第105話:いつか来る別れ
遅めの朝食を終えた俺たちは、荷物をまとめ、村に来ていたハルゼン行きの馬車に乗り込んだ。
馬車の中では、リリアとセシルとミナが何やら楽しそうに話していた。
……ほんと、女が三人集まると会話が尽きないのは、どこの世界でも同じなんだなぁ……。
そんなことを思いながらルシアのほうへ視線を移すと、ダグラスの肩にもたれかかって、こくりこくりと眠っていた。
馬車が揺れるたびに、長い銀髪がダグラスの肩を滑っている。
ダグラスは特に気にする様子もなく、ルシアがずり落ちないよう、少し身体を寄せていた。
「……もしかして、朝食の量が多かったとか?」
「……んなわけあるか。この人は戦いのあとは、いつもこんな感じだよ」
ダグラスは小声で答えた。
「そうなのか?」
「あぁ。しばらく寝かせといてやってくれ」
そんなやり取りを聞いていたユリウスが、苦笑しながら口を開いた。
「……もともと、聖職者の方は戦闘向けではありませんからね」
「……あぁ、そういやそうだったな」
昨日のルシアの戦い方を見ていると、つい忘れそうになる。
すると、エステルも眠っているルシアへ目を向けた。
「それでも、あれだけの魔力で身体を動かしながら、治療まで続けているのですから。疲れないはずがありませんよ」
「……あんなに平気そうだったのにな」
「戦っている間は、そう見えるんですけどね」
エステルは少し困ったように笑った。
あれだけの魔力量があれば、聖職者として人を救うことだって、十分出来るんだろうが……。
「一体でも多くのモンスターを狩って、他の勇者たちの死傷者を減らしたい、か……。すごいな。俺なんかじゃ、とても同じ真似は出来ないよ」
俺の呟きに、ダグラスは苦笑を漏らした。
「よく言うぜ……自称一般農民が、勇者の盾として活動してるくせによ」
「はは……毎度毎度、必死だよ」
そんな会話が聞こえたのか、リリアが俺をじっと見ていた。
俺がその視線に気づいて顔を向けると、リリアはニコリと笑った。
……なんだ?
聞いてみようかと思ったが、リリアはもうセシルたちとの話へ戻っていた。
そのまま馬車に揺られ、俺たちは昼前にはハルゼンに到着した。
「ルシア様。着きましたよ」
エステルが声をかけると、ルシアがゆっくりと目を開けた。
「……あら。もう着いたのですね」
「よく寝てましたな」
「ええ。おかげさまで」
ルシアはダグラスの肩から身体を起こし、何事もなかったように髪を整える。
俺たちは荷物を持って馬車を降り、ルシアたちと共にギルドへ向かった。
ギルドの扉を開けると、ルシアが受付にいた職員へ話しかけた。
「王都からの任務、無事完了しました。こちらが討伐の証です」
そう言って、オーガの魔核を差し出す。
ギルド職員は魔核を見ると、一瞬驚いたような顔をした。
「……解体屋の方が近くにいらっしゃったのですか? よくこんなに綺麗に取り出せましたね」
「ええ。解体の出来る方が同行してくださっていたので」
ルシアがそう答えると、職員は魔核を受け取り、査定のために奥の部屋へと消えていった。
「……大剣を貸した甲斐があったな」
俺が小声で言うと、ダグラスがじっとこちらを見た。
「俺は貸した覚えねぇぞ」
「ちゃんと綺麗にして返しただろ」
「そういう話じゃねぇんだよ……」
まだ根に持ってるらしい。
しばらくすると、ギルド職員が小さな革袋一つと、大きな革袋二つを持って戻ってきた。
「お待たせしました。報酬と魔核の買い取り代金になります。金貨と銀貨、どちらでお受け取りになりますか?」
……もう普通に金貨が出てくるな……。
ルシアは特に迷う様子もなく答えた。
「金貨でお願いいたします」
職員は大きな二つの袋を脇へ置き、小さな革袋をルシアへ手渡した。
ルシアは中身を確かめると、金貨を一枚取り出し、俺に差し出してきた。
「同行していただいたお礼です」
「え? 戦ったのはルシアさんだし、俺らはほとんど何もしてないぞ……」
「……では、解体の手間賃ということで」
俺が戸惑っていると、横からダグラスが口を挟んできた。
