第五十五話「夜明けと同時に、全部が動いた」
五十五話目です。
夜が明けます。カナが都を脱出した朝、施設の人間が気づきます。都の中で、追う側と逃げる側の動きが同時に始まります。そしてエイラへの接触が、予想外の形になります。
起承転結の「転」に入ります。一番動く話です。
では、どうぞ。
夜明けの一時間前、ダロから連絡が来た。
「施設から、人が出てきた」
「気づきましたか」
「夜の見回りで、カナがいないことを発見したようだ。今、四人が都の中に散った」
「捜索が始まりましたね。カナさんたちは、もう都を出ていますか」
「センから連絡が来た。夜明け前に、国境を越えた」
「間に合いました」
「間に合った。だが、こっちへの影響は、これからだ」
「分かっています。朝になったら、エイラさんに会いに行きます」
「急いだ方がいい。施設が動いたなら、次はエイラの権限をさらに制限しようとするかもしれない」
「そうですね」
「夜明けまで、どこにいる」
「都の東側の、古い水路の近くにいます。ここなら、気配が分かりにくいです」
「一時間後に来い。エイラの住居の場所を教える」
「分かりました」
◇
夜明けが来た。
空が、少しずつ明るくなった。
シロが、空を見ていた。
「夜が終わりますね」
シロが尻尾を振った。
「カナさんは、今頃、森の方向を歩いていると思います」
また振った。
「ルナが、驚きますね。カナさんが来ると、知らせていないので」
シロが耳を動かした。
「会ったことはないですが、ルナとカナさんは、似ている気がします」
シロが私を見た。
どこが似ているんだ、という顔だった。
「記録を大事にするところと、言い切るところです」
シロが、また空を見た。
都の朝が、始まった。
遠くで、鐘の音が鳴った。
◇
ダロと合流した。
「エイラの住居は、都の南だ。農務局の官舎にいる」
「監視はついていますか」
「たぶん、ついていない。エイラへの処置は、権限の制限だけだ。行動の自由は、まだある」
「では、正面から行けますか」
「行けるが、問題がある」
「何ですか」
「今朝、施設からカナが消えたことが報告されれば、エイラの周辺も動くかもしれない。早く行かないと、間に合わない」
「急ぎます」
南に向かって、歩き始めた。
そのとき、シロが止まった。
また、気配を感じていた。
「どこですか」
シロが、右の路地の方を向いた。
「後ろから来ていますか」
シロが、耳を立てた。
複数、という感じの立て方だった。
「ダロさん、走れますか」
「走れる」
「走ります。今すぐ」
三人で、走り始めた。
後ろから、足音が来た。
「やはり、来ましたね」
「追っているのか、私たちを」
「分かりません。でも、同じ方向です」
「曲がるぞ」
ダロが、左の路地に折れた。
続いた。
足音が、また近づいた。
「速いですね」
「鉱山局の人間だ。体を使う連中が多い」
「別の方法を使います」
「別の方法とは」
「力を使います。追っている人間の足元を、少し重くします」
「人間に使えるのか」
「昨夜、試しました」
立ち止まった。
地面に手を触れた。
力を送り込んだ。
後ろから来る足音に向けて。
足音が、少し遅くなった。
「効いていますが、長くは続きません。急ぎます」
「分かった」
◇
農務局の官舎に着いた。
石造りの、四階建ての建物だった。
入口に、人がいた。
農務局の職員らしかった。
「エイラ農務局長に会いたいです」と私は言った。
「名前は」
「凪です。以前、リドル様とエイラ様に会いました。転生者です」
職員が、少し考えた。
「少し待ってください」
中に入っていった。
ダロが、後ろを確認した。
「追っている連中は、まいたか」
「しばらくは大丈夫だと思います。ただ、時間がかかると来ます」
「早く入れてもらいたいな」
職員が、戻ってきた。
「どうぞ、お入りください」
◇
エイラは、四階の部屋にいた。
私たちが入ると、立ち上がった。
「来たか」とエイラは言った。
「来ました」
「ダロも来たのか」
「来ました」とダロが言った。
「お前が来るとは、思わなかった」
「私も、思っていなかった」
エイラが、椅子を示した。
「座れ。話を聞く」
「急いでいます。追われているかもしれないので」
「追われている」
「施設からカナさんを助け出しました。今朝、捜索が始まったと思います」
エイラが、少し目を細めた。
「カナは、安全か」
「今朝、国境を越えました。安全だと思います」
「記録は」
「ミアが持っています。カナと一緒にいます」
エイラが、深く息を吐いた。
「良かった」と静かに言った。
「エイラさんに、知らせることがあります。急ぎますので、直接言います」
「言え」
「今回の政変の本当の目的は、エン山の採掘です」
エイラが、動きを止めた。
「エン山」
「ベルクさんから、聞きました。エン山の地下に、大規模な鉱脈があります。鉱山局が、五年前から注目していました。採掘のために、農務局の確認権限が邪魔だった。記録が邪魔だった。だから、全部を排除しました」
エイラが、立ち上がった。
「エン山の採掘が始まれば、どうなるか、分かっているか」
「水脈が変わります。セルドの川に影響が出ます。農地の水が、また減ります」
「それだけではない」とエイラは言った。声に、熱が入っていた。「エン山の西側に、アルドの主要農地がある。エン山の地下水脈は、あの農地全体を支えている。掘れば、農地が干上がる」
「アルドの農地が」
「農地が干上がれば、食料が不足する。食料が不足すれば、国民が困る。鉱山局は、採掘で得る利益しか見ていない。失う農地の価値を、計算していない」
「または、計算した上で、利益の方が大きいと判断したか」
「どちらにせよ、許せない」
エイラが、机を叩いた。
