第六十三話「カナが、集落に残ると言った」
六十三話目です。
翌日の話です。カナとミアが、集落を歩きます。そして、予想外のことを言います。
帰ってきた後に、また次が動き始める。でも今回は、違う形で動きます。
では、どうぞ。
翌朝、カナが早くから起きていた。
集落の外縁を、一人で歩いていた。
私が起きて外に出ると、カナが木に手を当てていた。
「おはようございます」
「おはようございます」とカナは言った。振り返らずに言った。
「何をしていますか」
「感じてみています」
「木をですか」
「そうです。凪さんが、触れば分かると言っていたので」
「分かりますか」
「少し分かります。これは、元気ですね」
「そうですね。この木は、今年に入ってから、特に良くなっています」
「ルナが毎日来ていたからですか」
「そうだと思います」
カナが、手を離した。
次の木に向かって、歩いた。
「凪さん、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「この集落の状態を、数字で言うと、今どのくらいですか」
「二十二か、二十三くらいだと思います」
「出発前は、二十一くらいでしたね」
「そうです。ルナが続けてくれたので、上がっています」
「二十が、自分で回れる状態でしたね」
「そうです。二十二、三というのは、安定して循環している状態です」
「じゃあ、凪さんがいなくても、大丈夫ということですか」
「大丈夫だと思います」
「では」とカナは言った。木から手を離して、私を向いた。「次に、凪さんが動けます」
「そうなりますね」
「動く予定は、ありますか」
「今のところ、まだ決まっていないです。気になることが出てきたら、動きます」
「一つ、提案してもいいですか」
「どうぞ」
◇
カナが、近くの岩に腰を下ろした。
私も、横に立った。
「私と、ミアが、この集落に少し残りたいです」
「残る、というのは」
「農地の確認は、ダンさんのところに行けば、ひとまず終わります。でも、次の仕事が、まだ決まっていないです。アルドの調査部門が、今、混乱しています。リドルが失脚して、新しい体制になるまで、しばらくかかります」
「ベルクさんが、整えてくれると思いますが」
「時間がかかります。その間、私とミアがここにいれば、ルナの記録を一緒に整理できます。ガルさんの記録とも、合わせられます。それと、もう一つ理由があります」
「なんですか」
「カナさんに、学びたいことがあります。木の感触を感じ取ること、水の流れを見ること。凪さんから聞いた話を、実際に教えてもらいたいです」
「私から、ですか」
「そうです。凪さんが直接感じ取ることは、私にはできないかもしれない。でも、感じ取り方を教えてもらえれば、少し近づけると思います」
「感じ取り方を教える、というのは」
「ルナに、教えたでしょう」
「ルナには、特に教えたつもりはないですが」
「それが、凪さんの教え方ですね」とカナは言った。「特に教えていない。でも、横にいて、一緒に動く。それで、伝わる」
「そうなっていましたか」
「そうなっていました。私にも、同じことをしてほしいです。横にいて、一緒に動いてほしい」
「分かりました」
「残っていいですか」
「大歓迎です」
「ミアも」
「ミアさんも、もちろん」
カナが、少し安心した顔をした。
「ありがとうございます」
「カナさんが残ってくれると、ルナが喜びます」
「そうですか」
「ルナは、カナさんのことを、会う前から気にしていました。記録を守るために捕まった人、と思っていたから」
「大げさな話になっていますね」
「ルナにとっては、大げさではないです。記録を守ることが、どれほど大事か、ルナは知っています。自分でも、毎日続けているから」
カナが、また少し目を細めた。
「会いたかった理由が、分かりました」
◇
ミアに話すと、すでに知っていた。
「先輩から、聞いていました」
「カナさんが、先に言いましたか」
「はい。残ることを決めてから、私に話してくれました」
「ミアさんは、どうですか」
「残ります。記録がたくさんあります。ルナさんの記録も、ガルさんの記録も、合わせて整理したいです。それと」
「それと?」
「アオとルミの記録を、もっと詳しく書きたいです」
「精霊の記録」
「今まで、精霊の記録は、ほとんどなかったと思います。生態が分かる記録が残れば、後の人たちが精霊を理解する助けになります」
「ルナが、一番良い観察者ですね」