「まぁ、もらっておけよ、カイル。金はあればあっただけいいだろ」
……なんとも現金なことを言い出した。
「あんだけ文句言ってたくせに」
「だからこそ、ちゃんと金にしとけってんだ」
「……分かったよ。ありがとうございます」
俺は金貨を受け取り、革袋へしまった。
その時、受付の職員がルシアに声をかける。
「ルシア様、今少しよろしいでしょうか?」
「ええ。どうされました?」
「実は、ここより北の伯爵領から依頼が来ておりまして……」
職員は書状を取り出すと、少し声を落として続けた。
「近隣にAAAランクのモンスターが現れたとのことです。高ランクの勇者がいれば、至急派遣してほしいと連絡が届いております」
「AAA……」
思わず呟く。
ルシアは差し出された書状に目を通すと、すぐに頷いた。
「分かりました。向かいましょう」
ダグラスもユリウスも、特に驚いた様子はなかった。
エステルは荷物を確かめ、ルシアの返事を待っていたように頷いている。
……この人たちには、こういう依頼も珍しくないのか。
ルシアが、俺たちのほうへ視線を向けた。
「リリアさんたちは、どうされますか?」
「行きます」
リリアは迷わず答えたあと、セシルとミナを見た。
「……二人は?」
「私も行く」
「私も、同行させてください」
二人も頷いた。
最後にリリアが俺を見る。
「カイルさんも……よろしいですか?」
「あぁ。一緒に行くよ」
俺がそう答えると、リリアは少し表情を緩めた。
ルシアも小さく頷く。
「では、ご一緒しましょう。ただし、討伐の際は私たちの指示に従ってくださいね」
「はいっ」
リリアたちが返事をすると、ギルド職員が口を開いた。
「ありがとうございます。それでは、魔導馬車をこちらで手配いたします。北へ向かう便がありますので、八名分の席を押さえましょう」
「いつ頃の出発になりますか?」
ルシアが尋ねると、職員は時刻表を取り出した。
「今から三十分後ですね」
三十分後か……。
まだ昼前だが、次の街に着くまでに昼飯の時間になりそうだ。
俺は職員へ声をかけた。
「すいません。その魔導馬車って、簡単な調理台はついてますか?」
突然そんなことを聞かれ、職員は少し不思議そうな顔をした。
それから、もう一度手元の表を確認する。
「一応ありますが、ギルドで使っているタイプですので、湯を沸かしたり、携帯食を温めたりする程度のものになります」
「……なるほど。じゃあ、食べ物はこっちで用意したほうがよさそうですね」
「そうしていただけると助かります」
俺は礼を言い、魔導馬車の乗り場を確認した。
ギルドを出て指定された広場へ向かうと、そこには大きな魔導馬車が停まっていた。
出発までは、まだ少し時間がある。
「なぁ、リリア、セシル。出発前に何か買っとくか?」
「買い物ですか?」
「あぁ。次の街までどれくらいかかるか分からんし、途中で飯を食えるかも分からないからな」
「……お肉」
セシルがぼそりと呟いた。
「まだ何も聞いてねぇよ」
「ミートサンドがいい」
「はいはい。分かったよ」
まったく、こいつは本当に肉が好きだなぁ……。
「私もミートサンドがいいですっ!」
リリアも嬉しそうに手を挙げた。
「よし、じゃあ買ってくるか。ミナはどうする?」
「私は……ルシア様と少しお話がしたいので、ここで待っています」
ミナはそう言うと、ルシアのほうへ視線を向けた。
「ルシア様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ」
ルシアが微笑むと、ミナは嬉しそうに頭を下げた。
そういや、ミナはルシアに随分憧れてたんだっけ。
「じゃあ、ミナの分も買ってくるよ。ルシアさんたちの分も、まとめて買ってきていいですか?」
「ええ。お願いしてもよろしいですか?」
「俺のも頼む。肉、多めのやつな」
ダグラスまで注文してくる。
「はいはい……。それじゃあ、ちょっと行ってくるわ」
「あ、カイルさん。私も一緒に行きます!」
「私も行く」
