第六十九話「ルナが、手紙を書いていた」
六十九話目です。
集落に帰ります。ルナと再会します。でも、今回は少し違う場面があります。
ルナが、書いていた。誰かに向けてではない何かを。
では、どうぞ。
集落の手前で、シロが止まった。
「どうしましたか」
シロが、集落の方を向いた。
耳を立てた。
それから、尻尾を大きく振った。
「感じますか」
シロが、また振った。
良いことが起きている、という感じの振り方だった。
「分かりました、行きましょう」
集落の入口に近づいた。
ルナが、いなかった。
前回は、入口の手前で手を振っていた。
前々回は、集落の外まで走ってきた。
今回は、いなかった。
「どこにいますか」
シロが、集落の中を向いた。
中にいる、という意味だった。
集落に入った。
広場に、ルナがいた。
岩の上に座っていた。
何かを書いていた。
「ルナ」
ルナが、顔を上げた。
「あ、帰ってきた」と言った。
あっさりと言った。
「出迎えはないんですか」
「書いていたから」
「何を書いていたんですか」
「内緒」
「そうですか」
「でも、見せてもいい」
「どちらですか」
「内緒だけど、ナギには見せる」
「分かりました」
◇
ルナが書いていたものを、見た。
紙が、何枚かあった。
字が、びっしり書いてあった。
「何ですか、これは」
「記録帳」とルナは言った。
「記録帳は、持っていますよね」
「新しいのを作っている」
「どうして」
「今まで書いていたのは、集落の記録だった。木のこと、土のこと、池のこと。でも、もう一種類の記録を書きたくなった」
「もう一種類とは」
ルナが、紙を私に向けた。
「人の記録」とルナは言った。
「人の記録」
「ナギが来て、カナさんが来て、ミアさんが来て、センさんが来た。みんなのこと、全部、私の言葉で書いておきたかった」
「私のことも、書いてありますか」
「最初のページから、ナギのことが書いてある」
「見ていいですか」
「見ていい」
最初のページを開いた。
「花を一本咲かせた人が来た。名前は凪。最初は、怖そうかと思ったけど、怖くなかった。土に手を当てたら、花が咲いた。精霊みたいなことをする人だと思った」
読み続けた。
「凪は、やってみます、と言う。できる、とは言わない。それが好きだ。最初は、そういう言い方が頼りないと思っていた。でも、違うと分かった。できると思えないときでも、やってみる、と言って動く。それが凪のすごいところだ」
「これは、いつ書いたんですか」
「少し前」とルナは言った。「池でルミを見ながら、書いた」
「ルミを見ながら」
「ルミが、ぐるぐる泳いでいるのを見て、凪もぐるぐるしているな、と思った」
「ぐるぐる、というのは」
「あちこち動いて、でも、どこかに戻ってくる。ルミが池の中でぐるぐるするけど、アオの近くに戻ってくるのと同じ」
「私が、アオのような存在の近くに戻ってくる、ということですか」
「そう」とルナは言った。「ナギが戻ってくる場所が、ここだから」
「そうですね」
「だから、記録を作った。ここが、ナギが戻ってくる場所だと分かるように」
少し黙った。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」とルナは言った。「書きたくて書いただけ」
「それでも、ありがとうございます」
「まあ、いい」
シロが、ルナの横に来た。
ルナが、シロを撫でた。
「シロも、記録に書いてある」
「なんて書いてありますか」
「精霊を驚かせる、って書いてある」
シロが、耳を下げた。
「カナさんも、記録帳に書いていましたね」
シロが、また下げた。
「残ります、ずっと」
ルナが笑った。
「シロは、精霊を驚かせた事実から、永遠に逃げられない」
シロが、もっと耳を下げた。
「大丈夫です、シロの良いところも、ちゃんと書いてありますか、ルナ」
「書いてある」とルナは言った。「背中を貸してくれる、と書いてある」
シロが、少し耳を戻した。