「ルナさんと一緒に、毎日池に行きます。ルナさんが感じたことを、私が言語化します。二人の仕事になります」
「そうですね」
「楽しみです」とミアは言った。
「ミアさんが楽しみ、というのは、仕事として楽しみですか」
「仕事として楽しみです。でも、それだけではないです」
「どういう意味ですか」
「ルナさんと、友達になれる気がします」
「なれます」と私は言った。
「言い切りますね」
「ルナは、全員と友達になるので」
「全部、友達になれる、ということですね」
「ルナの言葉です」
◇
センが、出発すると言ったのは、昼前だった。
「私は、戻る」
「ベルクさんのところにですか」
「そうだ。あいつが、また何かに巻き込まれているかもしれない。見ておかないといけない」
「ベルクさんは、大丈夫だと思いますが」
「大丈夫でも、見ておく。それが、私の借りの返し方だ」
「センさん、一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「いつか、また来てくれますか」
「来る」とセンは言った。
「ルナに、約束しましたね」
「した。守る」
「ルナが喜びます」
「あの子は、約束を大事にするな」
「そうですね」
「良いことだ」とセンは言った。「約束を大事にする人間は、信用できる」
「ベルクさんも、そういう人ですね」
「そうだ。だから、借りを返し続けている」
センが、荷物を持った。
「また来い」とセンは言った。私に向かって。
「来ます」
「アルドに」
「行きます」
「言い切った」
「言い切りました」
センが、少し笑った。
「帰り道、気をつけろ」
「気をつけます。センさんも」
「私はいつも気をつけている。だから、生き残っている」
「そうですね」
センが、集落を出た。
ラグル族が、三頭ついていった。
「あの子たちも、センさんについていくんですね」とルナが言った。
いつの間にか、横にいた。
「友達になったんでしょう」
「ラグル族、すぐに友達になるね」
「そういう生き物なんだと思います」
「私に似てる」
「そうですね」
ルナが、センの背中を見ていた。
「また来てくれるかな」
「来ます。約束してくれましたから」
「約束は守る人に見えた」
「そうですね」
「じゃあ、来る」とルナは言った。
◇
昼食の後、ルナがカナを池に連れていった。
ミアも一緒に行った。
私は、一人で集落の周りを歩いた。
久しぶりに、一人で歩いた。
木に触れた。
元気だった。
土を触れた。
柔らかかった。
水の流れを感じた。
流れていた。
「良いですね」と独り言を言った。
誰もいなかった。
でも、言った。
「二十三くらいですね」
木が、風に揺れた。
「帰ってきましたね、本当に」
シロが、いつの間にか横にいた。
「いましたか」
シロが尻尾を振った。
「ずっとついてきていましたか」
また振った。
「私が一人のとき、いてくれるんですね」
シロが、横を歩いた。
「ありがとうございます」
集落の北側まで来た。
春の花が、咲いていた。
ルナが以前、「春咲き」と名前をつけた花だった。
「まだ咲いていましたね」
シロが、花を嗅いだ。
「好きですか」
シロが、顔を上げた。
どちらでもない、という顔だった。
「正直ですね」
◇
夕方、池から全員が戻ってきた。
ルナが、興奮した様子だった。
「ミアさんがすごかった」とルナは言った。
「何がですか」
「私がルミのことを話したら、全部書いてくれた。私が言った言葉を、そのまま書いてくれた」
「記録係ですから」
「でも、私の言葉をそのまま書く、というのが、なんか良かった。難しい言葉に変えなかった」
「子どもでも分かる言葉で残す、ということですね」
「そう。前に、私がナギに言ったことが、ミアさんが守ってくれた」
「ルナが言ったことが、ミアさんに伝わっていましたね」
「ナギを通じて」
「そうですね」
「全部つながってる」とルナは言った。
「そうですね」
カナが、私の横に来た。
「今日、池に行って、分かったことがあります」
「なんですか」
「ルナが毎日来る理由が、分かりました」
「どういう理由ですか」
「来たくなる場所だからです。精霊がいて、水がきれいで、静かです。でも、それだけじゃないです」
「それだけではない」
「ルミが、待っています。ルナが来ると、ルミが来る。来るものを待っている人がいる場所は、来たくなります」
「そうですね」
「記録も、同じかもしれないですね」
「どういう意味ですか」
