第五十三話「夜の作戦は、七割、うまくいった」
五十三話目です。
作戦実行の夜です。全部がうまくいく話を書くのは、簡単です。でも、全部うまくいくと、面白くない。七割うまくいって、三割が予想外になる。その三割が、物語を動かします。
では、どうぞ。
夜の十時、五分前。
北の路地に、全員が集まった。
センが、外の警備の動きを確認した。
ダロが、合鍵を持っていた。
ミアが、記録帳を服の中にしまっていた。
シロが、静かにしていた。
「確認します」と私は言った。「センさんは、塀の外で待機。私とダロさんとシロで、中に入ります。カナさんを連れて出たら、センさんに引き渡します。センさんとミアさんが、カナさんを都の外に連れ出します」
「分かった」とセンは言った。
「ダロさんは、中で問題が起きたとき、私の指示に従ってください」
「分かった」とダロは言った。
「シロは、私の横にいてください。警備に近づきすぎないこと」
シロが耳を動かした。
分かった、という意味だった。
「質問はありますか」
「一つ」とダロが言った。「お前が警備を眠らせる、というのは、本当にできるのか。見たことがない技術だ」
「一度だけ、試したことがあります」
「どこで」
「竜に対して、一瞬だけやりました」
「竜に」とダロは言った。驚いた顔をした。
「竜が、眠りましたか」
「眠りませんでした。でも、一瞬、動きが止まりました。人間なら、もう少し効果があると思います」
「自信があるのか」
「自信はないですが、やります」
「それが凪のやり方か」とセンが言った。
「そうです」
センが、外の気配を確認した。
「交代が始まる。行け」
◇
木に登った。
思ったより、簡単だった。
根が太くて、掴みやすかった。
シロが、下から私を見上げていた。
「登れますか」
シロが、助走をつけた。
一気に、木の幹に前足をかけた。
そのまま、するすると登ってきた。
「上手いですね」
シロが、横に来た。
得意そうな顔だった。
ダロが、下から苦労しながら登ってきた。
「重い」とダロは言った。
「急いでください」
「分かっている」
塀の上に出た。
向こう側を見た。
暗かった。
庭があった。
人影が、遠くに見えた。
警備だった。
遠い方向にいた。
「今です」
塀を越えた。
着地した。
音が出た。
少し大きかった。
警備が、こちらを向いた。
「来ます」とシロに言った。
シロが、低くなった。
私は、力を使った。
警備の方向に向けて、静かに送り込んだ。
眠れ、という感覚ではなかった。
落ち着け、という感覚で送り込んだ。
警備が、少し足を止めた。
歩き始めた。
でも、速さが落ちた。
「完全には、効いていないですね」
ダロが降りてきた。
「どうする」
「警備が、こちらに来る前に、建物に入ります」
「急げ」
三人で、建物の裏口に向かった。
ダロが、合鍵を使った。
扉が、開いた。
中に入った。
◇
建物の中は、薄暗かった。
廊下が続いていた。
ダロが先頭を歩いた。
「地下への階段は、左だ」
「警備は、中にいますか」
「二人いる。一人は、一階の奥。もう一人は、地下の入口前だ」
「地下の入口前に、人がいます」
「そうだ。そいつを、眠らせられるか」
「やってみます」
「やってみます、か」
「さっきより、うまくやります」
ダロが、少し苦笑した。
「頼む」
階段の前に出た。
地下への入口が見えた。
警備が、椅子に座っていた。
「気づかれる前に、近づく必要があります。少し、待ってください」
「何をする」
「床を、使います」
地面に手を当てた。
建物の中だったが、石の床だった。
石の下に、地面があった。
力を、床を通して送り込んだ。
警備の足元から、静かに、ゆっくりと。
眠れ、ではなく、落ち着け、ゆっくりしろ、という感覚で。
警備が、少し首を傾けた。
あくびをした。
目が、重くなっているようだった。
「今です」
三人で、静かに近づいた。
警備が、目を閉じた。
椅子に、もたれかかった。
眠った。
「できました」
「本当にできるのか」とダロは言った。
「今回は、うまくいきました」
「さっきは、半分しか効かなかったのに」
「さっきは、遠すぎました。今回は、近くで丁寧にやりました」
「覚えておく」とダロは言った。
地下への扉を、合鍵で開けた。
◇
地下は、さらに暗かった。
ダロが、小さな明かりを持っていた。
廊下に、扉が三つあった。
「どれですか」
「一番奥だ」
一番奥の扉に、合鍵を差し込んだ。
回した。
扉が開いた。
中を見た。
カナが、床に座っていた。
目が、開いた。
私を見た。
「凪さん」とカナは言った。
「来ました」
「ミアは」
「外で待っています。安全です」
カナが、立ち上がろうとした。
足がふらついた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫ではないですが、動けます」
ダロが、カナを見た。
カナが、ダロを見た。
「あなたが来たのか」とカナは言った。驚いた声だった。
「来た」とダロは言った。「急ぐぞ」
「記録帳は」
「ミアさんが持っています」
カナが、少し目を閉じた。
安堵した、という顔だった。
「良かった」と小さく言った。
「話は後で。今は、出ます」
カナの腕を支えた。
三人で、廊下を戻り始めた。
そのとき、一階から足音が聞こえてきた。
「早い」とダロが言った。
「何人ですか」
「一人のはずだが」
