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マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~  作者: 内村一樹
第4章 狼と海の神

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第129話 敵視

 どこか、遠い場所で、誰かが会話をしている。


 そんな気がしたカリオスは、枕に顔の右半分を埋めたまま、隣のベッドへと目を向ける。


 ぼやけた視界の中に映ったそのベッドには、誰も横たわっていない。しばらく理由を考えた彼は、まどろみながら納得する。


『便所か……』


 何気なく声を出そうとした彼は、耳に届かない声が頭の中だけで響いていることを思い出し、一人失笑する。


 俺はこんなところで何をしてるんだか……。


 ミノーラと旅に出て、時間的にはそれほど長くはない。この旅に、カリオスが何かを見出しているかと問われれば、口を噤むしかないだろう。


 それどころか、口だけでは足らず、目も瞑っている。


 それが、今の俺だ。


 時折思うのだ。ミノーラやオルタ、タシェル達と旅を続ける前に、戻ってやるべきことがあるんじゃないか。


 ミノーラの気持ちも分かる。この集落の人々を助けたい。何とか嵐を止める手立ては無いだろうか。そんな浮ついている気持ちを、彼は昨晩目の当たりにした。


 一匹の狼が、嵐を止めることなど、できるわけが無い。


 あの時、コロニーが落ちることを止めれなかった、一人の男のように。


 ミノーラやタシェル。そしてハイドが戻って来ることを信じたい。だが、正直なことを言ってしまえば、カリオスは再び全員が揃うことは無いと確信している。


『期待できるわけないだろ……何が出来るんだ。』


 せめてこの言葉を吐き出せればいいのだが、口から出すことは出来ず、メモに書くのは、彼の理性が止めてしまう。


 彼が深いため息を吐いた時、廊下から、壁を叩くような音が聞こえてきた。


『……オルタか?』


 うつ伏せの体を起こしながら、扉の方を見やる。扉が開く気配は無い。しかし、廊下に複数の人が居るような、そんな気配を感じた。


『……誰かがここを狙ってる?さっきのはオルタか?……単純に考えて、この集落の人間がオルタに勝てるわけないよな。気のせいか。』


 寝起きの頭を働かせ、何とか状況を掴もうとベッドから降り立った彼は、どこかで扉が開く音を耳にした。


 その音を聞き、自身と同じ状況にある人間が居たのだと、半ば彼が安堵しかけた時、立て続けに嫌な音が耳に入って来た。


 くぐもったような、唸り声。その後に続く、衝突音。何かが倒れたかのような音を聞いたカリオスは、容易に最悪の事態を連想した。


『まてまてまてまて!なんだ?何が起きてる?』


「誰も廊下に出て来るな!良いな!」


 混乱する彼の頭を、オルタの声がかきまぜた。


『オルタは生きてる。けど、誰に対して言ってんだ?俺?この集落の奴ら?廊下に出て来るなってことは、出たら危険って事か?いや、この部屋は安全なのか?』


 忍び足で部屋の扉に近づこうとした彼は、何やら廊下で会話している声と、取っ組み合いでもしているような足音を聞き、一度足を止めた。


 自然と左腕が籠手に向かい、ゆっくりとスライドを繰り返す。なるべく音が鳴らないようにスライドさせていると、廊下からオルタの咆哮が響いてきた。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 低い声と重たい足音が、この部屋の前を突っ切って行き、そのまま、建物の外へと消えていく。


 無意識に籠手のスライドをやめないカリオスは、そのまま扉へと向かった。


 足音も、呼吸音も、心音も。何もかもを抑え込んだ状態で取っ手を握り、ゆっくりと開いていく。


 少しだけ隙間を作って外を伺う。左手に伸びた廊下は、便所へと通じている。そちらには人影らしきものは見えなかった。


 そうして、反対に伸びる廊下へと目を向けた時、少し先の建物の入口に何物かが立っている。


 その後ろ姿を確認した彼は、すぐさまその人物が敵であることを認識した。


 いや、現状のミノーラやカリオスにとっては敵では無いのかもしれないが、カリオス個人としては敵視するだけの理由を持ち合わせている。


『あの服……バートンが着てた服に似てるな……。』


 発光するラインの入った、不思議な衣服。バートンがカリオスを拘束し、サーナの元へと連れ去った時に見た様相にそっくりだ。


 違いがあるとすれば、あの時のバートン達はフードをかぶっていたが、そこに立っている人物は、フードをかぶっていないことくらいだろう。


『なんでまた、俺らを狙ってきたんだ?いや、そもそも、狙いは何だ?バートンの仲間なら、なぜ俺たちを襲う?』


 若干混乱し始めた頭を冷やすため、一度考えるのをやめたカリオスは、そーっとその人物の背後までにじり寄る。


 良く見れば、その人物は女だった。


 本当に敵なのか分からなくなったカリオスが、若干躊躇いを感じた瞬間、女が小さな声で口走る。


「あぁ~。おいしそ。オルタって、実物は意外とおいしそうだわぁ。どんな味がするのかしら。あとで試しましょう。」


 一瞬で寒気を感じたカリオスは、ゆっくりと立ち上がり、女の腰辺りに籠手先を添える。


「ん?あら?あなた……」


 女がこちらに気づき、目が合う。


 その瞬間、彼は右の拳を握り締めた。


 凄まじい音が轟き、尋常ではない右腕の痛みと、弾かれた小石のように飛んでいく女を見て、カリオスはやりすぎたと思う。


 しかし、それは数秒間の思い込みだった。向かいに建っている建物の外壁にめり込んでいた筈の女が、軽い口調で痛みを表現しながら、立ち上がったのだ。


『なっ!?』


 どれだけ丈夫なんだと目を疑った彼は、そこでようやくオルタとは別に、男が二人いることに気が付く。


 息を切らせたオルタと男二人が対峙している。


 予想以上に人数が居た襲撃者に、彼は気を引き締めざるを得ない。こっそりと籠手をスライドさせながら、彼は男の言葉に耳を傾けたのだった。

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