102.復活プロジェクト
猫の巣号の機能は充実してる。
だから入り浸る猫耳は多い。
ベリルがその代表格だ。
「僕らに向けて非難声明? そこって、まともな国だよね?」
報告を聞いたベリルが目を丸くする。
敵には容赦はないが、敵と認識するまでは慎重なんだ。
「まともな国と認定するかどうかは陛下の御意思次第です。非難声明といっても表現は穏当ですし、神聖猫耳王国とその傘下組織に属する宇宙船の巡航速度についての懸念を表明する内容です」
説明するブランの役職は相変わらず秘書官だ。
ただし神聖猫耳王国の国王の唯一の秘書官なので、ベリルの側近中の側近だ。
時代劇でいうなら側用人かな?
俺も時代劇に当てはめると、追い落とされる古くからの家臣になるのかもしれない。
「サルくんさあ」
何故か(俺の表情が分かり易すぎるという現実は直視したくない)ベリルが呆れた目を俺に向けている。
ブラン秘書官は『専門家としての能力は高いけどそれ以外に駄目な部分が多い人』に向ける目をしている。
俺は咳払いをしてから、真面目な顔で発言を始めた。
「ベリル運送時代から、我々は光速の数万倍で飛んで日帰りするのが当然でしたが……。どうやら我々の速度感覚は、この銀河では少数派のようですね」
「サルくん。真面目にできるときは最初から真面目にしてよね。それで先輩っ、じゃなくてブラン。非難声明以外の反応はどう?」
ベリルも仕事なのに私情が漏れている。
ブラン秘書官に対する態度を見る限りでは、日常では甘えん坊なのかもしれない。
「大部分は我々との取り引きの継続を望んでいるようです。銀河輸送と繋がりの強い国も、現時点では銀河輸送への武力提供の動きはありません」
「味方はしないけど儲けは欲しいかあ……。敵にならないならいいけど」
「幸いなことに感触は悪くありません。こちらをご覧下さい」
ブランとベリルが艦橋の一部を借りて会議をしているのを特等席(昼寝用のソファーベッドともいう)から見ていた俺は、嫌なことを思い出す。
地表の歴史の、血生臭い部分だ。
「友好関係であっても、相手が落ち目になれば関係を断ってきたり襲って来たなんて話はよく聞きます」
「サルくん。冗談は……それ、冗談じゃないんだ。先輩、悪いけどもう一度、今度はノワールも動かしていいから、今回非難声明を出した国をもう一度調べて」
「拝命いたします。調査対象に属する人間の買収も並行して進めましょうか?」
「んー。それはあくまでついでで。情報収集の手段としての買収なら許可するよ」
ブラン秘書官は深々と頭を下げて、艦橋にいくつもある通信席のひとつに座り、ベリルからの命令を実行する。
その背中というか、猫耳用の椅子から見える尻尾へ向いているベリルの瞳が、俺が見たことのない色をしている。
絶対に悪意ではないが、非常に濃い感情の色だ。
(馬に蹴られたくはありませんね)
俺は慌てて意識を切り替える。
個人同士の大事な感情のやりとりに無遠慮に顔を突っ込めば、本当に追い落とされても文句は言えない。
「サルくん。僕、ちょっと仮眠をとるけど、サルくんから何か報告とかある?」
「最近、トーティが構ってくれないんですよ。飯と風呂と寝るときだけ帰ってきて、それ以外はペットを連れて宝探しですよ」
トーティは【見】れるし【声】を届けることもできる。
足と武力はペット(機動要塞)がいれば過剰なほどなので、周辺星系だけでなく星系外のデブリで遊んでいても、止める理由がない。
「最近、港湾区や整備区に持ち込まれる妙に古いパーツは、姪ちゃんが出所かあ。あれ目当てで銀河帝国から光翼人間が結構来てるんだよね」
「ひょっとして報告が陛下まで行ってませんでしたか?」
「ペットの躾が、ね」
「ああ……」
ベリルも俺も、困った顔になる。
ペットどもは、全力を出してもリゼーレにかすり傷を負わせることもできず、俺が【見】ればすべての情報を抜き取られてしまう存在ではあるが、リゼーレと俺が関わらないなら極めて強力な存在だ。
撃破するなら猫の巣号とその艦載機の全力を叩きつける必要があるほどだ。
だから調子にのって、提出すべき報告書を提出しない。
トーティが命じれば、ほとんど瞬時に作成して提出してしまえるのに、トーティが命じるのを忘れていたら何もしないのだ。
「不都合であればいくつか処理します」
神聖猫耳王国の元首はベリルで、俺もトーティも国民だ。
理不尽な命令なら拒絶することもあるだろうが、常識的で真っ当な命令や要請なら拒否する理由はない。
