罰の始まりと、中庭の対峙
翌朝、目を覚ますと、枕元に衣服がたたまれて置いてあった。
それは、白いランニングシャツと、体操服の紺色の半ズボンだった。
母親が用意してくれたものだった。
ぬくぬくとしたパジャマを脱ぎ捨て、その二枚だけに袖を通す。
さらに、靴下は履かない。私は裸足のまま直接スニーカーに足を突っ込むと決めていた。
一月の朝の部屋の空気が直接肌に触れて、ぞくっと身震いが走った。
いよいよ、あの途方もない自ら課した罰が始まるのだという緊張感が、私の小さな心臓を早鐘のように打たせた。
居間へ行くと、朝食が待っていた。
気のせいか、いつもよりもご飯の量が多く、おかずも心なしか豪華な気がした。
これから飢えと寒さに立ち向かう息子に対する、母なりの無言の配慮だったのだろう。
玄関で靴を履き、ドアを開けた瞬間、一月の突き刺さるような木枯らしが私の裸の腕と太もも、そして裸足の足首をなでた。
思わず、「寒い……」と言葉が漏れた。
すかさず、見送りに立った母親が言った。
「ほら、やっぱりその格好は無理よ。ランニングシャツと半ズボンは、放課後に校庭を走るときだけでいいんじゃないの?」
その言葉が、またしても私のあまのじゃくな導火線に火をつけた。
「いや、一日中ずっとこの格好でいるよ。そんなに寒くないし」
私は震えそうになる顎をぐっと噛み締め、強がりを言って笑ってみせた。
外に出ると、歩くたびに裸足の足元から冷気が昇ってくる。
しかし、私は心の中で強く誓った。
(もう二度と、誰の前でも『寒い』なんて泣き言は言わないぞ)と。
それからは「寒い」とは絶対に言わない、かなり強がりな子供になっていた。
◇
学校までは歩いて三十分ほどの距離だった。
正直に言えば、道中は凍えるほど寒かったはずなのだが、不思議と当時の記憶に「通学路の寒さ」はあまり残っていない。
それよりも、この格好で教室のドアを開ける瞬間の緊張感の方が、寒さを完全に上回っていた。
ガラガラと音を立てて教室に入ると、周囲の反応は様々だった。
当時の教室には暖房などなく、今から思えば十分に寒かったはずなのだが、極寒の外から入った瞬間は、相対的にじんわりと暖かく感じられたのを覚えている。
私が友達をいじめたこと、そして私が受ける罰の内容を知っていた仲の良い友達は、私の丸坊主とランニング姿を見るなり、
「おい、やるじゃん!」
「マジでやってきたのかよ!」
と、どこか面白がりながら、半分褒めるような声をかけてきた。
一方で、事情を全く知らない大半のクラスメイトたちは、一月の真冬に突然裸同然、しかも裸足で現れた私を見て、「どうしたの?」「何かのゲーム?」と、ごく普通に、しかし怪訝そうに尋ねてきた。
いじめの免罪符としてこんなことをしているのだ、と自分から説明するのは気が進まなかったため、私は、
「まあ、心境の変化だよ」
と、大人びた口調で誤魔化した。
そのうちに噂はクラス中に広まり、女子たちが遠巻きにヒソヒソと話しているのも見えたが、当時の小学校は男女の交流が少なかったこともあり、私はさほど気に留めなかった。
思ったよりも、世界はいつも通りに回っていた。
◇
午前中の四時間の授業は、何事もなく過ぎ去った。
いつもと違うのは、自分の袖口から伸びる腕が白く剥き出しになっていることだけだった。
そして四限目が終わり、チャイムが鳴った瞬間、本格的なメニューの幕が上がった。
教室中が給食の準備で賑やかになり、カレーの匂いが漂い始める。
私は自分の机を離れ、一人で静かに教室を出た。
一時間余りある昼休みのすべてを、私は「給食抜き」と「トイレ掃除」、そして「正座」に費やすのだ。
冷え切った誰もいない男子トイレに入り、バケツの水に雑巾を浸す。
裸足の足元から、そして指先から感覚が同時に消えていくように冷たくなった。
