第五十四話「深夜のベルクは、全部知っていた」
深夜、ベルクに会いに行きます。ベルクは、今回の政変について、何かを知っていました。知っていて、動けなかった。その理由が、この話で分かります。
物語が、大きく動く前夜の話です。
では、どうぞ。
ベルクが住んでいる場所を、ダロが知っていた。
「調査部門の幹部の住居は、把握している」とダロは言った。
「鉱山局として、ですか」
「そうだ。どこに誰がいるかは、基本的な情報だ」
「監視はついていますか」
「昼は二人。夜は一人になる。交代が、深夜の一時だ」
「今は」
「十二時を過ぎたところだ。交代まで、一時間を切っている」
「交代の隙間を使えますか」
「一人になったとき、私が監視を引き受ける。その間に、お前が中に入れ」
「引き受ける、というのは」
「私は鉱山局の人間だ。監視に声をかけても、不自然じゃない。少し話をする。その間に入れ」
「ダロさんが、監視の注意を引く」
「そういうことだ」
「ありがとうございます」
「礼はいい。早く終わらせたい」
◇
ベルクの住居は、都の中央部にある石造りの建物の三階だった。
道の角で待った。
監視の人間が、一人、建物の前にいた。
「交代まで、あと四十分ほどだ」とダロが言った。
「待ちます」
「その間、一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「今夜、カナを助けた。それで、終わりだと思うか」
「終わりではないです」
「分かっている。ただ、確認したかった」
「カナさんが外に出ても、記録を消そうとした勢力は残っています。ベルクさんへの監視も続きます。セルドへの手紙が届いて、外からの圧力がかかるまで、時間がかかります」
「その間、何が起きると思う」
「施設からカナさんが消えたことが、朝には分かります。捜索が始まります。ミアさんとセンさんが、カナさんを連れて都を出るまでの時間が勝負です」
「都を出るのに、何時間かかる」
「夜通し歩けば、夜明け前には国境を越えられます。センさんが、間道を知っています」
「朝まで、こちらが持てば」
「持てれば、カナさんは安全圏に入ります」
「こちら、というのは、お前とベルクと私か」
「そうです。朝まで、都の中で、動ける状態を保つ必要があります」
ダロが、空を見た。
「面倒なことになったな」
「そうですね」
「私が政変に反対していれば、こうはならなかった」
「気づいたときに動いたので、間に合いました」
「間に合ったかどうかは、まだ分からん」
「そうですね」
ダロが、また監視を見た。
「交代まで、あと十五分だ」
◇
交代の五分前、ダロが動いた。
監視の人間に、近づいた。
「よう」と声をかけた。
監視が、振り返った。
ダロの顔を見て、少し驚いた顔をした。
「ダロ副長、こんな時間に」
「夜中に目が覚めてな。散歩していた」
「はあ」
「ベルク調査官は、まだ起きているか」
「分からないですが、部屋の明かりがついています」
「そうか。夜中まで、仕事熱心なやつだ」
ダロが、監視と話し始めた。
私は、建物の裏側に回った。
シロが、一緒についてきた。
裏に、非常口があった。
鍵がかかっていた。
力を使った。
鍵の機構を、内側から動かした。
音がした。
小さかったが、出た。
少し待った。
誰も来なかった。
扉を開けた。
中に入った。
◇
三階まで、階段を上った。
ベルクの部屋は、三階の突き当たりだった。
明かりが漏れていた。
扉を、静かにノックした。
三回、間を置いて。
しばらくして、扉が開いた。
ベルクが立っていた。
驚いた顔をしなかった。
「来るとは思っていた」とベルクは言った。「ただ、今夜とは思わなかった」
「カナさんを、助け出しました」
「知っている」
「もう知っているんですか」
「建物の中に、私の目がある。連絡が来た。三十分前に」
「早いですね」
「早くしないと、意味がない。入れ」
◇
部屋に入った。
狭い部屋だった。
書類が積まれていた。
書き途中の何かが、机の上にあった。