「んー。自動でデブリや敵からの遠距離攻撃を打ち落としてくれるし、銀河輸送に直接侵攻をためらわせる効果はあるし、姪ちゃんが人を使う練習台にもできる。迷惑をかけられる分を差し引いても、飼っておく価値はあるよ」
「感謝します。娘も喜びます」
「姪ちゃんって、恵まれた生まれの割りに良い子だから可愛いんだよね。だからつい甘くしちゃう」
ベリルからの評価は嬉しい。
娘を褒められるのは、俺自身を褒められるのとは比較にならないほどの快楽だ。
「陛下。サルさま。緊急度の高い報告が届いています」
会話に区切りがついたタイミングでブランが報告する。
おそらく、新たに宣戦布告されたとか、大きな被害が出たとかの報告ではないはずだ。
もしそんな報告なら、会話中でも関係なく報告するよう、ベリルも俺もあらかじめ命令している。
「商品の輸送に失敗?」
「はい。同乗していた下僕の方が危険を察知して強権を発動しました。積み荷はその場に投棄済です。今から約1時間後に母港に到着する見込みです」
「報告ありがとう。……銀河輸送の攻撃かな?」
ベリルの独り言だと判断して俺は沈黙する。
ただし、意見を求められたらいつでも応えられるよう、ソファーベッドから普通の席に移動して情報を表示させる。
ついでに、延髄から伸びるケーブルを、専用のコネクタへ繋ぐ。
他の船とは違い、俺に一切負担を感じさせずに、俺が【見】た情報が猫の巣号へコピーされていく。
「姪ちゃん、こっちへ向かってきてる?」
「いえ、まだ帰宅予定時刻まで2時間は……本当ですね。帰ってきています」
昔に比べて自力センサーの性能は上がったが、俺の脳味噌は加齢による衰えはあってもパワーアップはしていない。
だから、俺が【見】て感じはしたが、俺の頭ではまだ処理できていない情報が、他人の手により俺より早く分析されることがある。というより、最近多い。
ひょっとしたら、これが本来の『生体パーツ』の運用方法かもしれない。
『生体パーツ』の維持にかかるコストが巨大過ぎるので『簡略化』されたのが今の『目や神経の一部しか残らないような生体パーツ』なのかもしれない。
そんなことを、ふと、思った。
「あの、陛下」
「うん。デブリは念入りに掃除してるけど、光速の10万倍以上で飛ぶのはよくないよね」
教えられた方向へ意識を向ける。
光速の11万倍で飛ぶ機動要塞と、その艦橋の一番いい席に行儀良く座るトーティが【見】えた。
機動要塞が1つだけなのは、他の4つの修理が終わっていないからだ。
修理が終わるとどんな騒動になるか想像すると、今から胃が痛くなりそうだ。
【お父さーん!】
トーティの【声】を聞けたのは嬉しい。
しかしこの【声】の響きは、親愛『ではなく』面倒事を押しつけようとするときの【声】だ。
【なんか変なの捕まえたー!】
『『『人間と野生動物と人工生物を混ぜたような奇怪なものから襲撃を受けました。我々がいる限りマスターに傷ひとつつくこともありませんが、事情説明のために捕獲してあります』』』
ペット(機動要塞)が減速を開始する。
母港との距離も近づき、母港にいる下僕たちの自力センサーでも見えるようになる。
「「えっ」」
俺とベリルが驚きで声をもらす。
ペットがトラクタービームで1隻の特大宇宙船を牽引している。
それは葉巻型だ。
それは新装甲で守りを固めている。
それは、地球に宇宙海賊を呼び込み、地球人を売り払って武力を貯え野望を追っていた、最悪の裏切り者の船に酷似していた。
「データベースにある情報と94パーセントが一致しています」
ブラン秘書官が淡々と説明する。
その声を聞いて、俺とベリルはなんとか気持ちを切り替えた。
『トーティ。戦争案件の可能性があるので、その船の件は俺が引き継ぎます。船に生存者はいますか?』
【うん! とっても元気だよ! 通信つなぐね!】
『手錠を外せ! 地球を宇宙人に売り渡した裏切り者め!』
髪は明るい茶色。
年齢は成人して少しくらいか。
真新しいパイロットスーツに身を包んだ、地球人に見えた。
「サルくんのことを言ってるの?」
『おのれ猫耳星人め! 貴様らが羽人間と組んで地球を侵略したことは分かってるんだ! ちくしょう!』
【そうだったの!?】
トーティの猫耳と尻尾がピンと立った。
「姪ちゃん? 武器を向けてくるような人の話を素直に聞いちゃ駄目だよ。動揺させるために、嘘や誇張表現を使うのは、戦術の基本の基本だからね」
