第二十四話 王女殿下のリボンは青でなければ!!
茶会は穏やかに始まった。
少なくとも、表面上は。
セラフィーヌは茶を注ぎ、ジスランはそれを自然に受け取り、クラリッサは菓子の焼き加減を見て、モルガナに目で制された。
ジャンはその一部始終を見て、すでに疲れていた。
会話は、王宮の庭の花から始まった。
「今年は白百合がよく咲きました」
セラフィーヌが言う。
「けれど、私は青いコーンフラワーも好きです。少し野の花に近くて」
「殿下には、百合の方がよくお似合いです」
ジスランが静かに言った。
「王家の方には、やはり白がふさわしい」
セラフィーヌは、少しだけ口を閉じた。
「そう……でしょうか」
「もちろんです。清らかで、静かで、誰の目にも尊い」
クラリッサは、青いリボンに指を触れた。
セラフィーヌの目が、一瞬だけそこへ向いた。
話題は次に、本へ移った。
「最近、古い旅行記を読んでいるのです」
セラフィーヌは言った。
「遠い海の話があって、とても――」
「殿下」
ジスランは遮ったわけではない。
ただ、するりと話を受け取った。
「旅行記は面白いものですが、王女殿下のお立場では、あまり外の荒々しい話に心を寄せすぎない方がよろしいかと。歴史書や祈祷書の方が、落ち着きがございます」
「そうですね」
セラフィーヌは微笑んだ。
微笑んだが、その言葉は途中で消えた。
クラリッサは菓子を一つ取った。
噛む。
味がしない。
腹立たしいことに、菓子は美味しいはずだった。なのに、味がしない。
会話は次に、茶会の席順に移った。
「今後、殿下の茶会には、もう少し年長の夫人を多くお招きになるとよろしいでしょう」
ジスランは言った。
「若い令嬢方ばかりでは、どうしても噂が軽くなります」
セラフィーヌは、クラリッサを見た。
ほんの一瞬。
ジスランもそれに気づいた。
「もちろん、ラ・ギーズ嬢が軽いと申し上げているのではありません」
クラリッサは微笑んだ。
「それは残念ですわ。軽く見えているなら、少し痩せた気がして嬉しかったのに」
ジャンが茶にむせかけた。
モルガナが背後で静かに目を伏せた。
セラフィーヌは、思わず小さく笑った。
その笑いに、ジスランの視線が向いた。
笑い声は止まった。
クラリッサは、その止まり方を見た。
不自然なほど速かった。
まるで笑いにも許可がいるようだった。
やがて、セラフィーヌが小さな箱を取り出した。
中には、リボンが入っていた。
青いリボン。
クラリッサの髪についているものと、同じ色だった。
「クラリッサ様に」
セラフィーヌは言った。
「以前、あなたが青は少し強すぎるくらいがよい、とおっしゃっていたので」
「覚えていてくださったのですか!」
「ええ」
王女は少し恥ずかしそうに笑った。
「私も、この色が好きなのです」
その時、ジスランが穏やかに口を開いた。
「殿下。青は美しい色ですが、少し個人の好みが強く出ます」
セラフィーヌの手が止まった。
箱の中の青いリボンが、光を受けていた。
「王女殿下には、赤の方がふさわしいでしょう。王家の色に近く、見る者にもわかりやすい」
セラフィーヌは、微笑みを残したまま、箱を閉じかけた。
クラリッサはそれを見た。
胸の中で、小さな音がした。
指輪が銀の盆に落ちた時の音。
椅子を叩いた時の乾いた音。
詩に名前がないと気づいた時の紙の擦れる音。
手袋が外される白い音。
それらが、全部一つに重なった。
「殿下」
クラリッサは言った。
セラフィーヌの手が止まる。
「そのリボン、わたくしにくださるのではありませんの?」
「ええ、もちろん」
「なら、閉じないでくださいませ。青が逃げますわ」
ジスランがクラリッサを見る。
穏やかな目だった。
穏やかすぎる目だった。
「ラ・ギーズ嬢。私はただ、殿下によりふさわしい色を申し上げただけです」
「ええ」
クラリッサは笑った。
「その『よりふさわしい』という言葉、この頃よく聞きますわ。わたくしには小さすぎる指輪も、半歩後ろの椅子も、名前のない詩も、白い手袋も、皆それぞれ何かにふさわしかったのでしょうね」
ジャンが小さく息を吐いた。
「クラリッサ」
「何ですの」
「まだ茶会だよ……」
「存じておりますわ。だから立ち上がっておりません」
「それは進歩なのか」
モルガナが静かに言った。