床を磨き、便器を洗い、一人きりで黙々と作業を続ける。
三十分ほどで掃除を終えると、私は次なるメニュー、三十分間の「正座」へと向かった。
通常、学校で正座の罰を受ける生徒は、人目のつく校内の廊下ですることが多かった。
しかし私は、あえて屋外の中庭を選んだ。
そこは、すべての校舎の廊下から見下ろされる、遮るもののない特等席だった。
人に見せびらかすためではない。誰もが見ている場所で、逃げも隠れもしないという意思表示だった。
けれど、冬の昼下がりの太陽はそこには届かず、北風の吹く、校内で最も凍てつく日陰のコンクリートだった。
その冷たい地面に、直接裸足の足を折りたたみ、膝をつき、背筋を伸ばす。
最初の十分間は、まだ掃除で動かしていた体の余熱があり、耐えられた。
しかし、十五分を過ぎ、二十分が経過する頃には、完全に体が冷え切ってしまった。
木枯らしが容赦なくランニングシャツを通り抜け、皮膚を粟立たせる。
膝から下の感覚が徐々に麻痺していくのが分かった。
しかし、初日という極限の緊張感のせいか、私は不思議とつらさを感じることもなく、ただじっと三十分の終わりを告げる時計の針を睨みつけていた。
その時だった。
「……おい」
静かな中庭に、声が響いた。
見上げると、そこには、私が前週にいじめてしまった当の友達が立っていた。
彼と私は、ずっと仲が悪かったわけではない。
むしろ、それまでは普通に一緒に遊ぶような関係だった。
私の身勝手な悪意によって、彼を深く傷つけてしまったのだ。
先生に叱られた際、私は彼に謝罪を済ませていたが、まさか彼が、こんな私の醜態を見に中庭まで来るとは思っていなかった。
彼は、寒空の下で丸坊主になり、ランニングシャツ一枚、裸足のままガタガタと震えながら正座をしている私を、じっと見つめていた。
「僕のために、こんなことしなくていいよ……」
彼はぽつりと、私を気遣う言葉をくれた。
いじめられた張本人が、いじめた側の私に向かって、これ以上自分を痛めつけるなと言ってくれたのだ。
正直に言えば、その時の私は正座による足の痛みと、体の芯から襲ってくる寒さに頭がいっぱいで、彼の表情を細かく観察したり、その言葉の意味を深く考えたりする余裕などまったくなかった。
ただ、極限状態の中で意固地になり、完全に歪んだプライドの塊と化していた私は、ガタガタと震える背筋を必死に伸ばしたまま、彼に向かってこう言い放った。
「君のために罰を受けてるんじゃない。僕のためにやってるんだから、大丈夫だよ」
それは、優しさを拒絶するような、ひどく冷たくて頑固な言葉だった。
しかし、それが当時の私の本音だった。
私は彼への免罪を求めて走っているのではない。彼に許してもらうために正座をしているのでもない。
自分の中にある、友達をいじめるような「醜い自分」を、自分の手で叩き潰し、清算するためにやっているのだ――。
彼はそれ以上、何も言わなかった。
奇妙なことに、この日を境に、彼との関係がギクシャクすることはなかった。
その後はまた以前のように、昼休みや放課後に何事もなかったかのように一緒に遊ぶようになった。
ただ、二人ともあの「中庭の出来事」や、私のこの奇妙な格好については、あえて一度も口に出さず、触れないようにしていた。
それは子供ながらの、互いのプライドを傷つけないための暗黙のルールであり、彼なりの決着の付け方だったのかもしれなかった。
第3章をお読みいただきありがとうございました。 被害者である彼からかけられた言葉に、あろうことか拒絶で返してしまったあの瞬間。当時の私の歪みきったプライドが、今でもひりひりと胸を刺します。 次回、第4章「牙を剥く冬、雨と雪の地獄」。本当の肉体的地獄が幕を開けます。




