第二十二話 登城
ジャン=バティスト・ド・シャトノワは、玄関広間で待っていた。
今日は王宮へ行くので、いつもより少しだけ整った服装をしている。
とはいえ、派手ではない。
濃紺の上着に白い襟。銀の細い留め具。王宮の文官として、目立たず、しかし失礼ではない格好だった。
クラリッサは階段を降りながら、それを見下ろした。
「ジャン」
「おはよう、クラリッサ」
「今日は少しだけ見栄えがよいですわ」
「それは褒め言葉なのかい」
「かなり努力しています」
「僕の言葉を使い回すのはやめてくれ」
ジャンは、彼女の髪のリボンを見た。
「青か」
「王女殿下のお望みですわ」
「似合っている」
クラリッサは足を止めた。
「今、何と?」
「似合っていると言った」
「ジャン、もう一度」
「一度で十分だ」
「もう一度言いなさい。記憶します」
「記憶しなくていい」
モルガナが横から言った。
「お嬢様の記憶は、褒め言葉の記憶にだけ優れておりますので」
「それは立派な才能ですわ」
「使い道が限られております」
ジャンは鞄を持ち直した。
「セラフィーヌ殿下の茶会は、表向きには親しい令嬢たちを招く内輪のものだ。ただ、モーヴリニー家のジスラン殿が同席する」
「王女殿下の婚約者候補ですわね」
「正式発表はまだだけどね。王宮内では、かなり話が進んでいるらしい」
「どんな方ですの?」
ジャンは少しだけ考えた。
「礼儀正しい。慎重。王宮で敵を作らない。言葉を荒げない。人に自分の意見を飲ませるのが上手い」
「最後だけ、少し嫌ですわね」
「君がそう感じるなら、たぶん嫌なんだろう」
「ジャン、最近わたくしの勘を信用してきました?」
「信用というより、無視すると被害が広がると学んだ」
クラリッサは胸を張った。
「つまり、信用ですわ」
「君は言葉を自分の都合のよい椅子に座らせるのが上手い」
「椅子の話はもう終わりましたわ」
「終わったのは婚約だよ」
クラリッサは少しだけ睨んだが、言い返さなかった。
王宮へ行く前に気分を乱すのは、得策ではない。そう思える程度には、彼女も少しだけ学んでいた。
ほんの少しだけ。




