第五十七話「道の途中で、カナに会った」
五十七話目です。
セルドへの道の途中、予想外の場所で、予想外の人物と会います。
今回は、少し息を整える回です。走り続けた後に、立ち止まる場面があります。でも、立ち止まっている間も、物語は動いています。
では、どうぞ。
シロの背中に乗って、三時間走った。
草原を抜けて、山の入口に差し掛かったとき、シロが止まった。
「どうしましたか」
シロが、前方を向いた。
鼻を動かした。
「誰かいますか」
シロが尻尾を振った。
知っている匂い、という感じの振り方だった。
「知っている人ですか」
シロが、前に歩き始めた。
ついていった。
岩の陰に、三人がいた。
センと、ミアと、カナだった。
「なぜここに」と私は言った。
「待っていました」とミアは言った。
「どうして、ここにいると分かったんですか」
「ラグル族が、教えてくれました」
「ラグル族が」
「都を出たお前が、南に向かっているという情報が来た」とセンが言った。「こちらもセルドへの道を通る。合流できると思った」
カナが、私を見た。
「助けてもらいました」
「ダロさんとセンさんと、シロのおかげです」
「ダロが、助けてくれたと聞きました」
「カナさんの声を聞いて、動く気になったそうです。渡さない、という声を」
カナが、少し目を閉じた。
「ダロは、今どこにいますか」
「捕まりました。覚悟の上で、残りました」
「そうですか」
「エイラさんも、捕まりました」
カナが、また目を閉じた。
「エイラ様も」
「でも、エイラさんは、これを渡してくれました」
書類を出した。
カナが受け取って、読んだ。
読みながら、顔が変わった。
「採掘の不認可書類が、入っています」
「そうです。エン山採掘は、農務局の確認が取れていない。法的根拠がありません」
「エイラ様は、最初から持っていた」
「最初から、準備していました」
カナが、書類を返した。
「凪さん、今からどこに行くつもりですか」
「セルドに行きます。ガレス王に、直接会います」
「同じです」とカナは言った。
「え」
「私も、セルドに行くつもりでした。手紙を送るより、直接持っていく方が確実だと思いました」
「では、一緒に行きますか」
「一緒に行きます」とカナは言った。迷いがなかった。
◇
五人と一頭で、動き始めた。
山道に入った。
シロは、もう私を乗せなかった。
狭い山道では、乗れなかった。
歩きながら、カナと並んだ。
「カナさん、体は大丈夫ですか」
「問題ないです」とカナは言った。
「施設に、何日いましたか」
「五日間です」
「辛かったですか」
カナが、少し考えた。
「辛かったですが、記録帳のことを考えていました。ミアが持って逃げてくれた。それさえ確信できれば、後は待つだけでした」
「記録帳が、支えになっていたんですね」
「記録は、消えない。どこかに残っている。それが分かっていれば、怖くなかったです」
「渡さない、と言い続けたのも、そのためですか」
「そうです。渡さない、と言い続けることで、彼らが記録帳をまだ探していると思ってくれる。ミアの存在に、気づかせたくなかった」
「わざと、記録帳を持っているふりをしていた」
「そうです」
「計算していたんですね」
「計算は、仕事のうちです」とカナは言った。
それから、少し笑った。
「ただ、正直に言うと、恐ろしかったです。計算していても、体が震えることがありました」
「そうですか」
「凪さんは、恐ろしいと感じますか」
「感じます。今日の朝も、追われながら怖かったです」
「でも、動きましたね」
「気になることが、怖さより大きかったので」
カナが、頷いた。
「それが、凪さんの強さですね」
「強さというより、性格です」
「性格が、強さになります」
◇
山道の途中、小さな滝のそばで休んだ。
水を飲んだ。
冷たかった。
「この水が、どこに流れるか、分かりますか」とミアが聞いた。
「感じてみます」
地面に手を当てた。
「この水は、南の川に合流します。その川は、セルドまで続いています」
「セルドまで、つながっているんですか」
「全部がつながっています」
ミアが、記録帳に書いた。
「ミアさん、まだ書いていたんですか」
「書き続けます」とミアは言った。「これが、私の仕事です」
カナが、ミアを見た。
「良い記録係になりましたね」
「先輩のおかげです」
「私のおかげではないです。自分で続けたから、育ちました」
ミアが、少し照れた顔をした。
センが、水を飲んでから言った。
「先を急いだ方がいい。セルドまで、あと二日ある」
「そうですね」
「都では、今頃、何が起きているか」
「ベルクさんが、リドルに会いに行きました」
センが、少し眉を上げた。
「リドルに」
「失脚したリドルに、証言を求めに行きました」
「成功するか」
「分かりません。でも、ベルクさんなら」
「ベルクは、頭が良い。ただ、今は一人だ」
「一人ですが、動けます。ベルクさんは、一人でも動ける人です」
センが、また空を見た。
「セルドが動いてくれれば、状況が変わる。外からの圧力があれば、アルドの中も動きやすくなる」
「そうです。全部が、動き続けています」
「信じるしかないな」とセンは言った。
「信じます」と私は言った。
カナが、私を見た。
「凪さん、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「なぜ、そこまでするんですか。アルドの問題でも、セルドの問題でもない。あなたは、転生者です。この世界に義務はないはずです」
少し考えた。
「気になるからです」
「それだけですか」
「それだけです。エン山が採掘されれば、農地が干上がる。水脈が変わる。セルドの川が減る。それが気になります。気になれば、動きます」
