第104話:聖女様と鈍感な戦士
ユリウスが、そっと地面から手を離した。
「どうやら、他に上位のモンスターはいないようです。感知に気づいたものは、どれも逃げていきます」
「逃げる? どういう理屈なんだ、それ」
俺はなんとなく聞いてみた。
「Aランク程度のモンスターがいると思わせるくらいの魔力を、周囲に放つ……そんなイメージでしょうか」
ユリウスは立ち上がりながら説明を続ける。
「Aランク未満のモンスターなら、その魔力を感じて逃げ出します。同程度以上なら、こちらへ近づいてくるなど、何かしらの反応がありますから」
「へぇ……魔導士ってのは器用なもんだなぁ」
「いやぁ、それほどでも……」
ユリウスは少し照れたように答えた。
だが、その横でセシルがぼそりと呟く。
「……そんな使い方する人なんて、初めて聞いたよ」
「え?」
思わずユリウスを見る。
本人は少し困ったように笑っていた。
……なるほど。
魔導士なら普通に出来ることってわけじゃないらしい。
さすがSランク勇者隊のメンバーだけあって、こいつらも常識じゃ測れない技術を身につけてるようだ。
そう話していると、ルシアがオーガの頭を片手で掴んだまま、こちらへ歩いてきた。
「さて、任務も終わりましたし、村の方々へ報告して帰還いたしましょう」
「……なんで頭持ってきてるんですか?」
俺が思わず聞くと、ルシアは不思議そうに首を傾げた。
「……討伐の証としては、分かりやすくありませんか?」
「いや、まぁ……そうですけど」
……この人、ほんと見かけと中身が一致してないな。
「それより、魔核のほうが良くないですか? 買い取りもしてくれますし」
そう言うと、ダグラスが苦笑いを浮かべた。
「そりゃそうだが、誰が解体するんだよ。俺らは解体屋みてぇなことは出来ねぇぞ」
「……そういや、そうだった」
俺は倒れているオーガへ目を向けた。
「俺なら出来るから、やるよ」
ルシアが、少し驚いたように目を見開いた。
「あら……農民の方って、そんなことまで出来るんですか?」
すると、ダグラスが呆れたように答える。
「んなわきゃないでしょう。こいつの村がおかしいだけです」
「……耳にタコができるほど聞いた言葉だな」
俺は苦笑いしながら答えた。
「ってことで、解体に使えそうな斧とか持ってないか?」
俺が尋ねると、ダグラスは肩をすくめた。
「そんなもん、このパーティで持ってる奴はいねぇよ。仕方ねぇ、諦めな」
「……なら、ダグラスの大剣を貸してくれ」
「はぁ? こいつは俺の大事な相棒で――」
ダグラスが断ろうとした、その時だった。
「いいではないですか」
「うおっ!?」
オーガの頭を地面へ置いたルシアが、ダグラスの背後へ回り、そのまま羽交い締めにした。
「そんなケチケチしていたら、モテませんよ?」
「ぐぁぁぁっ! やめっ……!」
「……悪いな。すぐ返すから」
俺はダグラスの背中から大剣を抜き取った。
「カイル! やめてくれぇぇっ!」
ダグラスの悲鳴をよそに、俺はオーガの胴体へ刃を入れた。
やっぱり、でかい大剣は使いづらいな。
それでもどうにか切り開き、無事に魔核を取り出す。
「ふぅ……これなら結構いい値がつきそうだ」
「……ったく。希少な黒鉄をふんだんに使った俺の相棒を、解体包丁代わりに使ってくれるなよ……」
ルシアから解放されたダグラスが、俺の手から大剣を取り上げた。
刃には、オーガの血がべったりとついている。
すると、ルシアが微笑みながら大剣へ手をかざした。
「まぁまぁ。これで路銀を気にせず、旅を続けられるではありませんか」
淡い光が刃を包み、クリーンアップの魔法で血が綺麗に落ちていく。
「……もともと路銀に困ってるパーティじゃないでしょうに」
「こうして皆で協力するのも、よいものではありませんか? ダグラス」
「……協力、ねぇ」
ルシアはどこか楽しそうだった。
ダグラスは刃を確かめてから大剣を背負い、ルシアも再びオーガの頭を持ち上げる。
俺たちは、来た道を村へ向かって戻ることにした。
すると、隣を歩いていたリリアが話しかけてくる。
「カイルさん、お腹減りませんか?」
「……もうか?」
