第四話 一難去ってまた一難
午後になると、ラ・ギーズ家の客間は嵐のあとのようになっていた。
ベランジェは長椅子に沈み、オルタンスは新しい扇を手にしている。
折れた扇は、すでに召使いによって片づけられていた。
屋敷の者たちは、今日一日で扇が一本犠牲になったことを、心の中で静かに悼んだ。
クラリッサは窓際に立っていた。
「わたくしは悪くありませんわよね」
誰にともなく言った。
モルガナは茶を注ぎながら答えた。
「全部とは申しません」
「少しは悪いと?」
「少しで済む日もございます」
「今日は?」
「お嬢様にしては、筋のある騒ぎでございました」
クラリッサは、少しだけ満足そうにした。
「つまり、褒めているのね」
「聞き間違いでございます」
ジャンは、テーブルの端で書類を書いていた。
本来なら、婚約契約書の内容を確認し、ベランジェにいくつか注意点を伝え、それで終わるはずだった。
それが今では、破談の経緯を後日説明できるよう、騒ぎの一部始終を書き留める羽目になっている。
幼なじみとして巻き込まれ、古い家の縁として断れず、文官として片づける。
ジャンの人生には、昔からそういう不運が多かった。
「ジャン」
「嫌な予感しかしない呼び方だ」
「破棄理由は、きちんと美しく書いてくださる?」
「事実に即して書く」
「では、どう書くの」
ジャンはペンを止めずに言った。
「婚約指輪の寸法不適合、および刻印削除跡をめぐる説明不備」
「ひどいですわ。もっと美しく」
「君の人生は、書類に美しさを要求しすぎる」
「では、尊厳の不適合と書いて」
ジャンはそこで手を止めた。
しばらく黙ってから、彼は小さく笑った。
「君にしては、少しだけ正確だ」
クラリッサは目を丸くした。
「ジャン、今わたくしを褒めました?」
「気の迷いだ。忘れてほしい」
「忘れませんわ。生涯覚えておきます」
「僕の失言だけを記憶するのはやめてくれ」
モルガナが茶杯を置いた。
「お嬢様の記憶は便利でございます。都合の悪いことは翌朝には消えますが、褒め言葉だけは家宝のように残ります」
「それは長所ですわ」
「家宝にするには、数が少なすぎます」
ベランジェが弱々しく顔を上げた。
「ジャン君」
「はい、伯爵」
「この件は……なんとか穏便に済むだろうか」
ジャンは書類を揃えた。
「ヴォルブリュック家が強く出るなら、こちらも指輪の来歴を正式に問うことになります。前の婚約者の家に話が及ぶ可能性もある。向こうも騒ぎを大きくしたくはないでしょう」
「そうか」
ベランジェは胸を撫で下ろした。
「助かった」
「助かってはいません。広がらないようにしているだけです」
「それで充分だ」
ジャンは疲れた目でクラリッサを見た。
「昔から思っていたけど、君は火事を起こしてから、水のありがたみを語るところがある」
「失礼ですわ。わたくしは火事など起こしておりません」
「今日の広間は、かなり煙かったよ」
「煙ではありません。気品です」
「気品は目にしみない」
その時、廊下の向こうで召使いが慌ただしく走る音がした。
扉が叩かれる。
家令が入ってきて、ベランジェに封書を差し出した。
「旦那様。新しいお手紙が届いております」
「今度は何だ」
ベランジェは怯えたように封蝋を見た。
封蝋には、別の家紋が押されていた。
モルガナが一目見て言った。
「クルシュナ家でございますね」
ジャンは目を閉じた。
「まさか」
ベランジェは震える手で封を切った。
読み進めるうちに、彼の顔から血の気が引いていく。
「ラドヴァン・ド・クルシュナ殿との……縁談の打診だ」
クラリッサは叫んだ。
「またですの!」
モルガナは静かに茶を注ぎ足した。
「お嬢様の評判より先に、次の婚約が到着しましたね」
「この場合、婚約を申し込む方が愚かとすら思えるね」
ジャンは書類鞄を閉じかけていた手を止めた。
「じゃあ、僕は帰っていいかな」
ベランジェは、縋るように彼を見た。
「ジャン君」
「伯爵。その目はやめてくださいよ……」
「今回も、少しだけ、そう少しだけ!! 力を貸してくれないか」
「少しで済んだことが、一度でもありましたか」
ベランジェは黙った。
クラリッサは胸を張った。
「ジャン、あなたは後始末が得意でしょう」
「それを才能扱いするのはやめてほしいね」
モルガナが静かに言った。
「古いお付き合いでございますから」
ジャンはため息をついた。
「古い付き合いという言葉は、たいてい断れない時に使われる」
「よくおわかりで」
窓の外では、午後の光が少し傾いていた。
クラリッサ・ド・ラ・ギーズの最初の婚約話は、指輪がはまる前に終わった。
そして、次の災難は、もう丁寧な封筒の中で待っていた。