リリアとセシルが、すぐに俺の隣へ来た。
「ん? 別に待っててもいいんだぞ?」
「せっかくですし、一緒に行きたいですっ!」
「私も。どんなお肉があるか見たい」
「……ミートサンド買うだけだぞ?」
俺がそう言うと、二人は揃って頷いた。
……まぁ、いいか。
「じゃあ行くか」
「あまり遠くへ行かないようにしてくださいね。出発に遅れませんように」
エステルの声に返事をして、俺たちは広場を離れた。
ミートサンドを売っていそうな店を探しながら、通りを歩いていく。
しばらく歩いたところで、リリアがふと口を開いた。
「……そういえば、ここからさらに北へ行けば、もう最果ての地も近いんですよね」
「あぁ。四魔将がいるっていう、あの辺りか」
「はい。……随分遠くまで来ましたね」
「そうだなぁ……」
言われてみれば、ラウム村を出てから随分と色んなところを回ってきたもんだ。
最初は、村へ帰ることばっかり考えてたんだけどな。
そんなことを思っていると、リリアが再び口を開いた。
「……あの、カイルさん」
「ん?」
「もし、全部うまくいって、私たちが勇者の任務から解放されたら……カイルさんは、エリオさんと旅をするんですよね?」
「あぁ、そうだなぁ。前に約束したからな」
「……そうですよね」
リリアは少し考えたあと、俺のほうを見た。
「それが終わったら、そのあとの生活について、みんなで話し合いませんか?」
「……そのあと?」
「はい。せっかくここまで一緒に来たのに、これで終わりなんて……寂しいじゃないですか」
「……あぁ、まぁ、そうだなぁ……」
そう言われると、なんて答えたらいいものか。
勇者の任務が終わって、エリオとの旅も終わって……。
正直、そこまで先のことは考えてなかったなぁ。
すると、それまで黙っていたセシルも口を開いた。
「……私も、来年にはカイルが隣にいないっていうのは、ちょっと受け入れられないかも」
「……なんだよ、お前は飯目当てだろ?」
俺がからかうと、セシルはじっと俺の顔を見た。
「……本当に、それだけだと思う?」
「……え?」
セシルからそんなことを言われるとは思わなかった。
いつもの軽口が返ってくるつもりで、こっちも笑っていたのに。
俺が答えられずにいると、セシルはそのまま話を続けた。
「……勇者隊なんて、所詮は消耗品。そういう目で見てくる人も多かった。でも、カイルは違った」
「…………」
「私たちを、普通に扱ってくれたでしょ」
セシルは少し目を伏せた。
「……だから、そんな人と別れるのは、少し名残惜しい」
隣を見ると、リリアも黙って俺を見ていた。
あいつらがそんなふうに思ってたなんて、知らなかった。
俺はなんて返したらいいのか分からず、しばらく言葉に詰まった。
それでも、なんとか口を開く。
「……そっか。もうすぐ、旅の終わりも近いんだな。ここまで真っ直ぐ北へ来たんだし……」
言いながら、ルシアから聞いた話が頭に浮かんだ。
本当に、北へ行けば終わるんだろうか。
四魔将を倒せば、あいつらは勇者の役目から解放されるのか。
俺には、まだ分からない。
だが、ルシアから聞いたことを、今ここで話すわけにもいかなかった。
リリアとセシルは何か言いたげな様子だったが、二人とも何も言わない。
……いや。今聞かれてるのは、任務が終わったあとの話だったな。
俺は二人へ顔を向け直した。
「……まぁ、今は目の前のことに集中しようや。終わったら、ゆっくり考えればいいさ」
そう言って、二人の頭を撫でた。
リリアは小さく頷き、セシルもそれ以上は何も言わなかった。
もう少し、何か言ったほうがよかったんだろうか。
そう思ったが、結局、うまい言葉は出てこなかった。
通りの先に、焼いた肉とパンを並べている店が見つかった。
俺は八人分のミートサンドを頼み、包んでもらったものを受け取る。
「……持ちます」
リリアが手を伸ばし、セシルも袋を一つ引き受けた。
「おう。助かる」
そうして俺たちは、なんとも言えない雰囲気のまま、ルシアたちが待つ魔導馬車近くの広場へ戻った。




