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第二十一話 青いリボン

 王宮からの招待状は、薔薇の香りもしなければ、金粉も撒かれていなかった。


 それだけで、クラリッサ・ド・ラ・ギーズは少し信用した。


 このところ彼女の周囲には、余計な香りや余計な言葉や余計な白さが多すぎた。

 指輪は別の女の名を削られ、椅子は半歩後ろに置かれ、詩には名前がなく、手袋は白すぎた。

 だから、王女セラフィーヌ・ド・ヴォークランの手紙がただ静かな紙であったことに、クラリッサは妙な安堵を覚えた。


 ただし、文面の最後の一行だけが引っかかった。


 ――できれば、青いリボンをつけて来てください。


 クラリッサは、自室の鏡の前で招待状を持ったまま、何度もその一文を読んだ。


「青いリボン」


 彼女は呟いた。


「なぜ青なのかしら」


 背後でモルガナが、衣装箱からリボンを出していた。

 黒、白、薔薇色、菫色、薄緑。そして、深い湖のような青。


「王女殿下のお好きな色でございます」


「それは昨日聞きましたわ」


「では、何をお尋ねで?」


「好きな色だから、つけて来てほしい。普通なら、それだけですわね」


「はい」


「でも、なぜか普通に思えませんの」


 モルガナは青いリボンを手に取った。


「お嬢様の勘は、時々、よくないものにだけ働きます」


「良いものにも働きますわ」


「菓子の焼き加減くらいでございますね」


「十分重要です」


「王宮へ行く前に、菓子から離れてくださいませ」


 クラリッサは鏡の中の自分を見た。


 今日のドレスは、薄い灰青色だった。

 王宮に行くには控えめで、王女の茶会に出るには華がある。

 オルタンスが選んだものだ。

 クラリッサ自身はもっと明るい色を選びたかったが、王宮で目立ちすぎるのは愚かだと母に言われた。


 その理屈は正しい。


 正しいので、少し腹が立つ。


「お母様は?」


「奥様は、先ほどまで旦那様を落ち着かせておいででした」


「お父様、また青ざめていらっしゃるの?」


「王宮からの招待状ですので」


「わたくし宛てでしょう」


「それが、旦那様の心配を増やしております」


 クラリッサは不満そうに唇を尖らせた。


「わたくし、王女殿下とは以前から親しくしておりますのよ」


「親しいというより、王女殿下がお嬢様を珍しがっておいでなのです」


「珍獣みたいに言わないでくださる?」


「そこまでは申し上げておりません」


「近かったわ」


「否定はいたしません」


 モルガナは、青いリボンをクラリッサの髪に当てた。


 柔らかな金茶の髪に、青はよく映えた。クラリッサはそれを鏡で見て、少し満足した。


「似合いますわね」


「ええ。黙っていれば、たいへんお似合いです」


「言葉の後半が余計ですわ」


「前半だけでは、正確ではございませんので」


 そこへ、扉の外で控えめな声がした。


「クラリッサ。入ってもよいか」


 父ベランジェだった。


「どうぞ」


 ベランジェ・ド・ラ・ギーズは、部屋に入るなり、娘の髪の青いリボンを見た。

 顔には疲労と不安が混じっている。

 最近の彼は、娘の身支度を見るたびに、戦地へ兵を送る将軍のような顔をする。


「クラリッサ」


「はい、お父様」


「今日は王宮だ」


「存じておりますわ」


「王宮では、決して、騒ぎを起こさないように」


「わたくしが、いつ騒ぎを起こしましたの?」


 ベランジェは何か言おうとして、途中で諦めた。


 全部を挙げるには、朝の時間が足りないと思ったのだろう。


「とにかく、相手は王女殿下だ。セラフィーヌ殿下はお優しい方だが、王宮にはいろいろな目がある。言葉には気をつけなさい」


「ええ。わたくし、言葉にはいつも気をつけております」


 モルガナが背後で静かに言った。


「気をつけて、あれでございます」


「モルガナ」


 ベランジェは、青いリボンをもう一度見た。


「それは、王女殿下から?」


「つけて来るようにと」


「そうか」


 彼は少し考え込んだ。


「ジャン君も同行する。王宮の儀礼や、モーヴリニー家の立場について確認してもらうためだ」


「ジャンも?」


 クラリッサは少し明るい顔をした。


「便利ですわね」


 モルガナが即座に言った。


「お嬢様」


「頼れる、でしたわね。頼れる」


「言い直せるようになったのは、進歩でございます」


 ベランジェはため息をついた。


「ジャン君には、本当に世話になっている」


「お父様。最近、ジャンへの信頼が厚すぎませんこと?」


「お前への不安が厚すぎるのだ」


 クラリッサは言い返そうとして、やめた。


 自分でも、少しだけ反論しづらかったからである。


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