第五十話「都に着いたら、別の顔をしていた」
五十話目です。節目の話です。
都に向かいながら、情報を集める。そして都に入ったとき、知っていた都と違うものが見えてきます。権力が変わると、街の空気が変わる。それを、凪がどう読むか。
では、どうぞ。
アルドまでの四日間、ミアから話を聞き続けた。
歩きながら、食べながら、休みながら。
ミアは記憶力が良かった。
起きたことを、順番に、正確に話してくれた。
「政変は、十日前の夜に始まりました」とミアは言った。
「夜に、ですか」
「そうです。リドル様が、急に失脚しました。理由は、農務局との癒着、という名目でした」
「農務局と調査部門が一緒に動いていたことが、問題にされた」
「そうです。本当は、水路の問題や採掘の問題を解決するために、一緒に動いていました。でも、別の勢力から見れば、権力の集中に見えた」
「邪魔だったんですね」
「そう思います。特に、鉱山局を抑えていた部分が、気に入らなかったようです」
「鉱山局が、政変に関係しているんですか」
「直接かどうかは分からないです。でも、政変の後、すぐに鉱山局が動き始めました。記録を消そうとしたのも、鉱山局の人間でした」
「カナさんが、何を持っていたんですか。消されたくなるほどの記録が」
ミアが、記録帳を少し持ち上げた。
「採掘と、水脈の関係を示した記録です。山の泉の水が減った原因が、採掘だと証明できる内容が、ここに全部あります」
「それが消えれば、証拠がなくなる」
「採掘を再開しても、誰も問題を指摘できなくなります」
「そのために、リドルを落として、ベルクを封じて、エイラを制限して、カナを捕まえた」
「全部がつながっています」とミアは言った。
「全部つながっていますね」と私は言った。悲しい意味で言った。
◇
三日目の夕方、アルドの国境が近づいてきた。
国境の手前で、シロが止まった。
また、何かを感じ取っていた。
「人ですか」
シロが、少し低くなった。
敵意のある何か、という感じだった。
「隠れた方がいいですか」
シロが、道の脇の茂みに向かって、頭を向けた。
三人で、茂みに入った。
しばらくして、馬が通った。
四頭の馬に、武装した騎士が乗っていた。
旗を持っていた。
旗の紋章は、鉱山局のものだった。
「捜していますか、私たちを」とミアが小声で言った。
「かもしれないですね。ミアさんが逃げたことは、知られているはずです」
「どうしますか」
「国境を、別のルートで越えます。正面からは無理です」
「別のルートが、ありますか」
「ラグル族に、聞いてみます」
◇
ラグル族の三頭が、道を知っていた。
山の中の、細い獣道だった。
人間が使わない道だった。
一時間ほど余分にかかったが、国境を越えられた。
「ラグル族がいなければ、どうしていましたか」とミアが言った。
「困っていましたね」
「凪さん、すごいですね。こういうとき、ちゃんと手段がある」
「手段があるのではなく、つながりがあります。ラグル族と仲良くしていたのは、困ったときのためではなかったですが、助かりました」
「つながりが、手段になる」
「そういうことが、多いですね」
◇
都に入ったのは、四日目の夕方だった。
前に来たときと、同じ門だった。
でも、違った。
門番の人数が、倍になっていた。
入る人間を、一人一人確認していた。
「厳しくなっていますね」と私はミアに言った。
「こんなに厳しくなかったです。前は」
「変わっています」
「中に入れますか」
少し考えた。
「入れると思います。ただ、ミアさんは難しいかもしれないです。顔が知られている可能性があります」
「どうすればいいですか」
「先に私が入ります。中で、別の入口を見つけます」
「凪さんは、顔が知られていないですか」
「転生者として、リドル様たちに会いましたが、鉱山局の人間に会ったのはダロさんだけです。門番には、分からないと思います」
「シロは」
「シロは、目立ちます」
シロが、少し耳を下げた。
「仕方ないです、目立つので」とシロに言った。
シロが、また耳を下げた。
「ミアさんとシロは、東側の林の中で待っていてください。一時間で戻ります」
「一時間で、何ができますか」
「中の状況を確認します。ベルクさんがどこにいるか、探します」
「一人で大丈夫ですか」
「大丈夫かどうかは、やってみないと分かりません」
ミアが、少し心配そうな顔をした。
「行きます」
◇
門を通った。
名前を聞かれた。
「凪です。転生者です。前に、リドル様に会いました」
門番が、書類を確認した。
「リドル様は、今は」
「存じています。ベルク調査官に会いたいです。以前、お世話になりました」
門番が、もう一人の門番と顔を見合わせた。
「少し待て」と言って、どこかに確認しに行った。
待った。
三分ほどで、戻ってきた。
「通れ。ただし、単独で動くな。案内をつける」
「ありがとうございます」
案内の人間が、一人ついた。
案内というより、見張りだった。
歩きながら、都の中を見た。
変わっていた。
前に来たときは、市場が賑やかで、人が行き交っていた。
今は、静かだった。
人が少なかった。
いても、急いで歩いていた。
声が少なかった。
「空気が重いですね」と案内の人間に言った。
「何もありません」と案内の人間は言った。素っ気なかった。
「そうですか」
そうじゃないのは、見れば分かった。
市場の店が、半分ほど閉まっていた。
開いている店も、店主が外に出ていなかった。
