第四話 『首なし地蔵・中』
とにかく一人で静かに働きたいという安倍晴明は、確かに、人と関わることが多い対魔課には向いていない。
それでも、術師でありながら、一般人と同じように顔を晒して穏やかな口調で話すことのできる安倍晴明ならば聞き込みを手伝えるのではないか。
一人より二人の方が早い……と雪村は説得を試みる。
「対魔課でなくとも、今のここにいる人員で考えれば、兄者は面が強面の鬼ですし、蘆屋は口が最悪ですから……」
「口が最悪とはなんだ、クソ野郎」
「ほらこの通り。 俺と安倍晴明が村人の聞き込みには最適じゃないですか? 二人で効率よく聞き込みに行きましょう!」
本当は笑っていないが、にっこりと犬面の奥で笑っているように聞こえる雪村の声。
それに対して、スンッとした表情の安倍晴明が答える。
「嫌なもんは嫌や」
「嫌って……」
えぇ、そんな子供みたいなこと言う。と雪村は困惑気味に身体を引いた。
鬼面の東寺が首を左右に振って雪村を見やる。
「諦めろ、雪村。 安倍晴明はここに来るのも嫌だと駄々を捏ねていたのだ」
「あーもう、なんで、この人有能のクセに偏った仕事しかできないんです……っ!?」
プンプンと怒りながら一人村の奥へと歩いて行く雪村。
犬面の奥がどれほど無感情な真顔であっても、親しみ深い犬面といい、声だけは明るい雪村ならば問題はないだろうと三人の視線が見送った。
「ーー安倍晴明。この村、今どれほどの人数がいる?」
「せやな」
東寺の言葉に頷いた安倍晴明は眼鏡を外すこともなく、新緑の眼を閉じて術式を展開する。
安倍晴明の足元から、凪いだ水面に水滴がぽちゃん……ぽちゃんと落ちて広がるように、人々の存在を一つ一つ見つけて、目的の地蔵寺まで辿り着く。
そして、全体を大きく見やる新緑の眼となってパッと開かれた。
「二十八人やな」
「……ふむ」
安倍晴明の言葉に東寺が頷く。
「確か、調査課より渡された報告書では村人の居住人数は、三十二人だった」
東寺は少し遠くの家屋で村人と話をする雪村を眺めながら穏やかに言った。
「あれから、たったの二日で四人犠牲者が出ているな」
「やけども村人全員やない。 この村にも呪詛の反応があらへんさかい……どうやら、この呪いは出遭った相手しか殺してへんということや」
安倍晴明は一つ頷くと、懐に入れた巻き物を開いた。
(……それが、呪いから生まれた怪異としての条件として存在を成立させてはるのやろうけどな……)
そう視線を落とした先には、今回の呪いの全容が記されていた。
『首なし地蔵』ゴトンゴトン……と重く跳ねながら、神出鬼没の首なし地蔵が発生させる呪いーーそれは呪詛範囲に入った対象の首を即座に落とし、自らの首として住処へ持ち帰る怪異と化していた。
「……この首なし地蔵さんは、一つ、一つ、自分の在処まで首を持って帰ってはる。 それが興味深いな……」
妖怪のような命を持たず、人々から生まれた呪いから形を成した怪異であるからこそ、独自の条件ーーその『想い』に縛られて存在し続ける。
「もし、殺して満足するのであれば、最初から全員殺してもおかしくないと……そう言うことか」
「その通りや」
安倍晴明はそう静かに頷くと巻物を閉じて、ゆったりと歩き出した。
雪村を待つ気がないのだろう、その方向は地蔵寺へと向かっていた。
「……あっ! ちょっと、なんで普通に俺を置いて行ってるんですかーー待ってください!」
村に置いて行かれていたことに気付いた雪村が慌てて駆け寄ってくる。
「クククッ、別に下級の貴様は、そのまま聞き込みしていれば良かっただろう」
それを愉快そうに見ていた蘆屋道満が笑った。
「はぁ? お前の口が悪すぎて悪評ばっかり立てるから俺一人に仕事が回ってくるんだろ。 ……はぁー、蘆屋も先輩なら先輩らしく働いてから言って欲しいですねぇ」
腹を立てた雪村が素の口調に戻って、やれやれと蘆屋道満を憐れむように横目に見やる。
「貴様ッーー」
蛇面の下からプチッと何かが切れる音がして蘆屋道満の周囲に霧が立ち込めた。
その霧が蟲に変わるより前に東寺が低い声で制する。
「ここで暴れるな二人とも。 愉快なお前達の声に惹かれて首なし地蔵が現れたら、たまったもんじゃない……」
まだ得体の知れない怪異と無闇に接触するのは危険だと理解している二人はお互いの術を大人しく納めた。
太陽が燦々と真上に昇る頃に、山頂にある地蔵寺へと辿り着いた。
広い寺の敷地に踏み入ると安倍晴明と東寺達の姿を見つけた、地蔵寺の住職が急足で歩み寄ってきた。
「あぁ、これはこれは陰陽師様!」
寺の住職にしては少し若い男であるが優しげな顔をしている。
住職は、一向に頭を下げると寺の奥へと案内を始めた。
「こんな山奥の寺まで、ご足労いただいて誠にありがとうございます……。 どうぞ、こちらが遺体の安置所にーー」
「すまんが、俺は先に茶が飲みたい」
(((……真っ先に茶を催促した!?)))
