第128話 無粋
カリオスとオルタが、二人の男を挟むように位置し、オルタの右斜め後ろに女が居る。
位置取りで言えば状況が硬直してもおかしくは無いが、人数や実力から考えると、オルタとカリオスに勝ち目があるとは思えない。
そんな分析をしてみるオルタだが、不思議なことに、彼らは追撃をしてこなかった。
こちらから仕掛けるか、彼が迷い始めたタイミングで、短刀を持っている男が口を開く。
「カリオスとオルタ……は、確認できたな。あとは、何だっけか?ミノーラか。一番の目玉だな。なぁ、オルタ。ミノーラはどこだ?早く出せ。」
「お前らは何者なんだ?なぜ俺達を狙う?」
オルタは男の問いに答えず、質問を投げつけた。
問い返されたことにイラついたのか、男は首を横に振りながらため息を吐くと、静かな視線を飛ばしてくる。
「なぜ狙うかって?おいおい、お前さんは良い歳した大人なんだろう?だったら、そろそろ世の中のルールってもんを理解してないと、恥ずかしいぜ?いいか?特別に教えてやる。行動には気を付けろ。たいていは、その行動にたいするしっぺ返しがあるもんだ。」
男の言っている意味が、オルタには良く分からなかった。しっぺ返し?オルタはこの男たちに対して何かしてしまっただろうか?
いいや、ついさっき初めて会ったばかりで、殺されるような謂れは無い筈だ。
「意味が分からない。俺たちが何をした?」
「はぁ……分からんか。いや、待てよ。そうだそうだ、思い出した。オルタじゃない、カリオスか。」
オルタの回答にがっかりした様子の男は、すぐに何かを思い出したかのようにカリオスに目をやる。
しかし、カリオスが事情を理解しているようには見えない。
さらに疑問が膨れ上がろうとした時、男の一言が、カリオスの顔色が一変する。
「俺もたまげたぜ?まさか、腕を丸々と焼いちまうなんてよぉ。あれはさぞかし痛てぇだろうな。まぁ、あの野郎がどうなろうと知ったこっちゃないが、俺らはお前のせいで信用がガタ落ちなわけだ。さぁ、どうしてくれるんだ?カリオスさんよ。腕一本じゃ済まないぜ?」
話して納得してもらえるような雰囲気ではない。短刀を持った男がカリオスに対して向けている圧は、視界の外にいるオルタにまで伝わってきた。
「おめぇが関係ないってわけじゃねぇんだぞ?分かってんのか?」
カリオスの方にばかり意識を集中させていたオルタは、不意に声を掛けられ、動揺を隠せない。
ナイフを手にした男が、威嚇をしながら睨みつけてくる。
「ウチも、おっさんよりおにいさんに用があるのよね。」
背後の女がオルタの真後ろに回り込もうと、じりじりと動き始める。
ナイフの男とハンマーの女。二人から目を離さないように警戒をしていたオルタは、視界の端で状況が動いたことを確認する。
初めに動いたのは籠手を構えていたカリオスだった。
短刀の男の話を聞き、何を思ったのか踵を返して建物の中へと戻ってゆく。
そんなカリオスの様子を見た短刀の男はゆっくりとこちらを振り向いたかと思うと、他の二人に指示を出した。
「情報を手に入れるまで殺すなよ?その後は自由だ。その男はどうなっても構わん。」
「あいよ。」
「ウチのモノにしてもええ?」
短く答えるナイフの男と希望を述べる女。そんな二人の返答を聞いた短刀の男は、カリオスの後を追って建物の中へと入って行った。
男が消えるのを待つかのように黙り込んでいたナイフの男は、姿が見えなくなったと同時に、女に向けて罵声を浴びせ始める。
「黙れこの婆が!こいつは俺の手で始末するんだ。それは決定事項。分かったな!」
「はぁ!?ウチはウチが欲しいモノを手に入れるだけよ。アンタは黙って見とけ!」
オルタを挟んで言い合いをする二人に、何か口を挟む訳にもいかず、黙り込むしかできない。
降りしきる雨が二人を煽るように、徐々に激しくなっているような気がする。
このままでは体力だけが奪われてしまう。早々に決着をつけるべきだろう。
気を取り直したオルタは、一つ深呼吸をすると、ナイフを持っている男に向かって走り出す。
ぬかるんでいる地面で足を滑らせそうになりつつも、全力で踏み込んでいく。
充分に加速した彼は、その勢いのまま、左腕で男に殴りかかった。
首の付け根辺りを狙って繰り出した拳は、しゃがんで躱される。無駄な動きの少ない男は、しゃがんだ体勢から躊躇することなく彼の懐へと潜り込んできた。
逆手に持ったナイフを、顎に向けて突き上げてくる。
首筋にナイフの風圧を感じつつ、ギリギリのところで仰け反ったオルタは、自由になっていた右腕で、懐に居る男を薙ぎ払った。
薙ぎ払った腕は男に直撃はしなかったものの、左側頭部を掠る。
オルタの右腕に合わせて横に飛び退いたであろう男は、ぬかるむ地面に手を付きながらも、すぐに体勢を整え、ナイフを構えている。
流石に戦い慣れている様子だ。
彼らが何者なのか、今まで何をしてきたのか。全く知らないが、生ぬるい世界にいたわけでは無いのだろう。
突然の強敵に焦りを覚えたオルタは、背後から近づく気配に向けて、拳を振りぬいた。
「おっと!あぶな~い。うふふ、やっぱり強いわね。おにいさん。そこの男より断然良いわ。」
オルタの拳を、後ろに飛び退いて避けた女が言う。口元を両手で隠しながら笑っているその様は、場の雰囲気にそぐわない。
「てめぇ、後で覚えてろよ。」
のんきに会話を交わす二人に対し、オルタは攻勢に出る。
今度は未だに笑っている女に向けて突っ込んだオルタは、再び後退しようとする女の両腕を掴んだ。
「あら、もしかして遊んでくれるの?」
そのまま女を壁まで押し付け、身動きを取れないようにしようと考えていたオルタは、思わず声を漏らしてしまう。
「重っ!」
そんな彼の言葉を聞いた途端、女は鬼のような形相に変貌し、声を荒げた。
「何ですって!」
女はオルタの腕を逆につかみ返すと、そのままオルタを下に引っ張り、顔面に膝蹴りを入れる。
女の膝蹴りを顔面で思い切り喰らったオルタは、揺れる視界と右のあばらの痛みで、思わず膝を付いてしまう。
「淑女に対して、そのような事を言うなんて。あなたも無粋な男なのね。」
「だっははははははは!いいぜいいぜ!分かってるじゃねぇかオルタ!」
朦朧とする意識の中、女の怒りと男の笑いが、オルタの意識を混濁させる。
そうして、彼は意識を失った。