「それで、十分ですね」とルナが言った。
◇
ガルが、出てきた。
「お帰りなさい、凪様」
「ただいまです。食事を、多めに作っていましたか」
「作っていました」とガルは言った。
「感じていましたか、帰ってくることを」
「感じていました。朝から、なんとなく」
「分かるようになりましたね」
「凪様がいてくれたおかげです」
「ガルさんが続けてくれたおかげです」
「どちらも、本当のことです」とガルは言った。
「そうですね」と私も言った。
ルナが、紙をしまった。
「カナさんとミアさんは、まだ来ていないの」
「後から来ます。ダンさんの農地を確認して、それから来ます」
「明日か、明後日かな」
「そのくらいだと思います」
「じゃあ、その間は、ナギと二人ね」
「そうですね」
「ガルじいちゃんと、シロも入れて、四人」
「そうです」
「少し静かだ」とルナは言った。「最近、人が多かったから」
「そうですね」
「でも、静かな方が、話せることもある」
「そうですね」
「今夜、ゆっくり話そう」
「そうしましょう」
「色々、聞きたいことがある」
「エン山のことですか」
「それも。でも、他のことも」
「何を聞きたいですか」
「ナギが、届かないかもしれない手紙を書いた、とシロが教えてくれた」
「シロが、教えたんですか」
シロが、尻尾を振った。
教えていない、という顔だった。
「教えていないですか」
また振った。
「でも、ルナは知っていますね」
「なんとなく分かった」とルナは言った。
「どうやって」
「帰ってきたナギの顔を見て、なんか書いたな、と思った。手紙を書いた後の顔、少し違うから」
「手紙を書いた後の顔、というのがあるんですか」
「ある。ガルじいちゃんも、手紙を書いた後は、少し顔が違う。すっきりした顔になる」
「書くことで、すっきりする」
「そうだと思う」
「ミアさんが言っていた通りですね。書くことで、整理できる」
「ミアさんが言ったことが、合っていた」
「合っていました」
ルナが、また岩に座った。
「読んでもいい? 手紙」
「届かなかったですが」
「届いてから読んでもいい?」
「届いていないですが」
「ナギが、今から読んでもいいって言えば、届いたことになる」
「そういうことになりますか」
「なる」
「では、読んでください。今から読んでいいです」
「じゃあ、読む」
ルナが、手を出した。
「手紙、どこにあるの」
「荷物の中にあります」
荷物を開けた。
手紙を出した。
ルナに渡した。
ルナが、受け取った。
読み始めた。
静かに読んだ。
途中で、少し止まった。
また読んだ。
読み終えた。
「信じてくれることが、動く力になる、と書いてあった」
「そうです」
「本当ですか」
「本当です」
「私が信じていることが、ナギの力になっているの?」
「なっています」
ルナが、また少し黙った。
「じゃあ、これからも信じます」と言った。
「ありがとうございます」
「礼はいらない。信じたいから信じる。それだけ」
「そうですね」
「気になるから動く、と同じ理由です」
「そうですね」
ルナが、手紙を返してくれた。
「これ、記録帳に挟んでもいい?」
「どちらの記録帳にですか」
「人の記録帳。ナギが書いた手紙も、記録だと思うから」
「どうぞ、挟んでください」
ルナが、手紙を折って、自分の記録帳に挟んだ。
「残った」と言った。
「残りましたね」
「良かった」
◇
夕食の後、池に行った。
ルナとシロと三人で行った。
池は、夏の夜だった。
水草が、豊かだった。
アオが、水面で光っていた。
ルミが、少し高い位置で光っていた。
「ルミ、大きくなりましたね」
「うん」とルナは言った。「毎日、少しずつ変わっている」
「毎日、見ているから分かるんですね」
「毎日来なかったら、気づかなかったかもしれない」
「そうですね」
「続けることで、変化が見える」
「そうです」
「記録に書いてある、ミアさんの言葉が」
「ミアさんが、ルナに伝わっていますね」
