第十話 詩の香りは薔薇の香り
リュザンクール家から届いた封筒は、腹立たしいほど優雅だった。
上質な薄青い紙に、銀色の封蝋。封蝋には、竪琴と月桂樹の紋章が押されている。
しかも、封筒の端からは薔薇の香りがした。
香水を落としたのだろう。
手紙というものは本来、紙と墨で足りるはずなのに、そこへ香りまで持ち込むあたりが、すでにリュザンクール家らしかった。
クラリッサ・ド・ラ・ギーズは、その封筒を両手で持って、食卓の前に立っていた。
「詩人ですわ!」
彼女は、まだ封を切ってもいないのに言った。
「詩人の方ですわ。今度こそ、わたくしに相応しい優雅な婚約ですわ!!」
ベランジェ・ド・ラ・ギーズは、娘のその声を聞いただけで、朝から少し老けた。
「クラリッサ。まだ婚約と決まったわけではない。あくまで顔合わせの打診だ」
「顔合わせの打診を、薔薇の香りのする封筒で送ってくる方ですのよ。これはもう、半分恋文ですわ」
モルガナが、銀の盆に温かい茶を置いた。
「半分恋文なら、残り半分は何でございましょう」
「運命ですわ!」
「紙と香水で運命が作れるなら、香料商は神父より忙しくなります」
「モルガナ、夢がありませんわよ」
「夢は寝室でご覧くださいませ。食卓では胃に重うございます」
ベランジェは手紙を受け取ろうとしたが、クラリッサはさっと胸元に抱え込んだ。
「お父様、これはわたくし宛てですわ」
「家宛てだ」
「でも、わたくしの婚約の話でしょう?」
「だからこそ、まずこの父が読むのだ」
「わたくしの人生なのに?」
その一言に、ベランジェは少しだけ手を止めた。
クラリッサは自分の言葉の重さに気づいていないようだった。
ただ封筒を抱え、子供のように目を輝かせている。
自分の人生と言いながら、その中身を薔薇の香りで判断しようとしているあたりが、彼女らしかった。
オルタンス・ド・ラ・ギーズが、静かに言った。
「クラリッサ。封を切りなさい。ただし、声に出して読む前に、一度自分で目を通すこと」
「なぜですの?」
「あなたは、読んでいる途中で感想を挟みすぎるからです」
「わたくしは感性が豊かなのですわ」
モルガナがすぐに言った。
「こぼれやすいだけでございます」
クラリッサは不満そうにしながらも、銀の小刀で封を切った。
中から出てきたのは、厚手の便箋だった。
文字は流れるように美しい。
余白も広い。
文章を書くより、余白を見せることに慣れている人間の手紙だった。
クラリッサは目を走らせた。
一行目で、唇が緩んだ。
二行目で、頬が薄く赤くなった。
三行目で、完全に危険な顔になった。
「お父様」
「何だ」
「この方、たいへん見る目がありますわ」
ベランジェは額を押さえた。
「まだ三行しか読んでいないだろう」
「三行で人はわかります」
「お前は何度も婚約を壊してきたな」
「それとこれとは別ですわ」
クラリッサは便箋を胸に当てた。
「『あなたの眼差しは、夜明け前の湖に落ちる星のごとく』ですって」
モルガナが無表情で茶を注いだ。
「湖も迷惑でございましょう」
「なぜですの!」
「星を落とされては、波紋が立ちます」
その時、食堂の扉が叩かれた。
家令が入ってきて、一礼する。
「ジャン=バティスト・ド・シャトノワ様がお見えでございます」
クラリッサはぱっと顔を上げた。
「ジャンが? ちょうどいいですわ。詩の感想を聞かせましょう」
ベランジェは小さく咳き込んだ。
「いや、彼にはリュザンクール家との顔合わせの日取りと、縁談条件の確認を頼んだのだ」
「同じことですわ」
「同じではない」
「詩も条件の一部です」
モルガナが静かに言った。
「お嬢様にとっては、かなり大きな部分でございましょうね」




