第五十八話「ガレス王は、すでに動いていた」
五十八話目です。
セルドに着きます。交渉をするつもりで来たら、向こうはすでに動いていた。
準備していたものが必要なかったとき、でも準備が無駄ではなかった、という話です。
では、どうぞ。
セルドに着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
山を越えて、平原を抜けて、都の門に着いたとき、門番が私を見て言った。
「凪様ですか」
「そうです。なぜ知っているんですか」
「ガレス王から、来たら通すように言われています」
「来ることが、分かっていたんですか」
「ラグル族から、連絡が来たそうです。昨日の夜に」
「昨日の夜に」
シロが、私を見た。
ラグル族が先に届けた、という顔だった。
「そういうことですか。ありがとうございます」
「お待ちしていました。すぐに、王宮に案内します」
◇
王宮に通された。
ガレスの間に入ると、ガレスが立っていた。
オルトも、横にいた。
「来たか」とガレスは言った。
「来ました。急いで来ましたが、もう知っていたようですね」
「ラグル族から、連絡が来た。アルドで政変があり、凪が向かっていると」
「そうです。話したいことが、あります」
「聞く前に、一つ言っておく」
「なんですか」
「セルドは、すでに動いた」
「どういう意味ですか」
ガレスが、オルトを見た。
オルトが、書類を出した。
私に見せた。
「これは」
「アルドへの公式確認書だ。セルドの王名で出した。アルドの農地と水脈に関する政策について、セルドとして正式な説明を求める文書だ」
「もう出したんですか」
「昨日の夜に、使者を出した。今頃、アルドに届いているはずだ」
「手紙が届く前に、動いていたんですか」
「川が減ったとき、凪が助けてくれた。それで、信じた。凪から連絡が来た時点で、何かが起きていると判断した。詳しい話を待たずに、動いた」
「早い」
「農地の問題は、待てない」とガレスは言った。「去年の秋に、凪が言っていた。農地の回復には時間がかかる。だから、問題が起きたら早く動かないといけない、と」
「私が、そう言いましたか」
「言っていた。それを、覚えていた」
私は、少し黙った。
「ありがとうございます」
「礼はいい。詳しい話を聞かせてくれ」
◇
全員で、席についた。
カナが、記録帳を出した。
ガレスが、カナを見た。
「その方は」
「カナといいます。農務局の記録係です。アルドで、記録を守るために捕まっていました。凪さんが助けてくれました」
「記録係が、捕まっていた」
「今回の政変の本当の目的を、説明します」とカナは言った。
ガレスが、前のめりになった。
「言え」
カナが、記録帳を開いた。
「エン山という山が、アルドの北にあります。その地下に、大規模な鉱脈があります。鉱山局が、五年前から注目していました」
「エン山の採掘が、目的か」
「そうです。採掘を阻んでいたものが、農務局の確認権限でした。採掘が農地の水脈に影響するとなれば、農務局が確認を拒否します。だから、農務局の権限を奪おうとした」
「権限を奪うために、政変を起こした」
「そうです。リドルを落とし、ベルクを封じ、エイラの権限を制限した。全部が、エン山採掘のためでした」
ガレスが、オルトを見た。
「エン山の採掘が始まれば、どうなる」
「水脈が変わります」と私は言った。「エン山の西側に、アルドの主要農地があります。その農地全体を支えている地下水脈が、エン山の下を通っています。掘れば、農地が干上がります」
「アルドの農地が、干上がる」
「それだけではないです。エン山の水脈は、国境を越えて、セルドの川の水源にもつながっています」
ガレスの顔が、変わった。
「また、川が減るということか」
「そうなる可能性が高いです」
「せっかく、戻ってきた川が」
「また減ります。竜が守ってくれている泉も、影響を受けるかもしれないです」
ガレスが、机を叩いた。
前回会ったときと、同じ叩き方だった。
「許せない」
「そのために、来ました。これを見てください」
エイラの書類を出した。
「農務局の文書です。エン山採掘の申請書があります。農務局の確認欄に、判が押されていません。法的に、採掘は不認可の状態です」
ガレスが、書類を受け取った。
読んだ。
「これは、正式な農務局の文書か」
「そうです。エイラ農務局長が、私に渡してくれました。確認できていない採掘は、始められないという証拠です」
「エイラという人間は、今どこにいる」
「アルドで、捕まっています。書類を私に渡して、自分は残りました」
ガレスが、また書類を見た。
「記録もあります」とカナが言った。「エン山周辺の水脈調査記録です。採掘が水脈に影響することを、示す内容が入っています」
「全部、揃っているな」
「揃っています。後は、これをどう使うかです」
ガレスが、立ち上がった。
「オルト」
「はい」とオルトが言った。
「昨日出した確認書に、追加の文書を加える。エン山採掘に関する農務局の確認状況について、具体的に説明を求める文書を出せ」
「承知しました」
「それと、アルドの隣国に、連絡を取れ。エン山問題は、アルドだけの問題ではない。他の国にも、水脈への影響がある可能性がある」
「隣国にも」
「複数の国から、同時に確認を求めれば、アルドも無視できない」
オルトが、急いで出ていった。
ガレスが、私を見た。
「凪、今のアルドの状況を、正直に教えてくれ」
「正直に言います。ベルクという調査官が、リドルに証言を求めに行っています。成功すれば、内側からも動きが出ます。エイラとダロが、捕まっています。二人が捕まったことが、不当な拘束の証拠になる可能性があります」
「内側からも、外側からも、動かす」