「記録を読んでくれる人がいるから、書きたくなる。ルミがルナを待っているように、誰かが読んでくれることを信じているから、書き続けられる」
「良い言い方ですね」
「凪さんが話してくれたことを、考えながら池を見ていたら、思いました」
ルナが、二人の話を聞いていた。
「ルミは、私を待ってくれているの?」
「そう見えましたよ」とカナは言った。
「毎日来るから、覚えてくれているんだよね」
「覚えています。今日も、すぐに来てくれましたよね」
「うん」とルナは言った。嬉しそうに言った。「すぐに来た」
「ルナが、ちゃんと来ているから、ルミが来てくれます」
「続けることで、つながりが生まれる」
「そうです」
ルナが、また池の方を見た。
夕暮れで、池は見えなかった。
でも、見ていた。
「明日も行く」とルナは言った。
「行きましょう」
「カナさんも来る?」
「来ます」とカナは言った。
「ミアさんも」
「来ます」とミアは言った。
「じゃあ、全員で行こう」
「全員で行きましょう」
◇
夜、ガルと話した。
「カナさんとミアさんが、しばらく残ってくれます」
「それは、良かったです」とガルは言った。
「ルナが喜びますね」
「すでに、喜んでいます。池から戻ってきてから、ずっと嬉しそうです」
「カナさんと、友達になりましたか」
「なったと思います。ルナが友達になる速さは、いつも早いので」
「全員と友達になりますね、ルナは」
「凪様が来てから、そうなりました」
「私が来てから、というより、ルナが元々そういう子だと思いますが」
「きっかけを作っただけですか」とガルは言った。
「またそう言うんですね」
「また言いました」とガルは言った。「ただ、ガレス王に言われたことも、聞きました。受け取れ、と」
「聞いていましたか」
「ルナから聞きました。ナギがガレス王に、受け取れ、と言われた、と」
「ルナに話していましたか、カナさんが」
「池の帰りに、話していたようです」
「そうですか」
「受け取れましたか、凪様は」
少し考えた。
「受け取っています。少しずつ」
「少しずつ、というのが、凪様らしいですね」
「急には受け取れないですが、受け取っています」
「それで、十分です」とガルは言った。
「そうですか」
「十分です。少しずつ変わっていく凪様を、見てきました。最初に来たとき、花を一本咲かせた転生者が、今は議会で証言して、国際問題を動かしています」
「ずれているところを、直していただけです」
「そのずれが、どんどん大きくなってきましたね」
「そうかもしれないですね」
「次は、どんなずれを直しに行くんですか」
「まだ分からないですが、しばらくはここにいます」
「しばらく、ですか」
「気になることが出るまでは、ここにいます。カナさんとミアさんに、色々教えながら」
「ルナも、嬉しいと思います」
「そうですね」
ガルが、窓の外を見た。
夜の集落が、静かだった。
「凪様、一つだけ言っていいですか」
「なんですか」
「ここに来てくれて、良かったです」
「こちらこそ、置いてもらえて良かったです」
「置いてもらえた、というのは」とガルは言った。
「きっかけを作っただけです、とは言いませんでした」
「言わなかったですね」
「少し、受け取れましたね」
「少しずつです」
ガルが、静かに笑った。
今夜は、柔らかい夜だった。
六十三話目、書きました。
カナが残ると言った場面を、今回の起点にしました。農地の確認だけでなく、「横にいて一緒に動いてほしい」という理由が、カナらしかった。記録係として、感じ取り方を学びたい。それを、特に教えないが横にいることで伝える、という凪の教え方を言語化した場面でした。
「記録を読んでくれる人がいるから書き続けられる、ルミがルナを待っているように」というカナの言葉。池を見ながら思いついた、という形にしました。自然の中にいると、こういう気づきが来ることがある。
センが去る場面は短くまとめました。センは多くを語らない人です。でも「約束は守る人間は信用できる」という一言で、センがベルクを信頼している理由と、ルナを評価している理由が、同時に出ました。
「受け取れましたか」というガルの問いに「少しずつ」と答えた凪。ガレス王に言われてから、少し変わってきている。ガルがそれを見ていた。
次話では、集落での穏やかな日々が続きながら、遠くから新しい気配が届き始めます。第三部の締めに向かっていきます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




