第六十二話「ルナが、集落の外まで走ってきた」
六十二話目です。
帰還の話です。第三部は動きの多い話が続きました。今回は、少し息を整えながらも、感情的な山場がある話にします。
ルナが走ってきます。今回は、集落の外まで。
では、どうぞ。
集落まで、あと十分ほどの場所だった。
シロが、急に止まった。
「どうしましたか」
シロが、前を向いた。
耳を立てた。
それから、尻尾を大きく振った。
知っている存在が来る、という振り方だった。
足音が聞こえた。
速い足音だった。
小さい足音だった。
木の間から、人影が走ってきた。
ルナだった。
「ナギ」と叫んだ。
走ってきた。
今回は、集落の外まで来ていた。
「ただいま」と私は言った。
ルナが、勢いを止めなかった。
そのまま、ぶつかってきた。
「重い」
「うるさい」とルナは言った。
「そんな挨拶がありますか」
「ある」とルナは言った。「ナギが遅いから」
「帰ってきましたよ」
「見れば分かる」
「怒っていますか」
「怒っていない」とルナは言った。「でも、遅かった」
「遅かったですね」
ルナが、少し離れた。
私を見た。
目が、少し赤かった。
「泣いていますか」
「泣いていない」とルナは言った。
「目が赤いですが」
「走ったから、風で目が痛い」
「そうですか」
「そうです」
「遅くなって、すみませんでした」
「許す」とルナは言った。即答だった。
「ありがとうございます」
「でも、一つ言っていい」
「どうぞ」
「心配した」とルナは言った。「すごく、心配した」
「すみませんでした」
「謝らなくていい。ただ、心配した、というのは言いたかった」
「聞きました」
「ちゃんと聞いた?」
「ちゃんと聞きました」
ルナが、また私を見た。
「怪我してない?」
「していないです」
「疲れてる?」
「疲れています」
「顔に出てる」
「そうですか」
「すごく出てる。でも」
「でも?」
「帰ってきた顔してる」
「帰ってきた顔、というのは」
「なんか、ほっとしてる顔。都にいたときと、違う」
「そうですね。帰ってきた感じがします」
ルナが、また目を細めた。
「帰ってきたんだね、本当に」
「本当に、帰ってきました」
◇
シロが、ルナの横に来た。
ルナが、シロを撫でた。
「おかえり、シロ。ちゃんと連れて帰ってきてくれた」
シロが尻尾を振った。
当然だ、という顔だった。
「カナさんは?」とルナが聞いた。
後ろを見た。
カナとミアとセンが、歩いてきていた。
「来ています」
「あの人が、カナさん?」
「そうです」
「会ってみたかった人だ」
カナが近づいてきた。
ルナを見た。
「ルナ?」
「そうです。ルナです」とルナは言った。直接、はっきりと言った。
「凪さんから、話を聞いていました」
「私もです。カナさんの話」
「何を聞きましたか」
「記録を守るために、捕まったこと。渡さない、と言い続けたこと。それと、精霊を驚かせた記録が残ってることも」
シロが、耳を下げた。
カナが、シロを見た。
「シロさん、記録は残っています」
シロが、また耳を下げた。
ルナが笑った。
「シロ、気にしてるんだ」
シロが、今度は耳を前に向けた。
気にしていない、という顔だった。
「気にしていない顔していますが、耳が言っています」とカナは言った。
シロが、また下げた。
ルナが、もっと笑った。
◇
ミアが、ルナに近づいた。
「私は、ミアです」
「記録係の」
「そうです。凪さんに、書き方を少し教えてもらいました。ルナさんも、記録をつけているそうですね」
「つけています。毎日」
「見せてもらえますか、いつか」
「見せます。でも、子どもの字だから、上手くないけど」
「上手い下手より、続けていることが大事です」とミアは言った。
「ナギも同じことを言ってた」
「凪さんが、教えてくれましたから」
ルナが、私を見た。
「ナギが言ったことが、ミアさんに伝わって、ミアさんが私に言った」
「そうですね」
「全部つながってる」
「全部つながっています」
センが、後ろで聞いていた。
「この子か」とセンは言った。「精霊と友達になった子は」
「そうです」と私は言った。
「シロとも、すでに友達になっている」
「ルナが友達にしました」
センが、ルナを見た。
「センといいます」
「知ってます」とルナは言った。「ベルクさんの仲間の人でしょ」
「仲間というより、借りがある人間だ」
「借りって、何の?」
「長い話だ」
「聞きたい」
「いつか、話す」
「約束して」
センが、少し止まった。
「約束する」
「よし」とルナは言った。
センが、少し笑った。
「手強いな」
「ナギに教えてもらった」とルナは言った。「約束は大事、って」
「教えた覚えは、あまりないですが」と私は言った。
「背中で教えてた」
「背中で」
「ナギが約束を守るから、私も守ろうと思った。そういうこと」
◇
集落に向かって、歩き始めた。
ガルが、入口で待っていた。
「お帰りなさい、凪様」
「ただいまです。お客さんを連れてきました」
「歓迎します」
カナに向かって、頭を下げた。
「カナ様ですね。お話は、ルナから聞いています」
「ルナが、話してくれたんですか」とカナは言った。
「毎日、話してくれました。カナさんが捕まっていること、心配していました」
カナが、ルナを見た。
ルナが、少し顔を逸らした。
「心配しただけです」
「ありがとうございます」とカナは言った。
「別に」とルナは言った。
「お守り、持っていました。ずっと」
ルナが、顔を戻した。
「持っていてくれたんですか」
