第148話 下坂
「いやぁ!悪い!初めて見たから、流石に驚いちまった。ごめんな、ミノーラ。」
「良いですよ、お肉に免じて許してあげます。」
既に貰った肉を食べ終えてご満悦のミノーラが、荷車の護衛をしていた男の一人と話している。
『肉が無かったら、どうなったんだ……。』
そんなことを考えつつ、カリオスは今後のことを考える。
山賊を追い払い、ミノーラを宥めたカリオス達は、そのままタシェルやクリスと合流し、荷車の護衛を引き受けた。
どうやら荷車を運んでいた彼らは、カリオス達と同じくエーシュタルを目指しているらしい。
「そんなに大量の肉を持って行って、どうするんだ?売るのか?」
「あぁ、その通りさ。何せ2日後には武闘会があるからな。って、あんたらもその武闘会が目的なんじゃないのか?さっきの腕っぷしから見れば、なかなかいい線行くと思うけどなぁ。」
「武闘会ってのは何だ?」
「なんだ?武闘会を知らないのか?」
荷車を押しながらも質問を投げつけているオルタに対して、槍を持った男が少し呆れながらも答えている。
呆れると言うことは、ある程度の常識的な知識なのだろうが、生憎カリオスは聞いた事も無かった。
他の皆はどうなのだろう、と辺りを見渡してみる。
ミノーラが知らないのは当たり前として、クリスもどうやら知らないらしく、興味深くオルタ達の会話に耳を傾けている。
流れでタシェルに目を向けたカリオスは、何かを言いたそうにしている彼女の様子に気が付く。
しかし、タシェルが言葉を発するより先に、槍の男が説明を始めた。
「武闘会ってのは、エーシュタルで年に一回開かれる、闘技大会だ。ルールはあるが、基本的に武器や戦術は何でもあり。最強の闘士を決めるための大会なのさ。そして、昨年までの十年間、ずっとチャンピオンを取り続けているのが、あのノルディス長官さ!くぅ~!しびれるだろ!?軍部の長官として頭が切れるだけじゃなく、腕っぷしも本物ってわけだ。まず間違いなく、この国最強の男だろうな。」
得意げに話している男の様子から、そのノルディスと言う男への憧れや尊敬の念を感じ取ることが出来た。
そんな話に現在のオルタが反応しないわけが無い。そう考えたカリオスの予想は的中した。
「そのノルディスって男。すげぇな。十年間、勝ち続けてるのか。」
「すげぇ、カッコいい!」
感慨深そうにつぶやくオルタと、実直に興奮を顕わにするクリス。
どうやら、槍の男の話は二人の男の心を揺さぶったようだ。
「すごいですよね。ノルディス長官。確か、彼もウルハ族の方ですよね。」
「お!お姉さん良く知ってるじゃないか!そうだよ、ノルディス長官はウルハ族だ!あの屈強な腕っぷしから放たれる力強い一撃は、そりゃ見てるだけで盛り上がるってもんだ。」
ようやく会話に入って来れたタシェルの言葉に、槍の男が賛同する。
「タシェルは、武闘会の事知ってたのか?」
まるでカリオスの疑問を代弁するように、オルタが質問を投げかける。
ボルン・テールまで武闘会の話が届いていたのだとすれば、オルタがその話を知らないのは少し変な気がするが、何か理由があるのだろうか。
「うん、精霊協会の支部がエーシュタルにもあって、そこからの定期報告に上がってるのを見たことあっただけ。流し見してたから、簡単な情報しか知らないけど。」
「ほう!お姉さんは精霊協会に所属してるのかい?だったら、氷の乙女、イルミナのことは知ってるだろう?」
『どうでも良いけど、この男良く喋るな。』
楽しそうに話し続けている槍の男を眺めながら、カリオスは思った。
そんな男の話しっぷりに圧倒されていいるのか、ミノーラがすっかり大人しく話を聞いている。
もしかすると、知らない単語が多すぎて、話に入っていけないのかもしれない。
そーっと彼女の様子を伺ってみたカリオスは、思った以上に神妙な面持ちで話しを聞いている表情に気づき、なんとも言えない罪悪感を覚える。
「はい、一応知っていますよ。イルミナさんは協会内でも有名ですから。」
「一説では、ノルディス長官よりも強いという話があるんですがね、彼女、今まで一度も武闘会に出場したことが無いことから、実力が未知数なんです。」
「そんなに強いのか?タシェル。」
「えーっと、私も直接お会いしたことは無いので、なんとも、ただ、本気を出せば辺り一面を凍らせることが出来ると聞いたことがあるので、そもそも勝負にならないのかもしれないですね。」
「あの!タシェル!」
タシェルの言葉を聞いていたミノーラが、不意に声を上げた。
今まで話に入って来なかった彼女が声を上げたからだろうか、他の面々は黙って聞き入っている。
それはカリオスも同じだった。
「その、イルミナさんって人は、タシェルと同じように、精霊術師なの?」
「そうよ。氷の精霊と契約してる精霊術師で、その技術も熟練の域に達してるらしいわ。」
そう告げるタシェルの顔色が、どこか陰ったのをカリオスは見逃さなかった。
イルミナについて何か思うところでもあるのだろうか。
そう思ったカリオスの懸念を余所に、ミノーラが質問を重ねる。
「すごい人なんですね!ってことは、ドクターファーナスみたいに色々と教えてくれるかもですね!なんだか楽しみになってきました!」
「あ……そ、そうね。」
口ごもるタシェルの様子に気づくことなく、ミノーラは足取り軽く歩いている。
そんなミノーラの後ろ姿を寂し気な表情で見つめているタシェルを見たカリオスは、思わずオルタと顔を見合わせてしまう。
オルタも彼女の様子に気が付いているのか、どこか心配そうに様子を見ていたようだ。
『ま、後で聞こう。』
少し先に上り坂の天辺が見えてきた。
荷車のゆっくりな速度に合わせて歩く一行は、しばらくして天辺に辿り着くと、眼下に広がる平原に目を奪われる。
平原を挟んで反対側には、大きな山脈が横たわっている。
その様子から見るに、この平原は東西に延びる二つの山脈に挟まれているようだ。
そんなだだっ広い平原のど真ん中に、大きな城塞が佇んでいる。
幾つかの塔や城壁などの他に、城下町と思われる集落も目に入る。
少しいびつな形をしたその街を目にし、カリオスは思わず足を止めてしまった。
『やることが沢山あるな。』
一つ、息を吐きだした彼は、改めて足を動かし始める。
そうして、下り坂を降り始めたのだった。




