第126話 挟撃
目を覚ましたオルタは、くっついて離れない上下の瞼をほぐしつつ、上半身を起こした。
薄っすらと開いた目で周囲を見渡し、窓の外がまだ荒れていることと、隣のベッドでカリオスが眠っていることを確認する。
薄暗い外の様子から、既に夜が明けたのか、未だに長い夜の最中なのか、彼には判断が出来なかった。
だが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
彼は目が覚めた元凶である尿意を解消するために、部屋の入口へと向かった。
木製の薄っぺらな扉一枚。
ぶっきらぼうに開け放ち、廊下へと出た彼は、まっすぐに便所へと向かう。便所とはいっても、簡素なものだ。
ボルン・テールも水道などの設備が整っていたわけでは無いが、こちらはもっとひどい。
それは、街と集落の違いなので、仕方が無いのだが。便所の扉を開け、寝起きにはきつすぎる異臭を手で追い払いながら、壁に向かって用を足す。
「ふぅ。」
手近に置いてある大樽から水を汲み、今しがた彼が用を足した壁を洗い流す。
流された水は、彼の排泄物と一緒に、下に空いている小さな穴へと渦を作って流れていった。
そんな様子をまじまじと見るわけも無く、彼は同じく水で手を洗い、便所を後にする。
廊下に出た彼は、まだ寝ぼけているなと自身の頭を疑った。
天井に、人間が立っている。
「はぁ?」
状況も分からず、口から声が零れ出る。当然、天井に立ち尽くしている人物とオルタは目が合った。
その男は、なにやら発光する線の描かれた衣服を着ており、布を鼻から下に巻いて、顔を隠している。
そんな男が、右腕を小さく上げ、軽い挨拶のようにオルタに語り掛けてくる。
「悪い悪い、俺さぁ、道に迷ったんだよ。だから、気にしないでくれ。」
到底無理な話である。
まさか話しかけられると思っていなかったオルタは、唖然としつつも、思わず言葉を返してしまった。
「いや、気にするなって言われてもな。流石に無理だ。」
「ん?」
まるでオルタの言っている意味が分からないとでも言いたげな表情で、男が首を傾げる。
そんな男の腰のあたりに、ナイフのような物が見えた。
咄嗟に警戒心を強めたオルタは、爆発的に増加する気配を右に察知し、咄嗟に、大きく前に飛び出す。
振り返ると、そこに居たのは一人の女性。彼女もまた、天井に立つ男と同じ衣服を身に着けている。
しかし、彼女はオルタと同じく廊下に立っていた。
「あらぁ~。良い男。ねぇ、ちょっと腕を触らせて貰えないかしらぁ。」
「おい、お前は馬鹿なのか、今はそんなことしてる場合じゃないだろう?普通を装え、普通を!」
オルタと目が合ったとたんに愛嬌にとんだ声を出した女性。そんな女性に対し、天井に立っている男がひそひそと命令している。
しかし、全て筒抜けだった。同時に、間抜けだ。
「良いじゃな~い!ちょ~っとくらい遊んでも。ウチはアンタみたいな無粋な男と組まされてるだけでも、気分が滅入るっていうのに。ねぇ、おにいさん。ウチと遊ばな~い?」
完全に目の覚めてしまったオルタは、強烈な危機感を抱いた。二人の会話は、言葉だけならばそれほど危険な香りはしない。
しかし、纏っている雰囲気と、腰に携えている得物、そして何よりも鋭い眼光が、彼の全身を削ぎ落そうとしてくる。
このまま二人のペースに乗せられては危険だ。
オルタがそう結論付けた時、さらに状況が悪化する。
「おめぇ、オルタだな?」
いつの間に湧いたのか、オルタのすぐ背後に何者かが位置取り、語り掛けてくる。
腰のあたりに鋭い物の感触を覚えた彼は、思わず唾を飲み込みそうになったが、我慢した。
「……だったらどうした?」
恐る恐る返答したオルタは、女の目の色が変わったことに気が付く。
明らかに、獲物を狙う獣の目だ。
「へへへ、見つけたなぁ。」
背後の天井から、男の声も聞こえてくる。その言葉から、どうやらオルタのことを探していたようだ。いや、オルタ達と言った方が良いのかもしれない。
少なくとも、オルタ自身には、こいつらに狙われるような心当たりは無かった。
「何が目的なんだ?」
そう問いかけたオルタだったが、これほどの殺気を向けられて気づかない訳が無い。答えは分かっているのだが、時間稼ぎを目的に尋ねる。
「おめぇ、本当にオルタだな?だったら、カリオスって男を知ってるだろう?そいつを出せ。そうしたら、教えてやる。目的も、結論も、さぁ、言え。」
「あぁ、分かっ……っ!」
答える素振りを見せようとしたオルタは、右腕を思い切り横薙ぎに振るい、すぐ背後に立っているであろう男を攻撃した。
が、その攻撃は空を切り、建物の壁を強打する。
地響きのような振動が、家中に響いた。
一拍、静寂が訪れたように感じたオルタだったが、すぐさま右腕を引っ込め、背後から迫っていた気配に強烈な蹴りを放つ。
背後からオルタに迫っていた女は、先ほどまでオルタの右腕があった場所にハンマーを振るい、空振りを決めた後、彼の蹴りを腹に受け、便所の扉へと吹き飛ばされる。
当分意識は戻らないだろう。
オルタがそう判断しようとした時、女がむくりと起き上がる。
「いったぁ……おにいさん。強いのね。私、その腕がもっと欲しくなっちゃった」
からぶってでも、腕を狙ってきた女の狂気と、今の一撃を受けてもなお立ち上がる強靭さに、オルタは背筋を凍らせる。
女と男二人。完全に挟み撃ちの状態で勝てるのか。
オルタがそう思った時、どこかで扉の開く音が聞こえた。