「一部だけ嘘を交ぜるのも基本ですよ。我々神聖猫耳王国が光翼人間の主流派である銀河通商および銀河帝国と協力関係にあるのも事実ですし、かつて地球人のものだった惑星が近いうちに売却されるのも、それに我々が半ば協力しているのも事実です」
『侵略を認めたな!』
俺が【見】終わるまで1秒もかからない。
口から冷笑がもれそうになる。
ケーブルと猫の巣号を経由して内容を把握したベリルもブランも、トーティを怯えさせない程度に冷たい表情になる。
「あなたにとってそれが真実なのは理解しています。しかし、我々を邪悪な侵略者と本当に思っているなら、拷問を警戒して口を慎むものだと思いますよ?」
拷問なんて時間の無駄をする趣味はない。
単に『お前はそこまで考えなしの人間なのか?』『格好をつけて結果殺されるのを望んでいるのか?』という問いを言い換えて投げつけているだけだ。
「姪ちゃん、そいつ、船ごと指定の場所に投げちゃって」
【うん!】
『やめろぉ!』
今にも殺されそうに叫んでいる。
トーティが【殺さないよね?】と心配そうな目で俺を見る。
俺は無言で猫耳が狩りごっこのときにする仕草で『脅かすだけです』と伝えると、トーティが笑顔で勢いよく頷いた。
「じっくり尋問させてもらいますよ」
猫ボートのトラクタービームで受け止められた葉巻型特大船から、恐怖の声が延々と流れ続けていた。
☆
「自分、これから先輩とデートの予定っすよ?」
「演習です演習! ブルネット、落ち着いて下さい!」
トーティとブルネットと10ヶ月後には会える息子に誓って、俺は浮気などしない。
なのに、ブルネットだけでなくベリルもキンも、信用しきれてない態度だ。
「だって、さあ」
「サルとスッスは操縦に熱心すぎるにゃ。体が触れてないだけでやってるようなものにゃ?」
「理不尽です!」
残念ながら、俺の反論はほとんど効果はない。
スッスは「冗談っす」と言ってから、トーティを襲おうとして捕縛された人間のデータを画面に表示させる。
「自称『銀河輸送に復活させてもらった地球人』っすか」
「銀河輸送についてですが、本隊は数が多いですから移動に時間がかかるため、少数を使い捨てにして猫耳王国に嫌がらせを試みているようです」
機動要塞に1隻のみで襲いかかるなどただの馬鹿だが、時間稼ぎにはなる。
商品の輸送を何度か失敗させられて猫耳王国の信用に少しダメージがあるので、こちらも無傷ではない。
「人間の定義なんて種族や国で違うっすけど、これ……失礼。この人間は、目と神経の一部をもとに作った人造人間っす」
ショックは受けないが、意外ではあった。
「スッス。上位存在は無関係なの?」
「わざわざ地球人っぽく造った理由は分かりますか?」
「陛下も先輩も一度に言わないで欲しいっす。上位存在の関与の有無は分からないっす。地球人っぽくした理由もっす」
スッスはこの状況では嘘も冗談も言わない。
スッスの知識と技術では、これが結論なのだ。
「自力センサーの性能はどうにゃ? まさかサルなみとか言わねーにゃ?」
「それは大丈夫っす。下僕さんと比べてもかなり下で、地表から採用された直後の新人下僕さん(操縦Lv1+)と同程度っす」
それなら安心ですね、と言いかけた俺に自力センサーが警告を発する。
音でも文字でもない、戦力評価を間違っていることを知らせる感覚だ。
「スッス。その人造人間に使われている技術で、自力センサーの性能を保ったコピーは生産可能ですか?」
会議室の空気が冷える。
スッスが大きく息を吐く。
「コピーの生産は可能っす。あの人造人間も『目と神経の一部をもとに』造られただけで、もとの『目と神経の一部』は使われてないっす。……おそらく元の生体パーツの性能は下僕さんより少し下(操縦Lv2+)程度で、100人造ったらひとり、ちょっと劣る(操縦Lv2)のができるっす」
「銀河輸送なら千でも万でも生産できるにゃ」
「理屈は分かるけど、そこまでする?」
「作戦を修正すべきです。自力センサーは、数があればある程度なら質を補えます。母港周辺の索敵も、下僕たち(操縦Lv3)がそれぞれ別の方向を索敵することで、スッス(操縦Lv4-)に匹敵する能力を発揮しています」
これまでは俺たちに有利に働いていた自力センサーの性質が、今は俺たちに不利に働いている。
「うん。分かった。サルくんは最低限必要なだけ指示を出したあとは休養に入って、万全な状態で敵主力と戦うことを優先して」
「了解です」
「船長猫耳の休暇はぜんぶ取り消し。修正した作戦にあわせて訓練と待機。今すぐとりかかって。以上!」
決戦は、すぐそこまで迫っていた。
前回から変化なし