「座れ」
椅子に座った。
シロが、床に座った。
ベルクが、向かいに座った。
「カナは、今どこにいる」
「都の外に向かっています。夜明けまでに、国境を越えると思います」
「ミアも一緒か」
「そうです。センさんと、三人で動いています」
「センを使ったか。良い判断だ」
「ベルクさんが手配してくれたので」
「ダロも来ているな」
「外で、監視と話してくれています」
「ダロが動いたか」とベルクは言った。少し、意外そうな声だった。
「カナさんの声を聞いて、動く気になったそうです」
「カナの声か」
「渡さない、という声です」
ベルクが、少し目を閉じた。
「あいつらしい」
「ベルクさんが、ダロさんに示したんですか。私たちがどこにいるか」
「示した。ダロが動けるかどうか、試したかった。動いたな」
「動きました」
「それは、収穫だ」
「ベルクさん、一つ聞いていいですか」
「聞け」
「今回の政変を、知っていましたか。事前に」
ベルクが、少し間を置いた。
「知っていた」
部屋が、静かになった。
「知っていて、止めなかったんですか」
「止められなかった。知ったのは、三日前だった。動こうとしたが、先に手を打たれた」
「三日前というのは」
「政変の四日前だ。鉱山局の動きが、おかしいと気づいた。ただ、確認が取れなかった。確認しようとした時点で、気づかれた。だから、先に動かれた」
「カナさんが捕まったのも、気づかれたからですか」
「そうだ。カナが記録を持って動こうとした情報が、漏れていた」
「誰に」
「内部に、情報が漏れる経路があった。まだ、特定できていない」
「今も、漏れているかもしれないですか」
「可能性がある」
「この会話も」
「その可能性は、考えた上で、話している」
「なぜ話してくれるんですか」
ベルクが、机の上の書類を見た。
「お前に、知っておいてほしいことがあるからだ」
「なんですか」
「今回の政変の、本当の目的だ」
◇
ベルクが、書類を一枚、私に向けた。
地図だった。
アルドの地図だった。
北の山が、描かれていた。
「この山を、見ろ」
「ガロン山ですか」
「違う。その西の山だ」
指さした場所を見た。
名前が書いてあった。
「エン山ですか」
「エン山の地下に、大規模な鉱脈がある。鉱山局が、五年前から注目していた」
「採掘したいということですか」
「採掘するために、邪魔なものを全部排除した。それが、今回の政変の本当の目的だ」
「邪魔なもの、というのは」
「農務局との連携、調査部門の記録、エイラの確認権限。全部が、鉱山局の大規模採掘の邪魔になっていた」
「水脈への影響を、確認されることが嫌だった」
「そうだ。エン山の地下を掘れば、周辺の水脈が変わる可能性が高い。セルドの川が、また減るかもしれない。農地が、また痩せるかもしれない。だから、それを指摘できる人間と記録を、消そうとした」
「大きな話ですね」
「大きい。山一つの採掘ではなく、この国の資源政策の話だ」
私は、地図を見た。
エン山の位置を確認した。
セルドの川の水源に、近かった。
「これが、全部の原因ですか」
「そうだ。カナの記録は、結果として、エン山採掘の最大の障害になっていた。採掘が水脈に影響する証拠が、そろっていたから」
「だから、記録を消したかった」
「そうだ」
ベルクが、書類を引き戻した。
「セルドに送った手紙に、このことを加えるべきだったかもしれないですね」
「届くのに、時間がかかるか」
「ラグル族が、走っています。早くて三日、遅くて五日で届くと思います」
「五日か」
「今から、追加の手紙を書いて、届けることはできます」
「書け。私が別の経路で、セルドに確認を求める。お前の手紙と、私の公式な文書が、同時に届けば、動きが早くなる」
「ベルクさんが、公式に動けるんですか。監視下にあるのに」
「文書を出す権限は、まだある。完全に封じられていない。ただし、今夜が最後の機会かもしれない。カナが逃げたことが分かれば、私への対応も変わる」
「急ぎます」
「書け。私も書く。同時に出す」
