第六十八話「帰り道に、ルナへの手紙を書いた」
六十八話目です。
帰り道の話です。今回は少し違う形で、ルナとの距離を縮めます。
歩きながら、手紙を書く。届く前に、追い越してしまうかもしれない。でも、書きたかった。
では、どうぞ。
エン山を出発して、初日の夕方、野営の準備をしながら私はカナに言った。
「紙と筆を、貸してもらえますか」
「手紙を書くんですか」とカナが言った。
「ルナに、書きたいです」
「帰ったら会えますが」
「会う前に、書きたいことができました」
カナが、記録帳の余りの紙と、筆を貸してくれた。
「ありがとうございます」
火の明かりで、書いた。
◇
「ルナへ。私は今、帰り道の野営地にいます。エン山の調査が終わりました。採掘は、場所を変えることになりました。水脈は、守られます。ゴルさんの泉も、変わらないはずです。今日、帰り道を歩きながら、考えていたことを書きます。ルナが、今回泣かなかったこと。私は、ルナが泣かなかった理由を聞きました。信じられるようになったから、と言っていましたね。それを聞いて、私も何かを受け取りました。ルナが私を信じることで、私も動きやすくなっている気がします。誰かが信じてくれている、ということが、動く力になります。精霊を待つルナを見て、精霊が毎日来るようになったように、ルナが帰ってくることを信じてくれるから、帰ってこられる。そういう気がします。手紙を書いていますが、着く前に私の方が先に帰り着くと思います。だから、この手紙はルナには届かないかもしれないです。でも、書きたかった。石を持っています。帰ります。凪より」
書き終えた。
カナが、横で見ていた。
「届かない手紙を書いたんですか」
「そうかもしれないですね」
「なぜですか」
「書きたかったので」
「それだけですか」
「書くことで、自分が整理できることがあります。ミアさんが言っていましたね。記録は自分のためでもある、と」
「書くことで、考えが整理できる」
「そうです。ルナへの感謝を、書きながら整理しました」
カナが、少し目を細めた。
「ルナに、感謝しているんですね」
「感謝しています。信じてもらえることが、どれだけ力になるか」
「凪さんが、そういうことを言うのは、珍しいですね」
「そうですか」
「いつもは、誰かから教わった、誰かのおかげ、という言い方をします。でも、今日は、感謝している、と言いました」
「受け取るようにしています。少しずつですが」
「ガレス王に言われた通りに」
「そうです」
◇
ミアが、来た。
「二人で何を話していましたか」
「手紙を書きました」とカナが言った。
「誰にですか」とミアが聞いた。
「ルナに」と私は言った。
「届きますか」
「届かないと思います。私の方が先に帰るので」
「では、なぜ書いたんですか」
「書きたかったので」
ミアが、少し考えた。
「記録、ということですか」
「そうかもしれないですね。自分の気持ちの記録です」
ミアが、手帳を出した。
「私も書いていいですか。今の凪さんの言葉を」
「どうぞ」
「届かない手紙を書く、という行為が、気になりました。届けることが目的ではない手紙を、人はなぜ書くのか」
「難しいですね」
「届けることが目的ではないなら、書くこと自体が目的です。書くことで、伝えたい気持ちが形になる。形になれば、消えない」
「そうですね」
「紙に書かなくても、頭の中で考えていれば、同じでは?という話もあります。でも、紙に書くと、違います」
「どう違いますか」
「紙に書くと、書いた人以外が読める状態になります。届かない手紙でも、誰かが読む可能性がある。読まれるかもしれない状態で書くことで、言葉が丁寧になります」
「誰かに読まれるかもしれない、という前提が、言葉を丁寧にする」
「そうです。だから、記録も、誰かが読むと思って書くと、良い記録になります」
「ミアさんも、整理しましたね」
「してしまいました」とミアは言った。「記録係の習性です」
カナが笑った。
「二人とも、話しながら整理しますね」
「カナさんも、そうですよ」と私は言った。
「私も、そうですね」
「全員が、話して整理するタイプですね」
「そういう人たちが、集まりました」
「全部つながっていますね」
「またその言葉」とカナは言った。
「本当のことなので」
「分かっています」
◇
二日目の朝、出発の前に、ラグル族が来た。
集落の方から来ていた。
「連絡ですか」
ラグル族が、布を咥えていた。
受け取って、開いた。
ルナからだった。
読んだ。
