第六十五話「三週間で、ルナが泣かなくなった理由」
六十五話目です。
集落での三週間が終わります。エン山の調査に向けて、出発する日の話です。
ルナが、今回は泣かなかった。なぜか。泣かなくなったのが成長なのか、それとも別の理由があるのか。
では、どうぞ。
三週間が、あっという間に過ぎた。
毎日、カナに何かを伝えた。
毎日、ルナとミアが池に行った。
毎日、ガルが記録した。
毎日、シロが集落を歩いた。
そういう三週間だった。
◇
出発の前日、カナが私を呼んだ。
「見せたいものがあります」
集落の南の外れに連れていかれた。
「ここを、触ってみてください」
地面に手を当てた。
「柔らかいですね」
「三週間前と、比べてどうですか」
「かなり違います。来たときより、ずっと良くなっています」
「私が毎日、根の周りを少しずつ耕しました。水の流れを確認して、詰まっているところを見つけて」
「カナさんが、一人でやったんですか」
「一人ではないです。ルナと一緒に、毎日少しずつやりました」
「ルナが手伝っていたんですか」
「ルナが気づいて、教えてくれた部分もあります。先日の木の詰まりの件は、ルナが最初に感じ取りました」
「ルナが」
「そうです。私が教えたのではなく、ルナが自分で気づきました。私が確認したら、合っていました」
「それは、大きな変化ですね」
「そうです。凪さんが来るたびに、集落の状態の数字が上がっていましたね」
「そうですね」
「今回は、凪さんがほとんど手を入れていないのに、上がっていると思います」
「そうですね。二十四くらいに、なっていると思います」
「二十四」
「自分で回れる状態が二十でした。今は、二十四です。余裕が生まれています」
「余裕があると、問題が起きても対処できる」
「そうです。少しの変化では、崩れない状態になっています」
カナが、地面を見た。
「私にも、少し感じ取れるようになりました」
「そうですね」
「最初は何も分からなかったです。でも、三週間毎日触れていたら、昨日と今日の違いが分かるようになってきました」
「それで、十分です」
「十分ですか」
「変化が分かれば、問題に気づけます。気づければ、対処できます」
「凪さんほどは、できないですが」
「私ほどできなくていいです。カナさんはカナさんのやり方で、感じ取れることが増えれば、それで十分です」
カナが、また地面を見た。
「三週間、ありがとうございました」
「カナさんが、続けてくれたんです」
「きっかけを作っただけですか」とカナは言った。
「また言いましたね」
「ガレス王の言葉を、覚えていますから」
「受け取ります」
「そうしてください」とカナは言った。笑いながら言った。
◇
出発の朝、全員が集まった。
ガルが、食事を多めに作っていた。
「帰りに、また寄ってください」とガルは言った。
「寄ります」とカナは言った。
「ミアさんも」
「寄ります」とミアは言った。
「約束ですか」とルナが聞いた。
「約束します」とカナは言った。
「ミアさんも」
「約束します」
「よし」とルナは言った。
全員に約束させた。
「ルナが、全員に約束させましたね」と私は言った。
「大事だから」とルナは言った。「帰ってくる約束をしてもらった人は、帰ってくるから」
「そうですか」
「ナギがそうだったから」
「私が」
「うん。帰ってきます、って言った人は、帰ってきた。だから、みんなに言ってもらう」
「そういう法則があるんですか」
「ある」とルナは言った。確信を持って言った。
◇
荷物を持って、集落の外に出た。
ルナが、隣を歩いた。
「今日は、走って来ないんですか」と聞いた。
「走らなかった」とルナは言った。
「なぜですか」
「走って来る必要がなくなった」
「どういう意味ですか」
「前は、ナギが来るのが嬉しすぎて、走って迎えに行きたかった。去るのが寂しすぎて、一歩でも早く送り出したくなかった。だから、感情が大きかった」
「今は違うんですか」
「今は、帰ってくるって分かってるから。カナさんもミアさんもいるから。シロも一緒だから。心配が、前より小さい」
「成長しましたね」
「成長した、というより」とルナは言った。少し考えて言った。「信じられるようになった」
「信じる、とは」
「ナギが帰ってくることを、ちゃんと信じられるようになった。前は、心配の方が大きかった。信じているつもりでも、心配の方が勝っていた。今は、信じる方が大きい」
「どうして、変わりましたか」
「ナギが、毎回帰ってきたから」とルナは言った。「一回帰ってくれば、また帰ってくるかもしれない。二回帰ってくれば、もっと信じられる。何回も帰ってきてくれたから、ちゃんと信じられるようになった」
「続けることで、信頼が生まれる」
「精霊と同じだよ。ルミが毎日来てくれるから、今日も来てくれると信じられる。ナギも毎回帰ってくるから、今回も帰ってくると信じられる」
「そうですね」
「だから、走ってこなかった。走らなくても、大丈夫だと思ったから」
集落の入口まで、歩いてきた。
ルナが、止まった。
「ここまでだ」
「集落の外は来ないんですか」
「来ない。今日は、ここまで」
「前は、遠くまで来ていましたね」
「前は、送り出したくなかったから、一緒に長く歩きたかった。今は、ここで十分」