どうやら、朝に食べた携帯食料だけでは到底足りなかったらしい。
そんなことを考えていると、今度は反対側から袖をくいくいと引っ張られた。
「……足りない」
セシルだった。
俺の袖を掴んだまま、上目遣いでこちらを見ている。
「このセクシーな身体を維持するには、カロリーが足りてない」
「…………」
この食いしん坊共が。
「ルシアさん、うちの勇者様方が腹減ったらしいんだが、村で何か食べていかないか?」
俺がそう尋ねると、ルシアは顎に手を当て、少し考えた。
「……そうですね。王都からの依頼も終わりましたし、村の方がよろしければ、少し食材を分けていただきましょうか」
そう言って、にこりと微笑む。
ダグラスも頷いた。
「そうだな。確かに携帯食じゃ、食った気しねぇしな……」
その横では、エステルが期待に目を輝かせていた。
「……ということは、カイルさんが朝食を作ってくださるのですか?」
「……それはいいですね。私もお腹が減ってきました」
ユリウスまで笑顔でそんなことを言い出した。
「あら。確かに、それはいいかもしれませんね」
ルシアもにこやかに頷いている。
「…………」
俺はみんなの顔を順番に見回すと、深いため息をついた。
「……なんで、俺が作るの前提なんだ……」
すると、今度はミナが嬉しそうに声を上げた。
「腕が鳴りますね! おかあさんっ!!」
「だから、それはやめぃ」
村に着いた俺たちは、村人たちに討伐が終わったことを報告した。
ルシアが持ってきたオーガの頭を見せると、何人かが驚いたように声を上げる。
話を聞くと、ここ最近、森の奥で、人のような姿をした大男の影が何度も目撃されていたらしい。
木々の間から、一瞬だけ姿が見えることもあったそうだ。
やっぱり、あのオーガだったんだろう。
ルシアは村人たちへ、優しく微笑みかけた。
「もう大丈夫ですよ。また何かあれば、ギルドに依頼を出してください」
ひとしきり話を終えたあと、俺は村人の一人へ声をかけた。
「……すいません。この村で食堂とか、そういう店やってませんか? 朝飯、あんまり食べてないもんで」
「あぁ。それなら、あそこに共同食堂があるよ。料金さえ払えば使っていい。八人なら、銀貨一枚ってとこかな」
「……使ってもいい?」
なんだか引っかかる言い方だな。
「わ、分かった。とりあえず、これを」
俺は銀貨一枚を差し出した。
「まいどあり。食材は自由に使っていいから」
「…………まさか」
その言葉に不安を覚えながら、俺たちは村の奥にある大きな建物へ向かった。
中へ入ると、大きめのテーブルがいくつか並び、その奥には台所と食材の保管庫まで用意されている。
だが、どこを見ても料理人の姿がない。
「……やっぱり、自分で作るのかよ」
「やりましたね! カイルさん!」
リリアが嬉しそうな声を上げながら、俺の背中を押してくる。
「お肉っ、お肉っ!」
その後ろでは、セシルまで上機嫌で声を上げていた。
「私は、ちょっと軽めのものでお願いします」
ミナも当たり前のように注文してくる。
「……ぐぬぬ」
俺は三人の顔を順番に見ると、諦めてため息をついた。
「はぁ……分かった、分かった……」
そのまま台所へ向かう。
保管庫を覗くと、パンに卵、肉、それから何種類かの野菜と果物が置かれていた。
これなら、そこまで手間はかからないか。
まずは肉を適当な厚さに切り、塩を振って鉄板で焼いていく。
続けて卵も割り、目玉焼きを作った。
焼いたパンに肉と目玉焼きを挟めば、リリアとセシル、それからダグラスの分は完成だ。
残りの四人には、軽く焼いたパンに薄焼き卵と切った果物を添えることにした。
俺の分も同じように用意し、出来上がったものから順番にテーブルへ運んでいく。
「ほら。リリア、セシル、ダグラスはこっち」
皿を置くと、三人の視線が一斉に肉と卵を挟んだパンへ向いた。
「おぉ……!」
ダグラスが思わず声を漏らす。
「朝からこいつはいいな」
「お肉っ!」
セシルはさっきからそれしか言ってない。
リリアも嬉しそうにパンを両手で持ち上げた。
「これ、絶対美味しいやつですっ!」
「まだ食ってねぇだろ」
