かなんかか?」
ダグラスも眉をひそめて尋ねてきた。
「まぁ、一頭なら、その時に遭遇したやつがクワやら斧やらをぶん投げてぶっ倒してたなぁ……。三頭とか一気に出たら、何人かで囲んでボコす」
「ホントにその村、農村か……?」
「農村だぞ? なんなら今度、俺が作った米食いに来るか? 旨いぞ」
「そういう話をしてんじゃねぇよ……」
ダグラスは呆れたように息を吐くと、背中の大剣の柄を親指で軽く叩いた。
「……ったく……カイルのとこのびっくり農民軍団は置いとくとして……とりあえず、戦士のスキルは主に肉体強化系だな。筋力強化、耐久強化、瞬発強化。あとは武器の扱いを補助する技系スキルってところだ」
「へぇ……」
思っていたより地味だ。
いや、肉体を強くするのだから、実戦ではかなり大事なのだろう。
ただ、勇者や魔法使いの話を聞いたあとだと、どうしても見た目の派手さには欠ける気がした。
「勇者みたいな光の剣は?」
「光の剣?」
ダグラスが片眉を上げる。
「デヴァインセイバーのことか?」
「たぶん、それだ。リリアが使ってたやつ」
「あんなもん使えるわけねぇだろ。あれは勇者の聖剣系スキルだ。戦士が気合いで真似できるようなもんじゃねぇ」
「そうなのか」
「そうなのか、じゃねぇよ。戦士はほんとに肉体強化がメインだ。派手な光を出して敵を消し飛ばすんじゃなくて、敵の攻撃を受けて、踏ん張って、前に出て、叩き斬る。それが仕事だ」
なるほど。
そう言われると、急にわかりやすくなった。
戦士は前に立つ。
敵の攻撃を受け、仲間が動くための時間を作り、最後にはその武器で敵を斬る。
言葉にすれば単純だ。
けれど、それができる人間がいるだけで、後ろに立つ者の命は随分変わるのだろう。
俺は横目でリリアたちを見た。
三人とも、いつもより少しだけ口数が少ない。
……やっぱり、危ない任務なんだろうな。
俺たちはそのまま山道を進んだ。
街を出た頃はまだ人の手が入った道だったが、進むにつれて周囲の木々は濃くなり、足元には小石や木の根が目立つようになっていく。
道幅も狭い。
場所によっては、二人並んで歩くのがやっとだった。
ベルクスを出てから二刻ほど歩くあいだ、前を歩くダグラスは、時折足を止めて周囲を確認していた。
「止まれ。一旦この辺りで休憩にしよう」
ダグラスは山道の中にある開けた場所で足を止めた。
恐らく、山で作業している人たちが休憩場として使っている場所なんだろう。
「ここを過ぎれば洞窟までは目と鼻の先みたいなもんだ。ダンジョンと化した洞窟内で座って休めるなんて思うなよ」
ダグラスはそう言いながら、俺たちを見渡した。
「んじゃあ、休憩ついでに茶でも飲むか」
俺はそう言うと、背負っていた背嚢を下ろし、中から茶道具と糖蜜、膨らし粉を取り出した。
リリアたちは広場に置いてあった丸太に腰かけると、俺の作業をまじまじと観察していた。
火を起こし、鍋で水を沸かし、その隣の小鍋で糖蜜を煮る。そして……。
「……おい、カイル。茶とか言いながら、そっちの小鍋で何してんだ? 茶に入れるだけなら、別に糖蜜まで煮る必要なくねぇか?」
ダグラスは不思議そうに俺に声をかけてきた。
「いやいや、お茶と言えばお茶請けが必要でしょうよ。あんたの祖母ちゃんも似たような事してたでしょぉ?」
「……祖母ちゃんね」
ダグラスはふと何かを思い出すような顔をしていたが、そんなダグラスに俺はできたてのカルメ焼きとお茶を差し出した。
「ほれ、んまぁとりあえず食っとけ」
「……これは……?」
ダグラスはカルメ焼きを受け取り、不思議そうに眺めた。
「俺はカルメ焼きって呼んでるけど、まぁ、自家製ビスケットみたいなもんだ」
「いいなぁ、カイル。私たちの分は?」
「へいへい、今お出ししますよ。お姫様方……」
セシルにせっつかれ、俺は残り分のカルメ焼きを焼いていく。
そんな中、ダグラスはカルメ焼きを一口頬張った。
「……ああ……懐かしい味がするな……よく祖母ちゃんが作ってくれた菓子に似てる気がするよ……」
「そいつはよかった」
懐かしそうにカルメ焼きを食べるダグラスを横目に、俺は手早くリリアたちの分のカルメ焼きも用意していった。
リリアたちが俺からカルメ焼きを受け取り、満足げに頬張る。
それを眺めながら、俺もカルメ焼きをかじり、お茶を啜っていると、ダグラスが声をかけてきた。
「……なんか、お前不思議な奴だな……」
「あん? どこがよ?」
俺が聞き返すると、ダグラスは苦笑しながら答えた。
「別に悪い意味じゃねぇよ。なんつうか……確かにお前がいると勇者様方も落ち着くんだろうなって事が分かった気がするよ」
「そうかぁ? 俺は別に変わった事してる気はしてないんだけどな」
俺はそう返事をしながら、茶道具や鍋を片付けていた。
「カイルさん、手伝いますよ」
ミナはそう言い、『クリーンアップ』を鍋にかけてくれた。
ダグラスはその様子を眺めながら、呆れたように息を吐いた。
「普通、これから戦闘だってわかってんのに、茶や菓子を用意しようとは思わねぇだろ?」
「腹が減っては戦はできぬってよく言うだろぉ」
返事をしながら、手早く片付けていく。
「……ほんと……強さどうこう以前に、その余裕というか落ち着きようは、十代に出せる代物じゃねぇわな……」
ダグラスにそう言われ、俺は肩をすくめるしかなかった。
別に変わったことをしているつもりはない。
茶を淹れて、菓子を焼いて、腹を落ち着かせただけだ。
ただ、それだけのことなのに、リリアたちの顔からは少しだけ緊張が抜けているように見えた。
……まぁ、これでいいか。
そう思いながら、俺は背嚢を背負い直した。
洞窟は、もうすぐそこだった。