「そうですか」
「石、持った?」
「持ちました」
「帰ってきたら、返して」
「返します」
ルナが、私を見た。
「帰ってきてね」
「帰ります」
「条件なし」
「条件なしで帰ります」
ルナが、少し笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ルナが、手を振った。
前回より、小さく振った。
大げさに振らなくても、届くと知っているような振り方だった。
歩き始めた。
振り返った。
ルナが、まだ手を振っていた。
目は、赤くなかった。
◇
カナが、横に来た。
「ルナが、泣きませんでしたね」
「そうです」
「成長しましたか」
「成長、というより、信じられるようになったそうです」
「ルナが言ったんですか」
「言いました。毎回帰ってくるから、今回も帰ってくると信じられる、と」
カナが、少し黙った。
「それは、凪さんが積み重ねてきたことですね」
「そうですね」
「毎回帰ってくることで、信頼が積み重なる。記録が積み重なって証拠になるのと、同じ構造ですね」
「そうかもしれないですね」
「ルナは、本当に鋭いですね」とカナは言った。
「そうです」
「また会いたいです、早く」
「帰ってきたときに、また会えます」
「待っていてくれますね」
「待っています。ルミも待っています」
カナが、少し笑った。
「ルミにも、会ってきたので。帰ってくる理由が、また増えました」
「そうですね」
ミアが、後ろから来た。
「二人で何の話をしていましたか」
「帰ってくる理由の話です」とカナが言った。
「帰ってくる理由が必要なんですか」
「必要ではないですが、あると嬉しいです」
「私は、記録の続きがあるから帰ってきます」とミアは言った。
「それで十分ですね」
「十分です」
シロが、前を歩いていた。
振り返った。
「どうしましたか」
シロが、後ろを見た。
集落の方向を見た。
それから、また前を向いた。
「見てたんですか、ルナを」
シロが耳を動かした。
「心配していましたか」
シロが、尻尾を振った。
心配ではなく、気にしていた、という感じの振り方だった。
「ルナ、泣いていなかったですね」
シロが、また尻尾を振った。
「良かったですね」
また振った。
「帰ったら、また会えます」
シロが、前を向いた。
歩き始めた。
行こう、という歩き方だった。
「行きましょう」
四人と一頭で、歩いた。
初夏の道だった。
草が、背丈を増していた。
「前に来たときは、春の道でした」とミアが言った。
「そうですね。春咲きの花が咲いていました」
「今は、夏の花ですね」
「季節が変わりましたね」
「この物語も、季節が変わりましたね」
「物語、ですか」
「私が記録している、凪さんたちの話です。春に始まって、夏になっています」
「そういう捉え方をするんですね」
「記録係なので」とミアは言った。「全体を見る習慣があります」
「全体を見ると、どう見えますか」
「最初、凪さんは一人で森の中にいました。今は、カナ先輩も、私も、ベルクさんも、エイラさんも、ダロさんも、センさんも、ガレス王も、ゴルも、レナさんも、ルナも、ガルさんも、シロも、精霊も、みんなつながっています」
「増えましたね」
「増えました。一人で始まって、どんどん増えた。花を一本咲かせた場面から始まっているんですよね、記録が」
「そうですね。最初に池に行って、精霊を手に乗せた日から書いていましたか」
「そこから書いています」
「全部が残っているんですね」
「全部残っています」
「ありがとうございます」
「礼はいいです」とミアは言った。「記録することが、私の気になることなので」
私が、少し笑った。
「気になるから、するんですね」
「そうです。凪さんと同じです」
「同じですね」
「全部つながっていますね」
「全部つながっています」
エン山への道を、歩いた。
夏の風が吹いた。
温かかった。
帰る場所が、後ろにあった。
向かう場所が、前にあった。
どちらも、確かにあった。
「行きましょう」
シロが尻尾を振った。
カナが歩いた。
ミアが歩いた。
全員で、歩いた。
六十五話目、書きました。
「ルナが泣かなくなった理由」が、この話のテーマでした。成長したから、ではなく、信じられるようになったから。信じる気持ちが、心配より大きくなった。精霊が毎日来てくれることを信じられるようになったように、凪が帰ってくることを信じられるようになった。これは、凪が積み重ねてきたことの結果でした。
「走って迎えに来なかった」「ここで十分」という場面。前回より小さく手を振った場面。大げさに振らなくても届くと知っている、という描写に、ルナの変化を込めました。
カナが「記録が積み重なって証拠になるのと同じ構造」と言った場面。信頼の積み重ねと、証拠の積み重ねは、同じ構造。カナが記録係として、自然につながりを見つけた場面でした。
ミアの「全体を見る習慣がある」という言葉。記録係は、今を書きながら、全体も見ている。春から始まって夏になった物語を、ミアが見ていた。
次話はいよいよエン山の調査です。第三部の締めに向けて、大きく動きます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




