第四話 『首なし地蔵・下』
材料が集まると、安倍晴明の術式によって首なし地蔵の頭だけが構築されていく。
幾重にも重なり複雑に絡み合う術式の精密さに東寺は感嘆を漏らした。
「……これは見事な術式だな」
黄昏時の薄暗い山の中で、術式が組み上がり幻想的に光放つとゴロンと術式の中心に地蔵の頭が転がっていた。
「わぁ凄いですね。ちゃんと、お地蔵さんの頭だけ」
「せやな」
安倍晴明が両手で持ち上げた地蔵の頭を東寺の鬼面がまじまじと見つめた。
「しかし、どうやって、その頭を地蔵に渡す気だ?」
呪詛範囲に入った瞬間に首が落ちると言うのにと訝しげに視線を送る東寺に雪村が笑う。
「あ、もしかして投げるんですか?」
「それは、地蔵さんに失礼やろ。……この頭があれば、おそらく普通に返せるんと違うか?」
そう言って、陽も落ちて薄暗い山道を安倍晴明はゆったりと歩き始める。
(((……いや、この人今まで散々失礼しといて、何を今更……。というか、それ普通に返せなかったら死ぬよな??)))
安倍晴明の言葉の辞書に失礼という概念があったのかと新発見したが三人は揃って同じことを考えていた。
東寺が安倍晴明の少し後を歩きながら自身の鬼面に触れて、問いかける。
「ちなみにだが、首なし地蔵の呪詛範囲に入った場合、俺達の呪詛返しの面はどれほど耐えれると思う……お前の予想では」
「即死やな」
あっさりと答える。
「……そんなサラッと、えっ、死ぬんですよね?」
「首なし地蔵の呪詛は、導きの力を併せ持ってはるから、呪いでありながら救いの神の力や」
地蔵という存在は、救いと教えを与える。
その想いが呪いと化しているが、元は神に等しい人への深い愛と悲しみを抱いているのだ。
「せやから、面の判定が『祝福や加護』として通ってまう。 呪詛返しでは弾けへんやろなーーその面で試してみるか?」
「嫌ですよ!! 自分の面でやってください!!」
雪村がひゅっと自分の首を守るように両手で触った。
突如、ゴトンゴトン……と重く跳ねる音が山の中に響く。
薄暗い木々の中から、ゴトン……と、首なし地蔵が姿を現した。
「ーーちょっ……と、行ってる矢先に来ましたよ!?」
「どクソがっ!!」
「どこまでが呪詛範囲になるか、分からんな」
三人が一斉に術式を構えた。
だが、安倍晴明が三人の前へ歩いて行く。
「……三人とも下りや」
そう穏やかに言った安倍晴明を見やればどこから取り出したのか、その顔に狐面を付けていた。
両手で地蔵の頭を持ちながら、自ら首なし地蔵の方へとゆったりと歩いて行く。
「あ、えっ……本当にお面付けて、って安倍晴明……首なし地蔵の方に歩いて行きましたけど、兄者ーーあれ大丈夫なんですか?」
「あぁ、あの……茶狐ならば恐らくーー」
狼狽える雪村とは対照的に東寺は冷静に安倍晴明を見据える。
安倍晴明の踏み出した足が呪詛範囲に入った瞬間、ピシッと狐面が割れて地面に落ちる。
カラン、カラン……ッと面が地面に転がり、安倍晴明の首に一直線の亀裂が入った。
一直線の亀裂から赤い血がツツーと流れる。
そして、首の位置が数ミリ傾いたーーだが、片手で首を支えながら安倍晴明は平然と自身の首が落ちないようにゆっくり歩いていた。
「……えええっ!? なんなんですか、あの人ーー」
驚愕に声を上げる雪村。
それでも安倍晴明はゆったりとした、その歩みを止めることはなく、地蔵の頭を小脇に抱えて首なし地蔵の元へ辿り着く。
「……すまんかったな、お前さん」
静かな安倍晴明の声が届いたかのように、首なし地蔵の呪詛がフッと止まる。
ざわざわと揺れていた木々が、静寂に包まれた。
この山に本来の静かで優しい夜が訪れようとしていた。
安倍晴明は自分の首から手を離して両手で地蔵の頭を持つと、そっと地蔵の首へ、その頭を返してやる。
「長いこと……何も見えへんかったのやな」
首なし地蔵は人々を救えず、恨まれて首を壊された。
己の首を探して数年ーー。
このままでは、また、人間に恨まれてしまうと怯えながら、来る日も来る日も己の首を探して、歩いていた。
人々を救わねばーーその一心で生きとし生けるものの首を持ち帰る怪異と化した。
安倍晴明はその想いに敬意を払って問いかける。
「……もう一度、見える世界は違うやろか?」
『あぁ、あぁ良かった。これでまた人々の顔が見える……』
「そうか」
安倍晴明は穏やかに笑って新緑の瞳を伏せた。
首を繋いだ首なし地蔵は光に包まれて、ただの地蔵へと戻っていった。
タッタッタッと土を蹴る足音とともに雪村の声が飛んでくる。
「ーー安倍晴明……さっき、首ズレてませんでした?」
「あぁ、少しズレてもうたな」
そう当たり前のように返してくる安倍晴明に雪村は困惑する。
「……いや、冷静に「少しズレてもうたな」じゃないんですよ。 なんで普通に生きてるんですか?」
「せやな。普通は生きてへんのやろな……」
ど直球の雪村の質問に、ありのまま説明することができない安倍晴明は少し悩む素振りを見せる。
天の叡智が体内で術式になっている安倍晴明は地上などの生者の世界で不死身だった。
(……何回か実験を繰り返した結果、俺はわざわざ死の気が強い場所まで行かんと死ねないことに気付いたわけやけど)
ある意味で絶望もしたが、そこまでして死ぬ理由もない安倍晴明は静かに新緑の瞳を伏せて答えた。
「俺の身体は、体内の術式が勝手に生かしてはる。 ただ、それだけのことや」
「か、勝手に? 全然それだけじゃない、あり得ない……」
雪村は信じられないと頭を抱えていた。
そんな雪村に東寺と蘆屋道満は暖かいような、そうでもないようは何とも言えない視線を送って言った。
「雪村……この男は基礎能力が高すぎるだけだ。 いちいち気にしていたら、こちらが虚しくなる」
「しかも、他人にも自分にも興味ない、ど変態だからな」
「俺はそんな変態やない……はずや」
もう変態と言われすぎて変態という単語に慣れてきた安倍晴明は嫌そうに眉を寄せながら否定ーーしきれなかった。
東寺の鬼の手によって運ばれた元、首なし地蔵はそのまま地蔵寺に置かれることになった。
夜も遅いということで、住職の好意によって地蔵寺で夜を明かしてから、一向は陰陽寮へと帰ることとなった。
その翌日。
柔らかな朝陽に照らされ、どこか微笑んでいるようにも見える元・首なし地蔵の前に、安倍晴明は静かに立っていた。
そして、その地蔵の足元に一輪の桔梗の花を添えて立ち去った。
馴染みの深い線香の香りと重厚な樹の香りが混ざる陰陽寮の建物内を抜けて、安倍晴明が自身の研究室に帰ると扉の前にーードドンッと、不幸を招く招き猫が置かれていた。
「……いや、家主不在やのに、勝手に呪物を持ち込むのやめてもらってええか?」
そこには呪物以外、誰も見当たらないが安倍晴明は声を上げずにはいられなかった。
「一体いつから置かれてはったんや」といいながら、渋々、招き猫を持ち上げた安倍晴明の腰で、シャン……と空気に溶けるように無色の鈴が鳴った。




