第127話 短刀
開く扉に最も速く反応を示したのは、オルタの背後を取っていた男だった。
開きかけた扉に体を寄せ、腰から短刀を抜き取ると、躊躇することなく扉の隙間に刃を突き立てた。
その間、オルタは身動き一つ取れないまま、ただ見ていることしかできない。
グハッという短い声が聞こえたかと思うと、何かが倒れ込むような音が響く。
部屋の中から、小さな悲鳴が聞こえる。必死に息を潜めようと堪えているようだが、オルタですら聞き取ることが出来ている。
当然、目の前の男たちが気付いていない道理が無い。
扉の隙間から血に濡れた短刀を引き抜いた男は、一瞬こちらへと視線を向けたあと、扉に手を掛けた。
途端、オルタは思い出したかのように声を張り上げる。
「誰も廊下に出て来るな!良いな!」
建物中に響き渡るように声を上げたオルタは、口の中に溜めていた唾液を両の掌に吐き出し、そのまま髪をかきあげる。
撫でつけられた彼の髪は、徐々に硬度を増していき、完全に固まってしまう。
「ほう……。」
そんな彼の行動を臨戦態勢と取ったのか、男は扉に手を掛けたまま動きを止めた。
「で、お前ら誰なんだ?」
「そんなの、教えるわけが無いだろう?」
天井の男が、おどけた様子で言う。確かに、男の言う事は尤もである。
問い質しても効果は無い。だとするならば、力づくで聞くしかなさそうだ。一人決意をしたオルタだったが、正直、勝ち目があるようには思えなかった。
背後でオルタの隙を伺っている女と、目の前でこちらを観察している男。天井でケラケラと笑みを浮かべている得体のしれない男。
彼らの実力をオルタは知らない。
しかし、逆もまた然りとは言えない状況だ。現にオルタやカリオスのことを知っている。十中八九、何かしらの対策をしてきているのだろう。
無い頭をふんだんに活用し、男たちの出方を伺っていたオルタ。だが、それが仇となった。
「おにいさん、脇が甘いねぇ。」
不意に聞こえた声に反応し、背後を振り返ろうとしたオルタは、右のあばら付近に強烈な一撃をもらってしまう。
鈍い音が骨を伝って響き渡り、傷口を左手で抑えながら、女の様子を伺う。怪し気な表情を浮かべている女の手には、先ほどの無骨なハンマーが握られている。
それほど大きくは無さそうなハンマーだが、威力は相当高いようだ。呼吸をするたびに右脇から広がっていく痛みに耐えながら、彼は考えることをやめた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ムリに考えても勝ち目はない。経験も、知識も、彼らと比較してはならないのだ。
今この状況で、オルタが彼らに勝っているものは何なのか。それは言うまでも無く、屈強な身体のみである。
そんなオルタの無策な突進は、目の前に立っていた男には通用しなかった。
掴みかかろうとしたオルタの腕を足場にして、軽々と上を飛び越えられてしまう。しかし、それは想定の内である。
まるで、水溜まりでも飛び越えるかのようにやってのけた男が、着地する前に、オルタは加速する。
未だに天井でケラケラと笑みを浮かべている男に飛び掛かったオルタ。天井の男は当然ながら、身をよじってよけようとする。
思ったよりも素早く避けられ、危うく天井の男を逃がしそうになったオルタは、是が非で腕を伸ばし、何とか襟をつかむことに成功した。
そのまま、天井の男を引っ張り落したオルタは、そのまま男の首を掴み、建物の入口へと向けて猛ダッシュする。
背後から女の声が聞こえた気がするが、それどころでは無かった。
正面玄関を勢いよく開け放ち、荒れ狂う嵐の中、手にしていた男を地面に思い切り叩きつける。
衝撃と痛みで悶え始めた男を、オルタが眺めている余裕は無かった。
全身に走った悪寒に従い、大きく右に飛び退いたオルタは、元居た場所を見た。のだが、確認できたのは、すぐ目の前まで迫る短刀の切っ先だった。
全力で体を仰け反ったオルタは、頬に痛みを感じつつも、動きを止めなかった。結論からして、それは正解だったであろう。
仰向けに倒れそうな体勢に、無理やり横回転を入れ、右に転がる。右の脇腹と腰に強烈な痛みを覚えたが、無視する。
そこでようやく、彼を襲う短刀の追撃が止まった。
「なかなか、動くじゃないか。どうだ、一緒に働かねぇか?」
「はぁ、はぁ、はぁ。……。」
呼吸を整えることで精一杯なオルタは、男の声掛けに、返答することが出来ない。男は、オルタの返答を待ちながら、地面に突きささっている短刀を抜こうとしていた。
「おい、ふざけてんじゃねぇぞ。俺は怒ったからな!ボロボロにしてやる!おい、聞いてんのか!」
首を摩りながらこちらへと歩いて来ている男が、オルタに向けて鋭い睨みを突き付けながら罵声を浴びせて来る。
どうやら怒り心頭の様子で、既にナイフを手にしており、今にも飛び掛かってきそうだ。
「待て、まだ聞き出せてない。殺すな。」
「ふざけんな!俺はもうキレてんだよ!こいつの首と四肢を胴体から切り離してやらねぇと気が済まねぇんだ!分かったら邪魔を……。」
ナイフを構えた男が短刀を持った男の傍を通りすぎようとする。完全に理性を失った男が、ナイフを構え突っ込んできそうになった時、短刀を持った男が動いた。
オルタには、その動きが全く見えなかった。あまりに素早すぎる男の短刀が、ナイフを構えている男の喉元に突き付けられる。
速すぎる動きからの、完璧な静止。ずぶ濡れになりながらもピクリとも動かない男二人は、強烈な緊迫感を漂わせる。
「命令に逆らうのか?」
「……ちっ。」
そんな短い会話が終わり、再びオルタが二人の男と対峙した次の瞬間。雷のような轟音とともに、集会場から猛烈な勢いで、何かが飛んで行った。
オルタが二人の男越しに集会場の玄関口を見ると、右腕の籠手を構えたカリオスが立っている。
大まかな状況を把握した彼は、飛んで行った何かを確認する。
集会場の向かいに建っている建物。その外壁にめり込む形で、先ほどの女が埋もれていた。
これは流石に起き上がれないだろう。先程と同じく予想したオルタは、再び裏切られる。
「いったたたた。」
まるで、何事も無かったかのように立ち上がる女に驚いたオルタは、再び挟まれてしまっていることに気が付き、警戒を強めるのだった。




