第十六話 またしても頼まれるジャン君
ジャン=バティスト・ド・シャトノワは、その日の昼前にラ・ギーズ家へやって来た。
彼は王宮記録局の文官らしく、黒に近い灰色の上着を着ていた。
いつもの如く派手さはない。だが、袖口も襟もきちんとしている。
クラリッサはいつも、ジャンの服には主張が足りないと思っていた。
もっと金糸でも入れればよいのに、と一度言ったことがある。
ジャンはその時、「僕の服まで君みたいに騒がしくする必要はない」と言った。
以来、クラリッサは腹を立てつつも、少し納得している。
「ジャン」
玄関広間に降りてきたクラリッサは、彼を見るなり言った。
「善人ですわ」
「本当に嫌そうだね」
「嫌ですわ!!」
「君がそう言うと、善人という言葉が気の毒にすら思えてくるよ」
「だって善人なのですもの」
「善人なら、まだ何も壊れていないじゃないか」
「善人すぎる方は、周囲に無言の説教をしているようなものですわ」
ジャンは鞄から数枚の紙を取り出した。
「ミロシュ・ド・ヴラニェク。子爵家の次男。兄が領地を継いでいるから、本人は王都で慈善事業に力を入れている。孤児院、貧民区の給食所、職人の未亡人への援助。表向きはかなり良い」
「表向き……」
クラリッサはすぐに食いついた。
「何かありますの?」
「何もない。今のところは」
「つまらないですわ!」
「相手に問題がないことを、つまらないと言うのはやめた方がいい」
モルガナが後ろから外套を持って来た。
「ジャン様。旦那様から、こちらもお預かりしております」
彼女は小さな封筒を差し出した。
ジャンは受け取り、中を見る。
「謝礼の前払いかな?」
「旦那様が、今回は心労が少ないことを願って、と」
「……願いを金に包んだわけね」
「古いお付き合いでございますから」
「祖先を恨むしかないのか」
クラリッサは横から覗き込んだ。
「いくら入っておりますの?」
「君の縁談よりは安い」
「比べるものではありませんわ」
「君が僕の仕事を増やすから、つい比べたくなるよ」
モルガナが静かに言った。
「今回は茶会でございます。さすがに大きな騒ぎにはならないかと」
ジャンは彼女を見た。
「モルガナさん」
「はい」
「それを言うと、だいたいそうなる」
クラリッサは胸を張った。
「わたくしを何だと思っているの!!」
ジャンとモルガナは、ほとんど同時に答えた。
「経験」
「長年の積み重ねでございます」
「二人で結託しないで!」