二人で、書き始めた。
シロが、扉の方を見ていた。
外の気配を、確認してくれていた。
◇
三十分後、二通の文書が出来上がった。
私の手紙は、ラグル族が届ける。
ベルクの公式文書は、別の経路で届ける。
「準備できました」
「お前の手紙を、今すぐ届けられるか」
「外にシロがいます。ラグル族を呼べると思います」
「呼べ」
部屋の窓を、少し開けた。
シロが、外の方に顔を向けた。
低く鳴いた。
数分後、建物の外に、ラグル族が来た気配がした。
「来ました」
窓から、手紙を紐で下ろした。
ラグル族が、受け取った気配がした。
走り始めた。
「届きます」
「次だ」とベルクは言った。「お前は、朝まで、どこにいる」
「ダロさんと一緒に、都の中にいます。朝になって、カナさんが安全圏に入ったことを確認してから、動きます」
「どこに動く」
「エイラさんに会いに行きます。権限が制限されているとはいえ、農務局の長です。今回の本当の目的を、知らせます」
「エイラが動けば、大きい」
「動いてもらえると思います。エイラさんは、農地の水のことに本気です。エン山採掘の影響を知れば、動かないわけがないです」
「リスクがある。エイラに会いに行けば、捕まるかもしれない」
「捕まるかもしれないですが、行きます」
ベルクが、私を見た。
「言い切るようになったな、お前」
「カナさんから、学びました」
ベルクが、少し目を細めた。
「カナが聞いたら、喜ぶな」
「そうですか」
「あいつは、影響を与えた、と知ることが好きだ。記録が、誰かの役に立つことが好きだ」
「良い人ですね」
「良い記録係だ」とベルクは言った。「それ以上のことは言わない」
「それで、十分です」
ベルクが立ち上がった。
「今夜は、ここまでだ。明日の朝、エイラのところに行く前に、私に連絡を入れろ。エイラへの接触の方法を、教える」
「分かりました」
「ダロを連れて行け。ダロが動いていることが分かれば、エイラも信用しやすい」
「ダロさんに、頼みます」
「頼んでおけ。あいつは、頼まれると断りにくい性格だ」
「そうですか」
「そういう性格だから、逆に使われることもある。今回もそうだ」
「どういう意味ですか」
「鉱山局の上層部に、利用されたということだ。ダロは知らなかった。だが、気づいたら動いた。それが、あいつの良いところだ」
「そうですね」
扉に向かった。
「ベルクさん」
「なんだ」
「気をつけてください」
「気をつける」
「カナさんが、帰ってきたとき、ちゃんといてください」
ベルクが、少し止まった。
「いる」とベルクは言った。短く言った。
でも、その一言が、重かった。
「帰ります」
「帰れ」
扉を閉めた。
廊下を歩いた。
シロが、横についた。
夜が、もう少しで終わる。
エン山の地図が、頭に残っていた。
大きな問題だった。
でも、大きくても、気になる。
気になれば、動く。
それだけだった。
五十四話目、書きました。
ベルクが「全部知っていた」という展開を、この話の核にしました。知っていて動けなかった、三日前に気づいたが先手を打たれた。ベルクというキャラクターは、ずっと冷静で物静かでしたが、今回は自分の限界を正直に話しました。
エン山採掘という、より大きな目的が明かされた場面。今回の政変は、単純な権力争いではなく、資源政策をめぐる動きだった。カナの記録が、結果として最大の障害になっていた。これで、物語の「本当の敵」が見えてきました。
「カナから学びました」という凪の言葉。言い切るようになった理由を、一言で説明しました。影響を与えた、と知ることが好きなカナが聞いたら喜ぶ、というベルクの反応も、カナへの愛情が出た場面でした。
「いる」というベルクの一言。長い台詞より、短い一言の方が重いことがあります。
次話では、夜明けと同時に、エイラへの接触が始まります。物語が「転」に向かって加速します。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