住職の言葉をバッサリと切り捨てて、真顔で茶を催促する安倍晴明に東寺達三人の心の声が重なった。
「は、はいっ、もっ……勿論、お出しさせていただきます」
それ以上、何も言わない安倍晴明の静かな視線に、住職は背筋を凍らせながら客間へと案内する方向を変えた。
ゆっくりお茶を嗜んだ後、住職に案内された寺の奥には、首のない遺体が四体、白布を掛けられて安置されていた。
安倍晴明はその前に膝を付き、一度礼をすると白布を取って遺体の状況を確認する。その光景に住職は思わず目を逸らした。
「……四人とも綺麗に首から上があらへんな」
そう静かに言うと一番近くの遺体に手を置いた。
解析が始まると薄暗い室内で、安倍晴明の新緑の瞳だけが光っているように見えた。
その瞳の中に、首なし地蔵の呪いの本質が浮かび上がる。
『己の首を探して数年ーー。
このままでは、また、人間に恨まれてしまう』
首なし地蔵は、呪詛範囲に入った者の首を落とし、それを己の首として持ち帰る一種の怪異と化しているが地蔵が求めているのは“生者の首”そのものではない。
『誰も救えない。何も見えない。
己の首を探して、早く、早く、人々を救わねばーー』
失くした己の頭であると安倍晴明は解読する。
「なるほど……あの地蔵さんは何も見えへんまま、自分の頭を探してはるのやな」
そして、首なし地蔵の解析、解読を終えてーー解呪の術式まで既に安倍晴明の体内で完成していた。
だが、安倍晴明は首なし地蔵をただの石に還す解呪を選ばない。
「そうか、だから一つ一つ自分の住処に持ち帰っている訳か」
なるほど。と頷く東寺を横目に安倍晴明が遺体に白布を戻すと静かに立ち上がる。
「せやな。 地蔵さんの頭を見つけへん限り、出遭った相手の首を持って帰る習性になってはる……」
そう言って安倍晴明は一人どこかへと歩いて行く。その背中に東寺が声をかける。
「安倍晴明、一つ聞くがいいか?」
「……どないしたんや」
「まさか、地蔵の頭を探す気ではないな?」
東寺の低い声がもう一段階低くなる。無駄なことはやめろと暗に伝えているのだ。安倍晴明も振り返ることなく、東寺の言葉を肯定した。
「あぁ、そないなことしても無駄や」
「……ほぅ、お前にしては珍しい。 効率重視だな」
ーーホッ、安堵する東寺を次の瞬間、安倍晴明があっさり裏切った。
「地蔵の頭は粉々になってもう見つからへん。……せやから、今から同じ物を一から創る」
東寺の鬼面がカクッとズレた。
サラッと安倍晴明がとんでもないことを言い始めた。
「はぁ……またか」
東寺が呆れたようにズレた鬼面を直していると、安倍晴明がゆったりと振り返る。
「人手があるなら尚よろし」そうどこか微笑んでいるようにも見える口元が穏やかに言葉を紡いだ。
「お前さん達も地蔵の頭の材料を揃えるのを手伝ってくれへんやろか?」
「……本当に同じ物を創れるんですか?」
雪村が興味深そうに声を上げる。
そんな雪村の問いに蘆屋道満が何を言ってるんだと声を零した。
「クソど変態は人の身体も創れる変態だぞ。 石の頭如き創れぬはずないだろう……」
「ーーはっ? 人体も構築出来るんですか!? そんなの神の領域ですよ……っ!?」
驚愕のあまり安倍晴明を見て固まる雪村に、安倍晴明は平然とした様子で淡々と言った。
「元々、この世界の物なら材料さえ揃えれば創れへんものは何一つあらへん。……無ければ創ればええのや」
「もう思考回路がおかしい。 これだから、変態って言われるんですよ」
こんな無色の最下級いて堪るか。早く金の鈴を付けて自分の地位に戻ったらいい。と雪村を含めたその場に居た全員が思った。
そして、東寺等三人は安倍晴明の呪いの想いに添える解呪のための材料を集めることとなった。