「複数に聞こえます」
足音が、二つあった。
「見回りの時間が、変わったかもしれません」
「どうする」
「一階は通れないかもしれないです。別の出口はありますか」
「地下に、もう一つ扉がある。使われていない倉庫への扉だ。そこから、外に出られるかもしれない」
「かもしれない、ですか」
「八十年使われていない。外に繋がっているかどうか、確認したことがない」
「行きます」
「賭けになるぞ」
「賭けが好きなわけではないですが、他に選択肢がないです」
◇
使われていない倉庫への扉を開けた。
埃だらけだった。
暗かった。
シロが、先に入った。
鼻を動かした。
「外の匂いがしますか」
シロが、奥の方を向いた。
進め、という動きだった。
「あります」
四人と一頭で、倉庫を進んだ。
奥に、扉があった。
古い扉だった。
木でできていて、腐りかけていた。
「開けます」
力を込めた。
扉が、軋んだ。
押した。
音を立てながら、開いた。
夜の外気が、入ってきた。
外だった。
施設の裏側に、細い路地が続いていた。
「出られました」
カナが、外気を吸った。
「久しぶりです、外の空気が」
「後で、ゆっくり吸ってください。今は、急ぎます」
路地を、走った。
回り込んで、北の路地に出た。
センが、待っていた。
ミアが、センの横にいた。
ミアが、カナを見た瞬間、走ってきた。
「先輩」
「ミア」とカナは言った。
二人が、抱き合った。
「記録帳は」
「あります、ここに」とミアが言った。胸の中から、記録帳を出した。
カナが、受け取った。
両手で持った。
「良かった」とカナは言った。もう一度言った。「本当に、良かった」
センが、私を見た。
「よくやった」
「七割、うまくいきました」
「七割、というのは」
「地下の扉が倉庫に繋がっていたのは、誤算でした。でも、出られたので、まあ良しとします」
センが、少し笑った。
「まあ良し、か」
「ダロさんの情報のおかげです」
ダロが、横にいた。
カナが、ダロを見た。
「なぜ、助けてくれたんですか」
「お前の言葉を、聞いた。渡さない、という言葉を」
「あれを、聞いていたんですか」
「聞いた。あの言葉で、考えが変わった」
カナが、少し黙った。
「ありがとうございます」
「礼はいい。急げ。一階の見回りが、気づくかもしれない」
センが、カナの腕を取った。
「行くぞ」
「凪さんは」とカナが言った。
「残ります」
「残る、というのは」
「ベルクさんの援護をします。カナさんを助けるだけでは、また誰かが捕まるかもしれないです。根本を変えないといけない」
カナが、私を見た。
「気をつけてください」
「気をつけます」
「記録は、守ります」
「守ってください。ミアさんも、一緒に守ってください」
「守ります」とミアが言った。
「帰ってきてください」とカナが言った。
「帰ります」
センが、カナを連れて走り始めた。
ミアが、後を追った。
三人が、夜の都に消えた。
ダロが、私の横に立った。
「残るのか」
「残ります」
「私も、残る」
「なぜですか」
「お前を一人にするのは、危ない気がする」
「ダロさんが一緒にいることで、危なくなることもあります」
「それでも、残る」
シロが、私の横に来た。
私が残るなら、自分も残る、という顔だった。
「二人と一頭で、残ります」
ダロが、少し空を見た。
「次は、何をする」
「ベルクさんに、会いに行きます」
「夜中に」
「そうです。明日の朝まで待てない気がします。セルドへの手紙が届けば、外から圧力がかかります。その前に、ベルクさんと話をしておきたいです」
「ベルクの監視が、厳しいぞ」
「厳しいですね」と私は言った。「でも、行きます」
ダロが、また少し苦笑した。
「やってみます、とは言わないのか」
「今夜は、言い切ります」
「なぜ」
「カナさんが、渡さない、と言い切ったから。それを聞いたダロさんが、動いてくれた。言い切ることで、動く人がいるかもしれないです」
ダロが、黙った。
しばらくして、言った。
「行こう」
三人で、夜の都を歩いた。
どこかで、カナが都の外に向かっていた。
セルドに向かった手紙が、ラグル族の足で、今も走っていた。
全部が、動いていた。
七割うまくいった夜が、まだ終わっていなかった。
五十三話目、書きました。
「七割うまくいった」というタイトル通り、全部は計画通りにいきませんでした。庭の警備への力の使い方が半分しか効かなかった、地下の倉庫扉が誤算だった。でも、結果として出られた。完璧でなくても、動き続ければ何とかなる、という凪のスタイルが出た話でした。
カナとミアの再会は、短くしました。抱き合って、記録帳を確認して、それだけ。感情的な場面を長くしすぎると、テンポが落ちます。短くても、二人の関係が伝わる場面にしたかった。
ダロが「残る」と言った場面。「信用しなくていい」と言い続けていたダロが、行動で信用を作っていっている過程です。カナの「渡さない」という言葉が、ダロを変えた。そのダロが、今度は凪の「言い切る」姿勢に動かされた。
「言い切ることで、動く人がいるかもしれない」という凪の気づき。第二部までの「やってみます」から変わってきた凪の姿です。
次話では、深夜のベルクとの接触と、状況が大きく動く展開が待っています。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