「ナギを通じて」
「そうです」
ルミが、水面に出てきた。
ルナの指を、探すように動いた。
「来ましたね」
「毎日来るから、待っていてくれる」
「そうですね」
ルナが、指を水に入れた。
ルミが、近づいた。
触れた。
「くすぐったい」とルナは言った。「毎日触れているのに、くすぐったい」
「慣れないですか」
「慣れない。でも、毎回新鮮でいい」
「毎回新鮮、というのが良いですね」
「うん。同じことでも、毎回違う感じがする。ルミが毎回少し違うし、私も毎回少し違う」
「変化し続けているんですね、お互いに」
「そう。だから、毎日来ても飽きない」
アオが、ルミの横に来た。
親が子どもを見守るように、横にいた。
「アオも、元気ですね」
「元気。アオは、ずっと元気」
「来たときから、ずっと変わらないですか」
「変わっている。でも、元気さは変わらない。元気さの質が、変わった気がする」
「元気さの質、というのは」
「前は、弱っていた後の、回復した元気さだった。今は、ずっとそこにいた元気さになっている。違う感じがする」
「ルナの感じ取る目が、細かくなりましたね」
「毎日来ているから」
「続けることで、感じ取れることが増える」
「全部つながってる」
「そうですね」
ルナが、また水面を見た。
「ナギ、一つ聞いていい」
「なんですか」
「エルドに行くんでしょ」
「そうです。二か月後くらいに」
「行くのはいいけど、一つだけ約束して」
「なんですか」
「記録を、書いてきて」
「記録ですか」
「エルドで何があったか、帰ってきたとき、全部話せるように。私に話す記録」
「話すための記録、ということですか」
「そう。私が読む記録。ミアさんみたいに、ちゃんとした記録じゃなくていい。ナギが気になったこと、感じたこと、それだけ書いてきて」
「書きます」
「約束」
「します」
「よし」
ルナが、指を水から出した。
ルミが、少し待ってから、沈んでいった。
「また明日来るから」とルナは言った。池に向かって言った。
アオが、光を強くした。
「アオに伝わりましたね」
「毎日言っているから、分かってくれている」
星が、池に映っていた。
夏の星だった。
春に帰ってきて、もう夏だった。
「また、季節が動きましたね」
「そうだね」とルナは言った。
「来年の春には、何が変わっているんでしょうね」
「分からない」とルナは言った。「でも、良くなっていると思う」
「なぜですか」
「毎年、良くなってきているから」
「そうですね」
「だから、来年も良くなっている」
「信じているんですね」
「信じている」とルナは言った。あっさりと言った。
「そうですね、良くなっていますね、毎年」
「だから、信じられる」
「続けることが、信頼になる」
「全部つながってる」とルナは言った。
「そうですね」と私は言った。
夏の夜が、静かに続いていた。
六十九話目、書きました。
ルナが「人の記録帳」を作っていた場面。今まで集落の自然を記録していたルナが、人の記録を作り始めた。凪が来たときから始まる記録。これは、ルナが凪の物語を記録者として書いている、という意味でもあります。
「届かない手紙を、届いたことにする」というルナの論理。ルナらしい直接的な解決法でした。受け取った手紙を記録帳に挟んだ場面。消えないようにする、という行為が、ルナなりの大切にすることの形でした。
「元気さの質が変わった」というルナの観察。弱っていた後の回復した元気さと、ずっとそこにいた元気さは、違う。細かい変化を、ルナが言語化できるようになっていた場面でした。
「エルドで何があったか、私に話す記録を書いてきて」というルナの約束の取り方。記録を、帰ってきたときの会話のために作る。ミアが「後で読む人のために書く」と言っていたことを、ルナが自分なりに実践しています。
次話で第三部が終わります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