「ナギへ。私はルナです。今日、ミアさんと池に行きました。ルミが、今日は少し高いところまで泳ぎました。前は水草の間にいたのに、今日は水面近くまで上がってきました。成長していると思います。ガルじいちゃんは、昨日から朝ごはんを少し多めに作るようになりました。ナギが帰ってくる気がするから、だそうです。私は、石を持っています。待っています。早く帰ってきて。ルナより」
「ルナからですか」とカナが来た。
「そうです」
「何と書いてありましたか」
「ルミが成長したこと、ガルさんが朝ごはんを多めに作り始めたこと、石を持って待っていること」
「ガルさんが、また気づいていましたね」
「また、ですね」
「ガルさんの感じ取る力も、育っていますね」
「そうですね。最初に来たとき、ガルさんは感情を表に出さない方でした。今は、色々なことを感じ取って、言ってくれます」
「凪さんがいたから、変わったんですか」
「ガルさんが変わろうとしたんです」
「きっかけを作っただけですか」
「そうです」
「またその言葉」とカナは言った。
「本当のことなので」
「分かっています」
ミアが、読み終えたルナの手紙を見て言った。
「ルナさんの手紙、ちゃんと書けていますね」
「そうですね」
「最初に見たときより、上手くなっています。毎日記録をつけているから、字が育ったんだと思います」
「記録が、字を育てた」
「そうです。続けることで、技術が育つ」
「全部つながっていますね」と私は言った。
「本当のことだから、何度言ってもいいです」とミアは言った。
「そうですね」
「でも、今日帰ったら、ルナに直接言えます」
「そうですね。手紙より、直接の方が伝わります」
「では、急ぎましょう」とカナが言った。
「急ぎましょう」
◇
シロが、その言葉を聞いて、速くなった。
「急ぎます、と言ったら速くなるんですね」
シロが振り返った。
当たり前だ、という顔だった。
「背中を貸してくれますか」
シロが、腰を低くした。
乗った。
「カナさんとミアさん、先に行きますね」
「行ってください」とカナは言った。「ルナに、先に会っておいてください」
「先に会っていてください、ということですか」
「そうです。私たちが着いたとき、ルナがすでに落ち着いていてくれれば、歓迎してもらいやすいです」
「ルナは、誰でも歓迎しますが」
「それでも、最初に凪さんが着いていてほしいです。ルナにとって、凪さんが帰ってくることが、一番大事なことだと思うので」
「そうですね」
「行ってください」
「行きます」
シロが、走り始めた。
草原を走った。
風が、正面から来た。
速かった。
「シロ、ありがとうございます」
シロが耳を動かした。
「ルナに会いたいですか、シロも」
シロが尻尾を振った。
「私もです」
また振った。
「急ぎましょう」
シロが、さらに速くなった。
「これ以上速いですか」
振り返らなかった。
速くなった。
森が、見えてきた。
緑が、濃かった。
夏の森だった。
「帰ってきましたね」
シロが尻尾を振った。
森に入った。
木の間を、走った。
落ち葉の音がした。
春から夏になっていた。
でも、森の匂いは、変わらなかった。
「ただいま」と、森に向かって言った。
森が、静かに聞いていた。
集落が、見えてきた。
「ルナ、今から帰ります」
誰もいない道に向かって、言った。
でも、言った。
言葉が、前に向かって飛んでいく気がした。
シロが、また速くなった。
「シロ」
シロが振り返らなかった。
「分かりました、急ぎましょう」
帰り道の最後を、走った。
六十八話目、書きました。
「届かない手紙を書く」という場面を、この話の核にしました。届けることが目的ではない手紙。書くこと自体が目的。誰かが読むかもしれない状態で書くことで、言葉が丁寧になる。ミアが記録係として整理してくれた考えが、この話のテーマになりました。
ルナから手紙が来た場面。「ルミが成長した」「ガルじいちゃんが朝ごはんを多めに作っている」という小さな変化が、集落が生きていることを伝えています。ガルの感じ取る力が育っていることも、こういう形で出ました。
カナが「先に会っておいてください」と言った場面。ルナにとって凪が帰ってくることが一番大事だから、先に行ってほしい。カナが、ルナと凪の関係を理解していることが出た場面でした。
シロが「これ以上速いですか」という問いに答えず、さらに速くなった場面。シロもルナに会いたい。一番シンプルな感情が、一番速い動きになりました。
次話では、集落への帰還と、ルナとの再会があります。第三部もあと少しです。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




