第五十二話「作戦会議に、来るはずのない人が来た」
五十二話目です。
翌日の昼、古い教会で作戦会議。そこに、来るはずのない人が来ます。
予想外の展開が、物語を動かします。今回は特に、テンポを意識して書きます。
では、どうぞ。
翌朝、早くから動いた。
まず、都の東側を歩いた。
施設の周辺の地形を、明るい時間に確認するためだった。
昨夜は暗くて見えなかった細部が、昼の光の中ではっきりした。
施設の北側に、細い路地があった。
路地の奥に、古い木があった。
木の根元が、施設の塀に近かった。
「使えそうですね」とミアに言った。
「木に登れば、塀を越えられますか」
「越えられると思います。ただ、降りた先が見えないので、確認が必要です」
「どうやって確認しますか」
「昼の間に、塀の向こうを感じ取ります」
「力を使って」
「そうです。遠くから感じ取ることは、消耗が大きいですが、今回は必要です」
地面に手を当てた。
力を、施設の方向に向けて送り込んだ。
壁の向こうが、少し分かった。
庭があった。
人が一人いた。
警備だった。
定期的に動いていた。
「庭に、警備が一人います。動きのパターンが、十分くらいで一周しているようです」
「それが、昨夜センさんの言っていた十分の隙間ですか」
「そうだと思います。ただし、木から飛び降りた音で、警備が気づく可能性があります」
「対処できますか」
「一人なら、対処できます。ただし、音を出さない方法で」
「音を出さない方法」
「警備を、眠らせることができるかもしれないです。力の使い方として、ゴルの山で岩の感触を柔らかくしたのと、似た使い方です」
「人間に使えるんですか」
「試したことはないですが、できると思います。ただし、無理には使えないです」
「無理には、というのは」
「相手が抵抗していると、できないです。気づかれないうちに、近づく必要があります」
「難しいですね」
「難しいですが、不可能ではないです」
◇
昼の二時、古い教会に向かった。
教会は、小さかった。
使われていないらしく、扉に蔓草が絡まっていた。
中に入ると、薄暗かった。
センが、奥で待っていた。
「来たか」
「来ました。昼間に、施設の周りを確認しました」
「どうだった」
「北の路地から、木を使って塀を越えられると思います。庭の警備は一人で、十分周期で動いています」
「今夜、動けるか」
「動けます。ただし」
そこで、教会の扉が開いた。
全員が、振り返った。
入ってきたのは、ダロだった。
鉱山局のダロだった。
「なぜここに」とセンが言った。警戒した声だった。
ダロが、両手を上げた。
武器を持っていない、という意味だった。
「話を聞いてくれ」とダロは言った。
「聞く理由がありますか」とセンが言った。
「ある。私は、今回の政変に、反対の立場だ」
「鉱山局の人間が、そんなことを言っても」
「信用しなくていい。ただ、聞いてくれ」
私は、センに向かって少し首を振った。
聞こう、という意味だった。
センが、少し力を抜いた。
「話してください」とダロに言った。
◇
ダロが、椅子を引いて座った。
「今回の政変は、鉱山局の上層部が仕掛けたものだ。私は、知らなかった。事後に知らされた」
「知らなかった、で、許されると思いますか」
「思わない。だから、ここにいる」
「何を、しに来たんですか」
「カナという記録係を、助けたい」
ミアが、息を呑んだ。
「なぜですか」とミアが言った。
ダロが、ミアを見た。
「お前が、ミアか」
「そうです」
「カナが、お前のことを話していた」
「いつですか」
「捕まってから、二日目に、私が施設を訪ねた。私は、カナを捕まえることに、反対だった。実際に会って、話した」
「何を話したんですか」
「記録のことだ。カナは、記録を渡さなかった。私に向かって、言った。この記録は、山のために、川のために、農地のために、何百人もの人間のために必要だ。あなたが力で奪おうとしても、私は渡さない、と」
部屋が、静かになった。
「渡さない、という声が、昨夜聞こえました」と私は言った。
ダロが、私を見た。
「あの声は、本物だった」とダロは言った。「私は、その場で、考えが変わった」
「どう変わったんですか」
「この記録係を、助けなければいけない、と思った」
「簡単に、信用できませんね」とセンが言った。
「信用しなくていい。ただ、私には、施設の内部が分かる。鍵の場所も、警備の交代時間も、責任者が誰かも、全部知っている」
センが、私を見た。
どうする、という目だった。
「一つ、聞いてもいいですか」と私はダロに言った。
「なんだ」
「なぜ、ここが分かったんですか。この教会に、私たちがいることを」
ダロが、少し笑った。
「ベルクだ。お前が来ると、ベルクは思っていた。来たら、必ずここで会議をすると分かっていたらしい」
「ベルクさんが、言ったんですか」
「直接は言わなかった。だが、それとなく示してくれた。ベルクも、私を信用しているわけではない。ただ、私が動けるかどうか、試したかったんだと思う」
「試されていたんですか、ダロさんが」
