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第五話 地獄のような朝食

 クルシュナ家からの手紙が届いた翌朝、ベランジェ・ド・ラ・ギーズは、朝食の席で卵料理を前にして固まっていた。


 卵は柔らかく焼かれていた。香草もほどよく散らされている。料理人の腕は悪くない。悪いのは、食べる側の心持ちである。


「クラリッサ」


 ベランジェは、祈るような声で言った。


「今度こそ、頼む」


「お父様は、最近そればかりですわ」


「お前が、最近それを言わせることばかりするからだ」


 クラリッサ・ド・ラ・ギーズは、白い食卓の前で、砂糖漬けの果物を銀の匙でつついていた。

 昨日あれほど騒いだというのに、眠りは深かったらしい。

 肌艶はよく、目も冴えている。

 屋敷の者たちが受けた傷を、本人だけが背負っていないように見えた。


「けれど、ヴォルブリュック家の件は、わたくしが正しかったではありませんか」


「正しかったとしても、騒ぎにしすぎだ」


「では、正しく静かに怒ればよかったのですか」


「できるなら、そうしてくれ」


 クラリッサは少し考えた。


「難しいですわね」


「なぜだ!」


「静かな怒りは、相手に伝わらないでしょう?」


 モルガナが、クラリッサの後ろで水差しを置いた。


「お嬢様の場合、伝わりすぎるのが問題でございます」


「モルガナ、あなたはどちらの味方なの」


「ラ・ギーズ家の味方でございます。つまり、時々お嬢様の敵でございます」


 ベランジェは、弱々しく頷いた。


「クルシュナ家は武門だ。先代から王国軍に仕えている。ラドヴァン・ド・クルシュナ殿は若くして戦功を立てた人物で、規律正しく、家も堅実だ。ヴォルブリュック家のような軽さはない」


「重そうですわね」


「何が」


「何もかもですわ。門も、壁も、声も、足音も」


「まだ会ってもいないだろう」


「会わなくてもわかります。武門の方々は、だいたい廊下まで足音が偉そうですもの」


 その時、食堂の扉が開いた。


 オルタンス・ド・ラ・ギーズが入ってきた。

 朝の装いは簡素だったが、簡素に見せるために手間を惜しまない人だった。

 彼女は夫を一瞥し、娘を見た。


「クラリッサ。今日はクルシュナ家での昼餐です」


「存じておりますわ」


「存じている顔ではありません」


「では、どういう顔ですの?」


「逃げ道を探している顔です」


 クラリッサは、思わず窓の方を見た。


 母は静かに言った。


「窓からは出られません。庭師に見張らせています」


「お母様」


「裏口にも家令を置きました」


「そこまでなさる?」


「昨日、あなたが銀食器用の搬入口から逃げようとしていたからです」


「あれは逃亡ではありません。屋敷の構造確認ですわ」


 モルガナが淡々と言った。


「構造確認に外套と帽子は不要でございます」


 ベランジェは、もう何かを言う気力もないようだった。


 オルタンスは席につき、紅茶を一口飲んだ。


「ジャン=バティスト・ド・シャトノワ殿にも同行していただきます」


 クラリッサの目が少しだけ明るくなった。


「ジャンが?」


「ええ。前回のこともあります。縁談の条件、家の慣習、持参金の扱い。こちらで確認しておくべきことは多い」


「まあ。便利ですわね」


 モルガナがすぐに言った。


「人を小物入れのように扱うのはおやめください」


「小物入れとは申しておりません」


「便利とおっしゃる時の顔が、だいたい同じでございます」


 クラリッサは少し考えた。


「では、頼れると言い直します」


「その方が、まだ人間らしゅうございます」


 ベランジェは深く息を吐いた。


「ジャン君には、本当に申し訳ないことをしている」


「申し訳ないなら、次から頼まなければよろしいのでは?」


 クラリッサが言うと、ベランジェは悲しげに娘を見た。


「頼まずに済むよう、お前が振る舞ってくれるなら、こんな苦労はしていない」


「お父様は、娘に対する信頼が足りませんわ」


 モルガナが紅茶を注ぎながら言った。


「旦那様は、現実をご覧になっているだけでございます」


 オルタンスは扇を開かずに、娘を見つめた。


「クラリッサ。今日の昼餐では、まず黙って観察なさい」


「わたくし、観察は得意ですわ」


「言葉に出さずに、という意味です」


「それは難しいですわね」


「難しくてもなさい」


 母の声が平らになると、クラリッサはそれ以上反論しなかった。


 ただ、匙で砂糖漬けの果物をもう一つ取った。


「毒見ですわ」


 モルガナが後ろから言った。


「今朝二度目でございます」


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