「そうです。一方向からだけでは、時間がかかります。両側から同時に動けば、早い」
「うまくいくか」
「分かりません。でも、やります」
「言い切るようになったな、お前」とガレスは言った。
「最近、そういう言い方をするようにしています」
「誰かに教わったか」
「色々な人から、少しずつ」
ガレスが、また座った。
「一つ、確認させてくれ」
「なんですか」
「お前は、転生者だ。アルドの問題に、なぜそこまで関わる」
「気になるからです」
「気になる」
「エン山が採掘されれば、農地が干上がります。川が減ります。人が困ります。それが気になります。気になれば、動きます」
「損得がない」
「ないです」
ガレスが、少し考えた。
「そういう人間が、一人いるだけで、世界が変わることがある」
「そうですか」
「今回、セルドが動けたのは、お前が動いたからだ。お前が来なければ、私たちは川が減ったことに、気づかないままだったかもしれない」
「川が減っていることに、気づいていましたよね、ガレス王は」
「気づいていた。でも、原因が分からなかった。お前が来て、原因を示してくれた。だから、動けた」
「竜が、本当の原因を教えてくれたんです」
「竜が」
「竜が、泣いていた理由が分かったから、川の問題が解決できました。竜がいなければ、私にも分からなかったです」
ガレスが、また少し考えた。
「お前は、いつも誰かのおかげだと言うな」
「本当のことなので」
「自分の力を、認めない」
「認めていないわけではないですが」
「認めろ」とガレスは言った。珍しく、強く言った。「お前が来なければ、竜にも会えなかった。お前が来なければ、採掘の問題も分からなかった。お前が動いたから、全部が動いた。それを、ちゃんと受け取れ」
私は、少し黙った。
「分かりました。受け取ります」
「それでいい」
◇
その夜、宿に戻った。
カナが、隣に座っていた。
「疲れましたね」
「疲れましたが、動けます」
「カナさんは、本当に疲れていないんですか」
「疲れています。施設に五日いた疲れが、まだ残っています。でも、動くことが、一番の回復になります」
「そういうものですか」
「私はそうです。止まると、考えすぎます。動いていた方が、楽です」
シロが、私たちの横で、丸くなった。
「シロは疲れていますね」
「三日で来てもらいましたから」
「シロが乗せてくれたんですか」
「そうです。山の外の草原を、走ってもらいました」
「ラグル族に乗ったのは、初めてですか」
「初めてでした。速かったです」
「シロが、それを許したのは、信頼しているからですね」
「そうだと思います」
カナが、シロを見た。
「会ったことがなかったですが、ミアから色々聞いていました。シロのことも」
「どんなことを聞きましたか」
「精霊を驚かせる、という話を聞きました」
シロが、耳を少し下げた。
「昔のことです」
「ミアが、書いていました。シロが精霊に鼻を近づけすぎて、精霊が引っ込んだ、と」
「記録に残っているんですか、そのことが」
「残っています」
シロが、また耳を下げた。
「記録は、後で笑いの種にもなりますね」
「なります」とカナは言った。「だから、良いことも、失敗も、全部書きます」
「全部が記録になる」
「全部が記録になります。後で読む人が、判断します」
「後で読む人というのは」
「分かりません。でも、誰かが読む。そのために、書き続けます」
◇
夜中に、ラグル族が来た。
アルドからの連絡だった。
「どうしましたか」とシロに聞いた。
シロが、外に出た。
私も出た。
ラグル族が、何かを咥えていた。
受け取って、開いた。
ベルクからだった。
短かった。
「リドルが、証言する意思を示した。明日、公式に話す。エイラとダロの釈放を、要求する。状況が、動き始めた」
「動いた」
シロが尻尾を振った。
「ベルクさん、やりましたね」
また振った。
「全部が、一度に動いています」
外は、暗かった。
でも、どこかで、何かが動いていた。
アルドで、ベルクが動いていた。
セルドで、ガレスが動いていた。
隣国に、オルトが連絡を送っていた。
カナの記録が、証拠として残っていた。
エイラの書類が、法的根拠になっていた。
全部が、つながっていた。
全部が、動いていた。
「もう少しです」と空に向かって言った。
誰もいなかったが、言った。
シロが、私の横に来た。
もう少し、という顔だった。
「帰りたいですね。ルナのところに」
シロが、尻尾を振った。
「帰ります。全部が終わったら、帰ります」
また振った。
「約束します」
シロが、空を見た。
星が出ていた。
アルドの星と、セルドの星は、同じ星だった。
全部が、つながっている夜だった。
五十八話目、書きました。
「ガレスがすでに動いていた」という展開。交渉をしに来たら、向こうはすでに準備していた。凪が言った言葉を、ガレスが覚えていた。「農地の問題は待てない、早く動かないといけない」。自分の言葉が、別の場所で実を結ぶ。これも「全部がつながっている」の一つの形でした。
「受け取れ」というガレスの言葉。凪がずっと「誰かのおかげ」と言い続けてきたことへの、強い言葉での返しでした。謙遜することと、自分の役割を認めることは、別のことです。ルナに続いて、ガレスも同じことを言った。
ベルクがリドルを動かした、という連絡が夜中に来た場面。ベルクが「いる」と約束して、実際に動いた。記録が人を救うことがある、とセンが言っていた通りの展開でした。
シロの「精霊を驚かせた記録」がカナの記録帳に残っていた場面。シロが耳を下げた。笑える記録が、物語に少し空気を入れました。
次話では、アルドの状況が急変します。リドルの証言で、何かが動く。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