「たぶん。ベルクらしい」
私は、少し考えた。
ダロは、山の採掘の件で、最終的に誠実に動いてくれた人間だった。
嫌そうな顔をしながらも、持ち帰ると言って、実際に動いた。
「分かりました」と私は言った。「一緒に、動いてもらえますか」
「動く。それが目的で来た」
センが、ため息をついた。
「分かった。全員で、考えよう」
◇
作戦を決めた。
ダロが、施設の内部の情報を出した。
センが、外の動きを整理した。
私が、力の使い方を決めた。
ミアが、全部を記録した。
「今夜の流れを、確認します」と私は言った。
「夜の十時に、東の交代が始まります」とダロが言った。「交代は、五分ほどかかります。その間、東側は空きます」
「北の路地から、木を使って塀を越えます。庭に降りたとき、警備が近くにいれば、眠らせます」
「眠らせる、というのは、本当にできるのか」とダロが言った。
「やってみます」
「やってみます、か」
「確実ではないですが、最善を尽くします」
「地下の鍵は、責任者のヴァンが持っています」とダロが言った。「ヴァンは、十時頃に、地下の見回りをする習慣があります。その時間に合わせれば、鍵を持ったヴァンが、カナの部屋の前にいます」
「ヴァンから、鍵を取る必要がありますか」
「取らなくていい。私が合鍵を持っている」
「合鍵を、なぜ」
「施設の管理は、表向きは鉱山局の管轄だ。私は、鉱山局の中堅だから、アクセスがある」
センが、少し鋭い目でダロを見た。
「本当に、信用していいのか」
「信用しなくていいと言っている」とダロは言った。また言った。「ただ、今夜、動く。信用するかどうかは、終わってから判断してくれ」
「分かった」とセンは言った。渋々、という顔だった。
「地下に降りたら、カナさんの部屋を開けます。外に連れ出します。塀を越えて、北の路地に出ます。そこで、センさんが待っていてください」
「待っている」とセンは言った。
「脱出後、カナさんはどこに行きますか」とミアが言った。
「都の外に出ます。ミアさんが、一緒に連れていってください」
「どこに」
「森の集落に向かってください。ガルさんとルナが、守ってくれます」
「凪さんは」
「私は、残ります」
全員が、私を見た。
「残るのか」とセンが言った。
「ベルクさんが動けるように、援護が必要です。カナさんが逃げた後、ベルクさんの監視が強まるかもしれない。その前に、何かできることをやります」
「一人で、何ができる」とダロが言った。
「分かりません。でも、セルドへの手紙が届くまでの間、時間を稼げるかもしれないです」
「危険だ」
「危険ですが、やります」
センが、また私を見た。
「お前は、本当に転生者か」
「そうですが、何か」
「普通の転生者は、こんな動き方をしない」
「そうですか」
「普通は、力で解決しようとする。お前は、考えてから動く」
「力だけでは、解決できないことがあると、分かってきたので」
センが、少し目を細めた。
「今夜、頼む」
「頼まれました」
◇
夕方、一人の時間があった。
宿の部屋で、ルナが渡してくれた石を触った。
池の底の石だった。
「今夜、動きます」
石は、何も言わなかった。
でも、冷たくて、確かだった。
ルナが毎日見ていた池の底から来た石だった。
春咲きのお守りも、触った。
乾かした花の感触がした。
「カナさんを、助けます」
シロが、横にいた。
「今夜は、一緒に来られないかもしれないです。施設の中は、狭いので」
シロが、耳を立てた。
「外で待っていてもらえますか」
シロが、低く鳴いた。
嫌だ、という意味だった。
「シロがいた方が、助かることもありますが」
また低く鳴いた。
「分かりました。一緒に来てください。ただし、指示に従ってください」
シロが、尻尾を振った。
当たり前だ、という顔だった。
「ありがとうございます」
外が、暗くなってきた。
夜の十時まで、あと四時間だった。
「行きましょう」と、誰もいない部屋で言った。
シロが立ち上がった。
準備ができている、という顔だった。
五十二話目、書きました。
ダロが来た場面は、今回の一番の「転」です。鉱山局の人間が、教会に来た。敵か味方か分からない緊張感を作りながら、カナの「渡さない」という言葉がダロを動かしたという経緯を見せました。
「信用しなくていい。ただ、動く」というダロの言葉。これは、言葉で証明するより行動で証明する、という姿勢です。センが渋々受け入れたのも、この言葉の重さがあったからです。
「普通の転生者は、力で解決しようとする。お前は、考えてから動く」というセンの観察。魔王の力を持っていても、力だけでは解決できない、という第三部のテーマがここに出ました。
凪が「残る」という決断。カナを逃がした後、ベルクの援護のために残る。これが今回の物語の「承」から「転」への動きになります。
次話は、夜の作戦実行です。うまくいくか、それとも予想外のことが起きるか。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