「座ったまま火がつくこともございます」
ジスランは微笑みを崩さなかった。
「ラ・ギーズ嬢は、少し話を大きくなさる」
「リボンの話ですわ」
「ええ。リボンの話です」
「なら、小さい話ですわね」
「そうです」
「でも、小さい話を毎回譲っていたら、最後には何が残りますの?」
セラフィーヌは、クラリッサを見た。
その目は、驚いていた。
ジスランは静かに言った。
「殿下のお立場には、個人の好みより優先すべきものがあります」
「それは、殿下ご自身がお決めになればよろしいのではなくて?」
「王女殿下は、王家のお方です」
「ええ」
クラリッサは頷いた。
「でも、リボンを選ぶくらいは、一人の方でもいられるでしょう」
茶会の空気が、薄く張りつめた。
ジスランはまだ怒らない。
そこが、かえって厄介だった。
「ラ・ギーズ嬢。あなたは自由な方だ。だからこそ、殿下のお立場の重さを少し軽く見ていらっしゃる」
「自由な方」
クラリッサは繰り返した。
「最近、よく言われますわ。だいたい、わたくしの口を塞ぎたい方から」
ジャンが顔を覆った。
「言い方」
「内容は?」
「だいぶ踏み込んでいる」
「踏み込まなければ、リボンまで届きませんわ」
セラフィーヌは、箱を膝の上に置いたまま、じっと黙っていた。
クラリッサは、その姿を見ていた。
自分よりもずっと身分の高い王女。
けれどその王女が、小さな青いリボン一つを、好きだと言うのに迷っている。
王女なのに。
王女だから。
そのどちらも、たぶん正しい。
だが、クラリッサには嫌だった。
ものすごく嫌だった。
「殿下」
クラリッサは静かに言った。
「青は、お好きですか」
セラフィーヌは唇を開いた。
すぐには声が出なかった。
ジスランは横から言った。
「殿下は、王家にふさわしい色を――」
「殿下に聞いております」
クラリッサは言った。
その声は強かった。
ジスランの目が、初めて少しだけ冷えた。
セラフィーヌは、箱の中のリボンを見た。
そして、ほんの小さな声で言った。
「好きです」
クラリッサは頷いた。
「では、それで十分ですわ」
「でも」
セラフィーヌは、ジスランを見た。
「赤の方が、王家らしいと」
クラリッサは自分の髪から青いリボンをほどいた。
モルガナが一瞬だけ目を上げる。
ジャンも、何か言いかけて黙った。
クラリッサはほどいたリボンを手にし、王女のそばへ歩いた。
「殿下」
「クラリッサ様?」
「少し失礼いたします」
クラリッサは、セラフィーヌの髪に青いリボンを結んだ。
王女の髪は柔らかく、指先にすべるようだった。
クラリッサは決して器用な方ではない。
だが、リボンを結ぶのは好きだった。
自分を飾ることには熱心である。
その熱心さが、今日は少しだけ役に立った。
青いリボンが、セラフィーヌの髪に結ばれる。
白に近いドレスの上で、その青は静かに映えた。
派手ではない。
だが、確かにその人の色になった。
「ほら」
クラリッサは言った。
「お似合いですわ!」
セラフィーヌは、手でリボンに触れた。
鏡はない。
けれど、彼女は少しだけ笑った。
「本当ですか」
「本当です。男の顔色より、布の色の方がまだ正直ですもの」
ジスランは、しばらく黙っていた。
そして、穏やかな声で言った。
「ラ・ギーズ嬢。あなたは、殿下のお心を乱しておられる」
クラリッサは振り返った。
「乱れているのではありません。戻っているのですわ」
「戻る?」
「ご自分の好きな色くらい、ご自分で選べるところへ」
ジスランの微笑みが、少し薄くなった。
「あなたの言葉は、人を勇気づけるように見えて、無責任です」
「そうかもしれませんわ」
クラリッサは言った。
「でも、責任ある顔で人の好きなものを一つずつ取り上げるよりは、まだましです」
茶会は、そこで終わった。
正確には、セラフィーヌが静かに言った。
「今日は、ここまでにいたしましょう」
ジスランは何か言いかけたが、王女が続けた。
「モーヴリニー様。私は、今日は青いリボンのままでおります」
その声は小さかった。
だが、先ほどよりも少しだけ、芯があった。
ジスランは深く礼をした。
「殿下の御心のままに」
言葉は従順だった。
けれど、その奥にあるものを、クラリッサは見逃さなかった。
彼は怒っている。
怒鳴らないだけで、怒っていた。