「損得が関係ない」
「関係ないですね」
「不思議な人ですね」とカナは言った。
「よく言われます」
「でも、そういう人が必要です」
「そうですか」
「損得で動く人は、多いです。義務で動く人も、います。でも、気になるから動く人は、少ないです。気になるから動く人は、止まらないです。途中で理由がなくなることがないから」
「止まらない、というのは良いことですか」
「良いことです」とカナは言った。「記録係も、同じです。誰かに頼まれて書くのではなく、残したいから書く。だから、止まらない」
「カナさんも、止まらないですね」
「止まらないです」
二人で、少し笑った。
◇
休憩を終えて、また歩き始めた。
山道を抜けると、平原が見えた。
セルドまで、あと一日半の距離だった。
歩きながら、ルナのことを考えた。
石を、触った。
ポケットの中にあった。
池の底の石だった。
帰ってくる証拠の石だった。
「カナさん、一つ、渡したいものがあります」
「なんですか」
布を出した。
春咲きのお守りだった。
「ルナという子が、作ってくれました。カナさんに渡してほしいと言っていました」
カナが、受け取った。
開いた。
乾かした花が、入っていた。
「ルナというのは、集落の子ですか」
「そうです。精霊と友達になった子です」
「精霊と友達に」
「毎日池に通ったら、精霊が毎日来るようになったそうです」
カナが、布を閉じた。
大事に持った。
「ありがとうございます。ルナに、ありがとうと伝えてください」
「伝えます」
「どんな子ですか」
「毎日記録をつけています。木に触って、土に触って、水の流れを見て、精霊を見て。それを全部、丁寧に書いています」
カナが、少し目を細めた。
「良い記録係になりそうですね」
「ミアさんと、似ているかもしれないですね」
ミアが、後ろから聞いていた。
「私に似ているんですか」とミアが言った。
「毎日来る、というところが」
「毎日来ることが、大事なんですね」
「続けることで、つながりが生まれます。精霊も、ルナが毎日来るから、毎日来てくれるようになりました」
「記録も、続けることで、価値が増えます」とミアは言った。
「そうですね」
「一日書いても、価値が小さい。でも、毎日続けると、変化が見える。変化が見えると、予測ができる。予測ができると、対処できる」
「カナさんの記録が、エン山採掘の問題を証明できたのも、続けてきたからですね」
「そうです」とカナは言った。「一つ一つは、小さな記録です。でも、積み重なると、証拠になります」
「小さいことの積み重ねが、大きなことになる」
「それが、記録の力です」
◇
夕暮れになった。
野営の準備をした。
センが、手慣れていた。
「センさん、こういう経験が多いんですか」
「仕事柄ね」とセンは言った。
「ベルクさんとは、どんな関係ですか」
センが、手を止めた。
「昔、助けてもらった話は、した」
「もう少し、聞いてもいいですか」
センが、また動き始めた。
「十五年前、私は、今のダロみたいな立場にいた。利用されていた。気づいたとき、すでに深みにはまっていた。抜け出せなかった。そのとき、ベルクが証拠を集めてくれた。私が無実だという証拠を。それで、抜け出せた」
「ベルクさんが、記録で助けたんですね」
「記録が、人を救うことがある」とセンは言った。
「今回は、センさんが助ける側に回った」
「お返しだ。ベルクが困っているなら、動く。それだけだ」
「ベルクさんは、今回もリドルのために記録を集めようとしているかもしれないですね」
「あいつは、そういう人間だ」
「止まらないですね」
「止まらない」とセンは言った。
カナが、それを聞いていた。
「止まらない人間が、何人かいれば、世界が変わる」
「そうですね」と私は言った。
「全員が止まらなくていい。何人かでいい」
「今ここにいる人たちは、全員止まっていないですね」
センが、少し笑った。
「お前に言われたくないがな、一番止まっていないのは」
「私ですか」
「お前だ。気になるから動く、という理由で、竜のいる山に入って、採掘停止を実現して、政変の都で暴れた。止まっていない」
「暴れてはいないですが」
「傍から見れば、暴れているように見える」
カナが笑った。
ミアも笑った。
シロが、尻尾を振った。
夜の野営が、少し温かくなった。
「明日、セルドに着きます」と私は言った。
「着きます」とカナは言った。
「ガレス王に、話を通します」
「通します」とカナは言った。
「全部が動いています」
「動いています」
「止まらないですよ、私たちは」
「止まらないです」
シロが、また尻尾を振った。
全員で、止まらない夜だった。
五十七話目、書きました。
道の途中でカナと合流する展開は、「逃げながら合流する」という偶然性を作りたかったからです。全部が計画通りではなく、動いているうちに出会いが生まれる。これも「全部がつながっている」の一つの形です。
カナが「計算していても、体が震えることがあった」と告白した場面。カナは強いキャラクターに見えますが、怖かった。それを正直に話せる関係が、凪との間に生まれていた場面でした。
センのバックストーリーを少し明かしました。十五年前にベルクに助けられた。記録が人を救った。今回、センが動いた理由がここにあります。記録の力が、時間を超えて、別の形で返ってくる。
「止まらない人間が何人かいれば、世界が変わる」というカナの言葉が、この話のテーマです。全員が動かなくていい。何人かでいい。その何人かが、今ここにいる。
次話では、セルドに着いて、ガレス王との交渉が始まります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