中から、こちらを見ていた。
怖がっている、という空気だった。
◇
通されたのは、小さな部屋だった。
調査部門の建物ではなかった。
別の建物の、端の方の部屋だった。
しばらく待った。
扉が開いた。
ベルクが入ってきた。
「来たか」とベルクは言った。
「来ました」
「一人か」
「門の外に、ミアさんとシロがいます」
ベルクが、扉を閉めた。
「見張りは」
「少し離れた廊下にいます」
「話せる時間は、短い」とベルクは言った。「簡潔に言う」
「どうぞ」
「カナは、都の東にある旧施設に入れられている。今のところ、危害は加えられていないが、いつ移送されるか分からない」
「記録帳を取り戻そうとしていると、知っていますか」
「知っているはずだ。だから、急いでいる」
「カナさんを出すことは、できますか」
「私が動けば、できるかもしれない。だが、今の私は」
「監視下にある」
「そうだ。一人では動けない。誰かが外から動いてくれれば、私は内側から合わせられる」
「外から、というのは」
ベルクが、私を見た。
「お前に来てもらいたかった。ミアを送ったのも、そういうことだ」
「ミアさんが来たのは、ベルクさんが送ったんですか」
「ミアが自分で決めた。だが、私が方向を示した。カナを助けられるのは、今の状況では外にいる者だけだ」
「外から動く方法を、教えてください」
ベルクが、少し声を下げた。
「セルドだ」
「セルドのガレス王に、話を通すということですか」
「そうだ。今回の政変は、アルドの内側の話だ。しかし、水路の問題は、セルドとの関係に直接影響する。セルドが、アルドに対して正式に確認を求めれば、鉱山局も無視できない」
「セルドが、圧力をかける」
「圧力ではなく、外交上の確認だ。しかし、効果は同じだ」
「ガレス王が、動いてくれるかどうか」
「動く可能性がある。川の水が戻ったのは、お前のおかげだと、ガレスは思っている」
「お前のおかげです、ではないですが」
「今は、そういうことを言っている場合ではない」とベルクは言った。短く言った。
「分かりました」
「セルドまで、行けるか」
「行きます。でも、その前に、カナさんがどこにいるか、自分の目で確認したいです」
「なぜ」
「状況を見てから、動く順番を決めたいです。先にセルドに行くべきか、先にカナさんの安全を確認すべきか」
ベルクが、少し考えた。
「東の旧施設を、外から確認することならできるか。中に入るのは、今は無理だ」
「外から確認します」
「今夜、できるか」
「できます」
「案内を、用意する。信用できる人間を一人つける」
「ありがとうございます」
ベルクが、扉に向かった。
振り返らずに言った。
「急いでくれ。カナの記録が、なぜ重要か、お前は分かっているはずだ」
「分かっています」
「あの記録がなければ、採掘が再開される。山の泉が、また止まる。セルドの川が、また減る。全部が、元に戻る」
「戻らせません」
ベルクが、少し止まった。
「言い切ったな」
「言い切りました」
「凪らしくない言い方だ」
「たまには、言い切ります」
ベルクが、また動いた。
扉を開けながら、小さく言った。
「頼む」
◇
夜、ミアとシロと合流した。
「どうでしたか」とミアが聞いた。
「状況が分かりました。今夜、カナさんがいる施設を外から確認します。それから、セルドに向かいます」
「セルドに、行くんですか」
「ガレス王に、動いてもらいます。アルドに対して、外交的な確認を求めてもらいます」
「それで、カナ先輩が」
「直接助けに行くのは、今は難しいです。正面からの力技では、状況が悪化するかもしれない。外から圧力をかけて、内側のベルクさんが動ける状態を作ります」
「遠回りですね」
「遠回りですが、確実です。直接助けようとして失敗すれば、カナさんの状況が悪くなるかもしれない」
ミアが、記録帳を抱えた。
「先輩は、待てると思いますか」
「カナさんは、強い人です。待てると思います」
「そうですね」とミアは言った。「待てます、先輩は」
シロが、私を見た。
行こう、という顔だった。
「行きましょう」
夜の都を、歩いた。
人が少なかった。
でも、誰かが見ているような気がした。
そういう空気の都になっていた。
石の街が、前より重く見えた。
「必ず、元に戻します」と、都に向かって言った。
都は、何も言わなかった。
でも、聞いていた気がした。
五十話目、書きました。節目の話でした。
テンポを意識して、情報を出しながら状況を動かすことを意識しました。ミアからの情報収集、国境の別ルート越え、ベルクとの密会、夜の施設確認へ。一話の中で、かなり動きを入れました。
「全部がつながっています」という言葉を、今回は悲しい意味で使いました。善意のつながりだけでなく、悪意のつながりもある。鉱山局がリドルを落とし、ベルクを封じ、エイラを制限し、カナを捕まえた。これも、全部つながった結果でした。
ベルクが「頼む」と言った場面。第一部から登場して、あまり感情を出さなかったベルクが、初めてそういう言い方をした場面でした。それだけ、追い詰められているということでもあります。
「たまには、言い切ります」という凪の言葉。第三部から、凪が少し変わってきた部分を出したかった場面でした。
次話では、カナがいる施設を確認して、セルドへの道が始まります。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




