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第二十九話 まだ始まってもいないのに呆れるジャン

 ジャン=バティスト・ド・シャトノワは、昼前にやって来た。


 玄関広間へ入るなり、彼はクラリッサの顔を見た。そして、まだ何も言われていないのに、軽くため息をついた。


「今日は、もう何かを決めている顔だね」


「ジャン、あなたは失礼ですわ」


「違うなら否定してほしい」


「まだ決めていません。少し疑っているだけです」


「君の『少し』は、だいたい屋敷一つ分くらいある」


 ジャンは、持ってきた書類をベランジェへ渡した。


「クラール家について調べられる範囲で見ました。ヘルミーナ・ド・クラール夫人は、亡き夫の代から社交界の縁談仲介に深く関わっています。表向きは、かなり実績がある」


「表向き」


 クラリッサがすぐに反応する。


「裏がありますの?」


「今のところ、違法なものは見つからない」


「つまらないですわね」


「違法ではないことを、つまらないと言わない」


 ジャンは続けた。


「ただ、彼女の縁談会は非常に実務的だ。家格、財産、相続順位、持参金、借財の有無。そうした情報をかなり細かく整理する」


「それは、本人たちに見せるの?」


「どこまで見せるかは、会によるらしい」


 モルガナが後ろから口を開いた。


「ジャン様。その情報は、正確なのでございますか」


「たぶん、かなり正確です。だからこそ評判になっている」


 クラリッサは腕を組んだ。


「正確なら良い、というものではありませんわ」


「そこは同感だね」


 ジャンは素直に頷いた。


 クラリッサは少し驚いた。


「今、同意しました?」


「した」


「もう一度!」


「言わない」


「最近、褒め言葉だけでなく同意まで出し惜しみなさるのね」


「記憶されるからね」


 モルガナがクラリッサの外套を整えながら言った。


「お嬢様。今日は、まず落ち着いて周囲をご覧ください」


「わかっていますわ」


「見た瞬間に叫ばないでくださいませ」


「叫びません」


「声を大きくなさらないでくださいませ」


「大きくしません」


「相手の言葉尻をその場で捕まえて、床に叩きつけないでくださいませ」


「わたくしは猛獣ですの?」


 ジャンが小さく言った。


「分類による」


「ジャン」


「黙る」


 ベランジェは、ジャンの手を両手で握った。


「ジャン君」


「はい、伯爵」


「今回も、頼む」


「その言葉を聞くたびに、僕の平穏が遠ざかります」


「すまないとは思っているんだ」


「謝られると、なお断りにくいなあ」


 ベランジェは情けない顔で言った。


「古い付き合いだと思って!」


 ジャンは目を閉じた。


「その言葉は、やはり強いなあ」


 クラリッサは横から口を挟んだ。


「ジャン、あなたはラ・ギーズ家に恩があるのね」


「恩というほど綺麗なものではない。しがらみと言ってほしいね」


「ひどい言い方ですわ」


「古い付き合いを正確に言い直すと、だいたいそうなるものさ」


 モルガナが頷いた。


「たいへん正確でございます」


「モルガナまで!」


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