「持っていました。施設の中で、何度も触りました」
「そうか」とルナは言った。少し声が変わった。「役に立ったなら、よかった」
「役に立ちました。本当に」
ルナが、また顔を逸らした。
耳が、少し赤かった。
ガルが、微笑んでいた。
「夕食の準備ができています。豪華にしました」
「帰ってきたから、ですか」
「そうです。それと、お客様がいらっしゃるので」
「ありがとうございます」
クロとキョロが、集落から走ってきた。
クロが、私に体当たりした。
「いつも重い」
クロが低く鳴いた。
「ただいまです」
キョロが、シロに近づいた。
二頭が、鼻をくっつけた。
「久しぶりですからね」
◇
夕食の席が、賑やかだった。
カナとミアとセンが加わって、集落の全員で食べた。
カナが、ガルの記録帳を見せてもらっていた。
「丁寧な記録ですね」とカナは言った。
「凪様に教わりました。カナさんの言葉も、ベルク様の言葉も、伝わっています」
「言葉が、ここまで来たんですね」
「来ました。記録は、伝わります」
ミアが、ルナの記録帳を見ていた。
「これ、見ていいですか」
「どうぞ」とルナは言った。
ミアが、開いた。
「毎日、書いていますね」
「毎日書いています」
「木の感触の書き方が、変わっていますね。最初は『元気か、元気じゃないか』だったのが、今は『根がどこまで伸びている感じがするか』と書いている」
「変わりましたか、書き方」
「変わっています。感じ取れることが、増えていますね」
ルナが、少し嬉しそうな顔をした。
「感じ方が育った、ってナギが言っていたから」
「育っています」とミアは言った。「この記録は、良い記録です」
「良い?」
「良いです。後で読む人が、この森の変化を分かる記録になっています」
「そうですか」
「カナ先輩も、そう言うと思います」
カナが、ミアを見た。
「聞こえていました。同じことを思っていました」
ルナが、また耳を赤くした。
「大げさじゃないの」
「大げさではないです」とカナは言った。「続けていることが、証拠です」
◇
食事が終わった後、ルナが言った。
「ナギ、池に行く?」
「今日は、遅いので」
「少しだけ」
「少しだけなら」
「カナさんも来る?」
「行きます」とカナは言った。
「精霊、見たいですか」
「見たいです」
「ルミにも、会えるかもしれないです」
「ルミというのは、子どもの精霊ですね」
「そうです。私が名前をつけた妹です」
「妹」
「精霊の妹です。毎日会っているから」
「毎日来てくれるんですか」
「ルナが毎日来るから、精霊も毎日来ます」とガルが言った。
「続けることで、つながりが生まれる」とカナは言った。
「全部つながっていますね」と私は言った。
「言いましたね、何十回も」とルナが言った。
「それだけ、本当のことなので」
「知ってる」とルナは言った。「だから、私も言えるようになった。全部つながってる、って」
「そうですね」
「行こう、池に」
「行きましょう」
全員で、池に向かった。
夜の池だった。
星が、水面に映っていた。
アオが、水の中で光っていた。
ルミが、アオの横で光っていた。
「いた」とルナは言った。
「いますね」
「ルミ、今日はお客さんがいるよ」
ルミが、水面を覗いた。
カナを見た。
カナが、水面に手を近づけた。
ルミが、少し引っ込んだ。
「怖い?」とルナが言った。
「そうかもしれないです」とカナは言った。
「待ってたら来ます。ルミは、慣れると来る」
「待ちます」
しばらく、静かに待った。
ルミが、少しずつ近づいた。
カナの指先に、触れた。
「来ました」とカナは言った。
「触れましたか」
「触れました。冷たくて、くすぐったいですね」
「そうです」とルナは言った。「でしょ」
カナが、水面を見ていた。
ルミが、カナの指の周りを回った。
「きれいですね」とカナは言った。
「きれいでしょ」とルナは言った。得意そうに言った。
「ルナが毎日来たから、池がこんなにきれいになったんですね」
「そうです」
「記録にも、書いてありました。最初は濁っていた池が、今は底まで見える、と」
「ナギが最初に直して、私が続けた」
「続けることが、一番大事ですね」とカナは言った。
「全部つながってる」とルナは言った。
今夜、何度目か分からないくらい言った言葉だった。
でも、毎回、本当のことだった。
星が、池の中で揺れた。
ルミが、光った。
アオが、その横で光った。
遠くで、森の虫が鳴いた。
帰ってきた夜だった。
六十二話目、書きました。
61話で力が抜けた後、62話で帰還と再会の温かさを出しました。ルナが集落の外まで走ってきた場面。前回は入口に立って待っていた。今回は外まで走ってきた。この違いが、ルナの感情の大きさを表しています。
「心配した、というのは言いたかった」というルナの言葉。謝罪を求めているのではなく、ただ伝えたかった。ルナが成長しながらも、感情に正直な場面でした。
シロの「精霊を驚かせた記録が残っている」というカナの言葉に、シロが耳を下げた場面。第三部で何度か笑いになるシロですが、今回も空気を和らげてくれました。
ルミとカナの初対面。ルナが「待ってたら来る、慣れると来る」と言った場面。ルナが精霊との関係で学んだことを、自然に他の人に伝えられるようになっていました。
次話では、翌日の集落の確認と、次に向けた動きが見えてきます。第三部の締めに向かっていきます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