強く叩いた。
「私の権限が制限されたのは、これが理由か」
「そうだと思います」
「確認する手段を、取り上げた。それで、採掘を止められないようにした」
「そうです」
エイラが、部屋の中を歩いた。
考えながら歩いた。
「私には、今、正式な確認権限がない。でも、情報を持つことは、制限されていない」
「情報が、武器になりますか」
「なる」とエイラは言った。「国民に、知らせることができる。農地が干上がるかもしれないと、知らせることができる。民の声は、公式な権限より、時として強い」
「エイラさんが、動いてくれますか」
「動く」とエイラは言った。迷いのない声だった。「ただ、一つ必要なものがある」
「何ですか」
「証拠だ。エン山採掘が、水脈に影響することを、示す記録が必要だ」
「カナさんの記録に、それが含まれています。ミアさんも、重要な内容を記憶しています」
「カナと連絡が取れるか」
「取れます。ラグル族を使えば」
「今すぐ、取れ。カナに、記録の要点を、できるだけ早く送ってもらえ」
「ミアさんが書いて、ラグル族が届ける。二日以内には」
「二日待てるかどうか、分からない。もっと早い方法はないか」
少し考えた。
「ミアさんは、重要な内容を記憶していると言っていました。ミアさんに、今すぐ書いてもらえる内容が、あるかもしれないです」
「ミアに、書ける量があれば、今すぐ動ける」
「連絡を、取ります」
シロが、私の横に来た。
「シロ、ミアさんに届けられますか」
シロが、耳を動かした。
どこにいるか分かる、という顔だった。
「国境の向こうにいます。一緒にいたラグル族なら、届けられますか」
シロが、外の方を向いた。
呼ぶ、という意味だった。
窓を開けた。
シロが、低く鳴いた。
特定の呼び方だった。
返事が来た。
ラグル族の声だった。
窓の外の、屋根の上にいた。
「追いかけてきていたんですね」
シロが、また振り返った。
当たり前だ、という顔だった。
「ミアさんに、エイラ様への手紙を書いて、早急に届けてほしい、と伝えてください」
シロが、ラグル族に向かって鳴いた。
ラグル族が、応えた。
走り始めた。
「届けられます」
エイラが、それを見ていた。
「ラグル族と、そういう意思疎通ができるのか」
「シロが、仲介してくれます」
「便利だな」
「シロのおかげです」
シロが、得意そうな顔をした。
◇
そのとき、扉を叩く音がした。
強い叩き方だった。
エイラが、素早く机の引き出しを開けた。
書類を、いくつか取り出した。
私に向けた。
「これを、持て」
「何ですか」
「エン山周辺の地形と水脈を、農務局として調査した記録だ。正式な農務局の文書だ。私の権限が制限される前に作成したものだ。これがあれば、証拠の一部になる」
「受け取っていいですか」
「持っていけ。私の手元にあれば、奪われる可能性がある。お前が持った方が安全だ」
受け取った。
扉の叩き方が、激しくなった。
「開けろ」と外から声がした。
「エイラ様、逃げてください」とダロが言った。
「逃げない」とエイラは言った。
「捕まります」
「捕まってもいい。捕まった方が、証拠になる」
「証拠、というのは」
「権限を持つ農務局長を、不当に拘束しようとした証拠だ。国民に見せる材料になる」
「自分が捕まることで、情報を広める」
「そうだ」とエイラは言った。静かに、でも強く言った。「凪、逃げろ。その書類を、守れ」
「エイラさん」
「行け。私の心配より、書類の心配をしろ」
扉が、開いた。
鉱山局の人間が、三人入ってきた。
私は、書類を抱えた。
シロが、前に出た。
三人が、シロを見た。
一瞬、止まった。
「今です」とダロが言った。
「窓から、出ます」
「四階だぞ」
「大丈夫です」
窓から外を見た。
屋根があった。
飛んだ。
着地した。
衝撃があったが、立てた。
シロが、横に着地した。
音もなかった。
「さすがですね」
シロが尻尾を振った。
ダロが、窓から半身を出した。
「飛べるか」と私は言った。
「飛べない」とダロは言った。
「捕まりますよ」
「捕まる。だが、逃げない理由がある」
「理由は」
「エイラが言った通り、証拠になる。鉱山局の中堅が、エイラの拘束に反対した、という証拠だ。内部からの反発として、記録に残る」
「ダロさんも、捕まることで戦うつもりですか」
「そういうことだ。お前は、その書類を持って逃げろ」
「分かりました」
「凪」
「なんですか」
「エン山を、止めてくれ」
「止めます」
ダロが、部屋の中に向き直った。
窓が閉まった。
書類を抱えて、屋根を走った。
シロが、横を走った。
都の朝が、明るくなっていた。
鐘が、また鳴った。
全部が、動いていた。
五十五話目、書きました。
「転」の話でした。夜明けと同時に、全部が動き始めた。施設の捜索、追跡、エイラへの接触、拘束、窓からの脱出。一話の中に、できるだけ動きを詰め込みました。
エイラが「捕まってもいい」と言った場面。捕まること自体が、証拠になる。農務局長を不当に拘束しようとした証拠。これは、情報戦における逆転の発想です。権力がない者が、権力に立ち向かう方法の一つです。
ダロが「エイラが言った通り」と言って残った場面。鉱山局の中堅が反発した、という証拠になる。エイラとダロが、同じ発想で動いた。二人の連帯が、この場面で生まれました。
「エン山を止めてくれ」というダロの一言。捕まる直前の、ダロの覚悟でした。
次話では、書類を持った凪が、都の外に向かいながら、ベルクからの最後の情報を受け取ります。そして、セルドからの返答が来る予感が出てきます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




