第147話 荷車
カリオス一行がマリルタを出て三日後、ひたすらに森の中を進んでいたその道が、ついに上り坂へと姿を変えていった。
そんな現実と目の前に聳えている山を眺めながら、タシェルが小さく溢す。
「うそでしょ。あれを超えるの?」
カリオスは心の中で同感だと呟きながら、他の面々へと目を向ける。
屈強なオルタはもとより、ミノーラもあまり抵抗は無さそうな顔をしている。
クリスはと言うと何とかオルタの隣を歩こうと早歩きをしているようだが、歩幅が違いすぎるため、かなりきつそうだ。
時折太ももを軽く叩いている様子を見るに、相当足に来ているみたいだ。
「クリス君。大丈夫?」
「だ、大丈夫たい!俺はまだまだ歩けるけん!」
ミノーラに尋ねられたクリスが明らかに動揺を見せながらも見栄を張った。
十五になるかどうかと言う年頃の少年の言う事だ。そっとしておいてやろう。そう考えたカリオスは、気を取り直して歩みを強める。
ボルン・テールからマリルタへと向かう途中に超えた山よりは小さいが、この山も充分大きい。
まだ日は天辺まで登り切っていないが、超えるのはそれなりに時間を要するだろう。
「カリオスさん、少し先の方から、誰かの声が聞こえました。何やら襲われているみたいです。」
カリオスが気を引き締めた途端、ミノーラがそのような事を告げる。違う意味で気を張った彼は、即座にオルタとタシェルに視線を飛ばす。
初めに言葉を発したのは、タシェルだった。
「ミノーラ。先に行って様子を見て来てくれる?シルフィも、ミノーラに着いて行って、もし必要なら手伝ってあげて。手伝いが必要なさそうなら、私に状況を教えに戻ってちょうだい。」
「分かりました!行きましょうシルフィ!」
そう告げたミノーラは、勢いよく飛び出したかと思うと、坂道を猛烈な勢いで駆け出して行った。
「俺達も急ごうぜ!」
オルタの号令で、カリオス達も駆け出す。
既に姿が小さくなってしまったミノーラを追って走るカリオスは、背後で誰かが転倒するような声を聞き取る。
『挟み撃ちかっ!?』
足を滑らせながら背後に向き直った彼は、転倒しているクリスに気づき、襲撃があったのではないと気づく。
「痛っ!」
脚に限界が来ていたのだろうか、右足を抱えて座り込んでいるクリスは、カリオスと目が合った途端、声を張り上げる。
「は、速く行けよ!俺に構わんでいいけん!」
「クリス、焦らすなよ。俺、てっきり背後から襲われたのかと思ったぜ。」
カリオスと同じように考えたのだろう、一つため息を吐いたオルタが、そうぼやく。
「二人は先に行ってて、私はクリス君を連れて後から着いて行くから。」
そう言ってクリスの元へと駆け寄ったタシェルに返事をすることなく、カリオスは踵を返して走り出した。
すぐにオルタも着いて来る。
それにしても、いったいどれだけ遠い場所の音を聞いたのだろう。かなり先の方に、なにやら荷車のような物が見える。
「あそこだな!カリオス、先に行くからな!」
そう告げたオルタは、巨大な荷物を背負っているとは思えないほどの速度で走り出した。流石に着いて行けないカリオスは、そのまま自分のペースを保つ。
あっという間に荷車に辿り着いてしまったオルタが、何やら身構えて微動だにしない。
その他にも人影がいくつか確認でき、その内の一つがオルタに向かって切りかかった。
そんな人影がオルタの剛腕で吹っ飛ばされるのを見て、取り敢えずは安堵しつつも、籠手を一度だけスライドする。
動きを見るに、それほどの手練れが居るわけでは無さそうだと判断したが故の判断だ。
そのまま、オルタとミノーラに合流したカリオスは、改めて状況を確認する。
その場にいたのはカリオス達三人以外に十五人。
十五人の内、四人は荷車の持ち主なのだろう。
荷車を守るように槍や剣を構えている軽装の男が三人と荷車を引いている男が一人いる。
残りの十一人は全員がみすぼらしい格好をした男で、多種多様な武器を構えながら荷車を囲もうとしている。
状況から考えて、山賊なのだろう。荷車の中身が何かは知らないが、狙いは明らかにそれである。
そんな山賊達は突然現れたミノーラの威嚇とオルタに切りかかった一人が起き上がらない様子を見て、既に戦意を喪失しているようだった。
オルタの近くで山賊達に対峙したカリオスは、追い打ちとばかりに、籠手を上空に構える。
そして、拳を握り込んだ。
衝撃が空気を揺らし、破裂音が響く。
その破裂音は同時に、彼の右腕を蝕んでいった。
猛烈な痛みに顔を歪めそうになるが、なんとか耐え抜く。しかし、右腕を上げていることに耐えられず、そのままだらりと振り下ろしてしまった。
思わぬダメージに焦ったカリオスだったが、山賊達の様子をみて安堵する。
先ほどの破裂音がきっかけになったのか、散り散りに逃げ去って行く後ろ姿を見送った彼は、右肩を摩った。
『まだ怪我が完全に治った訳じゃないのか。これはかなり痛いな。骨に響く。』
傷口自体は塞がっているはずなのだが、痛みは引いていない。後でタシェルに相談しようと考えたカリオスは、目の前に意識を戻す。
「ありがとう、助かったよ。その犬はアンタらの犬かい?」
槍を構えていた男が、オルタに向かって話しかける。しかし、和んだその場の空気は、とある言葉で大きく揺らいだ。
「なんだか、お肉のニオイがします!もしかして、その荷車にはお肉を積んでるんですか?」
鼻をスンスンとさせながら荷車に近づいたミノーラがそう告げる。そんな彼女に気づいた男達は、大きく目を見開きながら、武器を構えて告げた。
「化け物だぁ!」
その言葉に憤慨したミノーラをカリオスがなだめたことは言うまでも無いだろう。




