第六十一話「帰り道は、なぜか長く感じた」
六十一話目です。
帰り道の話です。問題が解決した後、急に力が抜けることがあります。戦っていた間は気力で動けていたのに、終わったとたん、体が重くなる。
凪にも、そういう瞬間が来ます。
では、どうぞ。
議会を出たのは、夕方だった。
都の外に出て、南の方向に歩き始めた。
シロが、先を歩いた。
一時間ほど歩いたとき、気づいた。
足が、重かった。
「疲れましたね」
シロが振り返った。
当然だ、という顔だった。
「何日間、走り続けましたかね」
シロが耳を動かした。
「数えたくないですか」
また動かした。
「私もです」
草原に入ったところで、止まった。
「少し、休みます」
地面に、座った。
座った瞬間、力が抜けた。
思ったより、抜けた。
「あ、これは疲れていましたね」
シロが、隣に来た。
横に座った。
「ありがとうございます。寄りかかっていいですか」
シロが、体を近づけた。
寄りかかった。
温かかった。
「一週間で帰るとルナに言いましたが、もう八日になりますね」
シロが耳を動かした。
「心配しているかもしれないですね」
また動かした。
「でも、石を持っています。ルナが渡してくれた石です」
ポケットから出した。
池の底の石だった。
「この石を持っていれば、帰れます。ルナが信じているので」
シロが、石を見た。
「ルナは、いつも正しいことを言いますね」
シロが尻尾を振った。
「そうですね。全部、友達になれる、とか、きっかけだけじゃない、とか」
また振った。
「今回も、ルナのお守りが助けてくれましたね。カナさんが持っていてくれました」
夕日が、草原を染めていた。
赤くて、広かった。
「きれいですね」
シロが、夕日を見た。
「こういう景色を、ゆっくり見る時間が、最近なかったですね」
シロが、また尻尾を振った。
「帰ったら、ルナと池に行きます。ルミも会いに来るでしょうか」
シロが、少し速く尻尾を振った。
来る、という確信がある振り方だった。
「そうですね、来ると思います」
◇
デルからもらった薬を、取り出した。
小さな瓶だった。
開けた。
匂いがした。
山の薬草の匂いだった。
一口、飲んだ。
少し苦くて、後から温かくなった。
「効きますね、これ」
シロが鼻を近づけた。
「飲みますか」
シロが引いた。
嫌そうだった。
「苦いですからね」
シロが尻尾を振った。
「デルさん、長生きしてほしいですね」
シロが耳を動かした。
「また会えると思います。セルドの川が、もっと戻ったら、また行きます」
また動かした。
「次に行くときは、もう少し余裕を持って行きたいですね。今回は、急ぎすぎました」
シロが、私を見た。
いつも急いでいる、という顔だった。
「性格なので、仕方ないですが」
シロが、また夕日を見た。
◇
そのとき、後ろから足音がした。
振り返った。
カナだった。
ミアとセンも、後ろにいた。
「凪さん、止まっていたので」とカナは言った。
「疲れました」
「そうですよね」とカナは言った。「私も、疲れています」
カナが、隣に座った。
「座っていいですか」
「どうぞ」
ミアが、反対側に座った。
センが、少し離れたところに立った。
番をしているらしかった。
「カナさんも、体が重くなりましたか」
「重くなりました。今日、議会が終わった瞬間に、急に重くなりました」
「同じです。動いている間は、気力で動けます。終わった瞬間に、来ます」
「そういうものですね」
「そういうものです」
ミアが、記録帳を出した。
「書いてもいいですか」
「どうぞ」
「議会が終わった後、全員が草原で座り込んだ記録を書きます」
「そんなことも、記録するんですか」
「記録します。英雄的な場面だけが記録ではないです。疲れた場面も、人間らしくて大事だと思います」
「人間らしい記録」
「後で読む人が、この場面を読んだとき、自分たちも疲れていい、と思えるかもしれないです」
「それは、面白い視点ですね」
「先輩に教わりました」とミアは言った。
カナが、少し苦笑した。
「私は、そういうことを教えましたか」
「教えました。完璧な記録より、正直な記録の方が、後で役に立つと言っていました」
「言ったかもしれないですね」
「言いました。施設で拘束されていたとき、先輩が書いていた記録を思い出していました」
「どんな記録ですか」
「調査が終わって、全員でへとへとになりながら、川で水を飲んだ日の記録です。みんなの顔が、疲れていたけど、満足そうだったと書いてありました」
「そんなことを、書いていましたか」
「書いていました。その記録を思い出して、施設の中で、今日も記録係たちはどこかで動いているはず、と思いました。それが、支えになりました」
カナが、少し黙った。
「そうですか」と、静かに言った。
「先輩の記録が、先輩自身を助けたということです」
「そうなりましたね」
◇
しばらく、草原に座っていた。
誰も、急がなかった。
夕日が、沈んでいった。
星が、出始めた。
「明日、また歩きます」とセンが言った。
「そうですね」
「今夜は、ここで野営します。急ぐことはない」
「ルナが待っています」と私は言った。
「一日くらい、待てる子だろう」