「見れば分かりますっ!」
何が分かるんだ。
続いて、焼いたパンと薄焼き卵、果物を盛った皿を運ぶ。
「ミナは軽めがいいって言ってたから、こっちな」
「ありがとうございますっ!」
ミナは皿を見て、満足そうに頷いた。
「これくらいがちょうどいいです」
「私もこちらで十分ですね」
エステルも嬉しそうに果物へ目を向けている。
ユリウスは焼いたパンを手に取りながら、小さく笑った。
「携帯食のあとだと、これだけでも随分豪華に見えますね」
「……あれと比べるのはやめてくれ」
俺まで悲しくなってくる。
最後にルシアの前へ皿を置いた。
「あら……」
ルシアは料理を眺め、小さく頷く。
「やはり、手際がよろしいのですね」
「まぁ、料理は昔からやってるんで」
「ダグラスが、あなたの料理を楽しみにしていた理由が分かります」
「ちょっ、ルシア様。余計なこと言わんでくださいよ」
ダグラスが嫌そうな顔をする。
「別にいいだろ。減るもんでもないし」
「そういう問題じゃねぇ」
そんなことを話している間にも、セシルはすでに肉のサンドへかぶりついていた。
「……おいしい」
「早ぇな」
「カイルさんっ! これ、すごく美味しいですっ!」
リリアも負けじと食べ始める。
ダグラスも一口かじると、何度か頷いた。
「うん。やっぱ携帯食よりこっちだな」
「比較対象が酷すぎるだろ……」
俺は呆れながら、自分の皿を持って席についた。
ダグラスは肉と目玉焼きを挟んだパンを齧りながら、隣に座るルシアへ目を向けた。
「ルシア様も、ちったぁ料理の勉強したほうがいいんじゃねぇか?」
「あら。何故ですか?」
ルシアは本当に分からないという顔で首を傾げる。
「んなもん、将来家庭を持った時のためだよ」
「あぁ、そういうことでしたか」
ルシアは納得したように小さく頷いた。
「それでしたら、私には不要ですよ」
「……そんなこと言うなよ」
ダグラスは少し呆れたようにパンを置いた。
「いつか勇者の任務を終えた時のことも、考えておくのはいいんじゃねぇか?」
「あら。それくらいは考えていますよ」
ルシアは平然と答える。
「私は神に捧げた身です。家庭を持つ予定はありませんから、そのために料理を覚える必要もないのですよ」
「そうなんですか?」
リリアが驚いたようにルシアを見る。
「はい。少なくとも、今のところはそのつもりです」
「へぇ……」
なんだか、聖職者らしい発言だな……。
すると、エステルが少し楽しそうに口を開いた。
「でも、ダグラスさんはルシア様の将来を随分と気にしているんですね」
「あぁ?」
ダグラスが眉を上げる。
ルシアも、ちらりとダグラスへ目を向けた。
「あら……そうなのですか?」
どことなく、さっきより声が柔らかい気がする。
「そりゃ気にするだろ」
ダグラスは何でもないことのように答えた。
「五年も一緒に戦ってんだ。勇者を辞めたあとくらい、いい男でも見つけて普通に幸せになってほしいと思うさ」
「…………」
ルシアの表情が止まった。
エステルがそっと目を伏せる。
ユリウスも黙ってパンを口へ運んだ。
「……なるほど。そういう意味でしたか」
「他に何があんだよ?」
「いえ。何もありませんよ」
ルシアはにこりと微笑んだ。
……なんだろう。
さっきまでと同じ笑顔のはずなのに、なんとなく怖い。
だが、ダグラスはまったく気づいていない。
「しかしまぁ、お顔はお綺麗なのに残念なこった。それくらいのお顔なら、男なんて選り取り見取りだろうに」
「…………」
次の瞬間。
バシンッ!!
「痛っ!?」
ルシアの平手が、ダグラスの背中へ勢いよく叩き込まれた。
「あら。失礼」
ルシアは何事もなかったように微笑む。
「虫が止まっておりましたので」
「……どこにだよ……」
「大きい虫だったんですね」
リリアが真面目な顔で言う。
「リリア。それ、たぶん違う」
セシルが肉のサンドを齧りながら答えた。
「……ダグラスさん」
ミナが少し困ったような顔をする。
「なんだよ?」
「いえ……なんでもないです」
「なんなんだよ、お前ら……」
ダグラスだけが、訳が分からないという顔をしていた。