「待てます。ただ、心配しています」
「心配させてから帰る方が、会ったときの嬉しさが大きい」とセンは言った。
「そういうものですか」
「そういうものだ」
カナが、少し笑った。
「センさんは、経験がありそうですね」
「ある」とセンは言った。それ以上は言わなかった。
「センさん、ありがとうございます」と私は言った。
「何のためにだ」
「ベルクさんへの借りの返し、という話でしたが、今回は私のためにも動いてくれました」
「また借りができた」とセンは言った。
「返しに来ますか」
「来るかもしれない。来ないかもしれない。そういう関係が、一番続く」
「そうですね」
「お前の集落に、いつか行ってもいいか」
「来てください。ルナが、全員と友達になると思います」
「精霊と友達になった子か」
「そうです。センさんとも、友達になると思います」
「私は、子どもと仲良くするのが、苦手だが」
「ルナは、相手が苦手でも、友達にします」
センが、少し笑った。
「手強そうだな」
「手強いです」
「楽しみだ」
◇
野営の夜、火を囲んだ。
センが、食料を出してくれた。
カナが、水を汲んできた。
ミアが、薪を集めた。
シロが、周りの安全を確認してくれた。
「みんな、動いていますね」と私は言った。
「座っているのは、凪さんだけです」とミアが言った。
「疲れています」
「さっきまで、議会で証言していましたからね」とカナは言った。
「カナさんも、同じはずですが」
「私は、施設で五日間、休んでいたので。体力は、少し戻っています」
「施設で休んでいた、という言い方は、少し違うと思いますが」
カナが笑った。
「そうですね、休んでいたわけではないですが、横になっていたのは確かです」
火が、明るかった。
「こういう夜が、好きです」と私は言った。
「野営が好きですか」とミアが聞いた。
「野営というより、全員で火を囲んでいる感じが好きです。セルドへの道でも、こういう夜がありました」
「あの夜も、良かったですね」とカナは言った。
「止まらない人間が、何人かいれば世界が変わる、という話をしました」
「覚えています」
「今日、それが形になりましたね」
「形になりました」とカナは言った。静かに言った。「全員が、それぞれの場所で、止まらなかった結果が、今日の議会でした」
「ベルクさんが、リドルを動かしたのも」
「エイラ様が、書類を渡したのも」
「ダロさんが、残ったのも」
「センさんが、護衛してくれたのも」
「ミアさんが、記録帳を守ったのも」
「全部が、止まらなかったから」
「全部つながっていますね」
「全部つながっています」
シロが、火を見ていた。
尻尾を振った。
「シロも、止まりませんでしたね。ずっと一緒にいてくれました」
シロが、また振った。
当然だ、という顔だった。
「ありがとうございます」
シロが、私の横に来て、横になった。
頭を、私の膝に乗せた。
重かった。
でも、温かかった。
「寝るんですか」
シロが目を閉じた。
「そうですね、私も寝ます」
目を閉じた。
草原の夜風が、吹いた。
火の音が、静かに続いた。
「明日、歩きます。明後日には、森に近づきます。三日後には、帰れます」
シロが、耳を動かした。
「帰ります、ルナのところに」
シロが、小さく鳴いた。
帰れる、という鳴き方だった。
「そうですね」
目を閉じたまま、言った。
「帰れます」
◇
翌朝、早く出発した。
三日間、歩き続けた。
山を越えて、森に近づいた。
三日目の夕方、森の入口が見えた。
シロが、速くなった。
「分かりますか、近いことが」
シロが、もっと速くなった。
走り始めた。
「待ってください」
追いかけた。
後ろから、カナたちの笑い声が聞こえた。
「置いていかないでください」と叫んだ。
シロが振り返った。
それから、また走った。
追いかけた。
森の入口に入った。
木の間から、光が差していた。
湿った、深い匂いがした。
「帰ってきましたね」
シロが、尻尾を大きく振った。
「もう少しですね」
また振った。
集落の方向に、走った。
六十一話目、書きました。
「疲れた」という話を、一話かけて書きました。問題が解決した後の、力が抜ける感覚。戦っている間は気力で動けたのに、終わった瞬間に来る疲れ。それを、草原で座り込むという形で出しました。
「疲れた場面も、人間らしくて大事」というミアの言葉。記録係として、英雄的な場面だけでなく、疲れた場面も残す。後で読む人が、自分たちも疲れていい、と思えるかもしれない。これは、記録の新しい意味として書きたかった場面でした。
センが「心配させてから帰る方が、会ったときの嬉しさが大きい」と言った場面。センの経験がにじみ出る一言でした。
「止まらなかった全員の話を、一つずつ確認した場面」。ベルク、エイラ、ダロ、センセン、ミア、シロ。全員が、それぞれの場所で動いた。その積み重ねが今日になった。
シロが膝に頭を乗せた場面。今まで横にいてくれていたシロが、甘える。それだけ、シロも疲れていた。
次話は、集落への帰還とルナとの再会です。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




