第四話 『首なし地蔵・上』
類は友を呼ぶ。 人は鏡……。
残念ながら安倍晴明は、そうとは思わない。
この親切丁寧の皮を被った男の前ではーー。
「安倍晴明、仕事と菓子を持って来たぞ」
上等な藤色の羽織りに鬼の面をした東寺なつめが、そう穏やかに言って、巻物一つと菓子折りを安倍晴明の机の上に置いた。
しかも、甘味好きである安倍晴明にとっては堪らない都で人気の甘味処『鶴屋』の『餡子たっぷりの最中』。
流石は元同僚だけあって、安倍晴明の食の好みは東寺にしっかりと把握されている。
(……くっ、魅力的なのが、また、けしからんな……)
思わず受け取りそうになった手を止めて、そっと東寺の方へと押し返す。
「……要らへん」
東寺の親切を信じたら大体、型に嵌められている。
……というよりも東寺が対価を支払う時は必ず、それに見合う何かがあると言って過言ではないのだ。
「重要な案件だ、お前に拒否権はない」
しかし、東寺も引き下がらない。
ーーずいっと、指先で押しやられた菓子折りと仕事内容が書かれた巻物が安倍晴明の元へ帰って来た。
「……あのなお前さん。俺の仕事も重要やと思わへんのか。 そもそも、お前さん等が連日、山のように呪物を持って来はるおかげで手が足りひんのや」
困り顔の安倍晴明に、東寺が理解できないとばかりに深いため息を吐いて言った。
「それは、お前が呪物を非効率的に解呪しているからだろう?」
そう安倍晴明ならば呪物に触れるだけで解析、解読、解呪が一連の流れできるのだ。
なのに、安倍晴明は必要以上にそれをしない。
安倍晴明は基本的に解析、解読を終えると、非効率的にも呪物の想いを聞いて、その要望を叶えることで解呪している。
東寺には理解できない手間のかけ方だったが、これが安倍晴明という男なのだ。
「何故、一つ一つ呪物の要望を聞く必要がある?」
同期の同僚として、どれほど長い付き合いであっても未だに東寺は安倍晴明を理解できない。
鬼面越しの呆れたような東寺の視線に安倍晴明は眉を顰めた。
「効率重視のお前さんには一生理解出来ひんやろうな。 そもそも、俺を理解して欲しいとも思わへんさかい……これ持って帰ってくれるか」
淡々と言い終えると安倍晴明は、机の上の巻き物と菓子折りを持ち上げると東寺の胸に押し付けるように返した。
「最下級が上級に小言を言うとは何事だ」
しかし、東寺は絶対に受け取らない。
二人の間で巻き物と菓子折りがギチギチと悲鳴をあげた。
「残念だが、俺は帰らんぞーーこの仕事だけは、お前が過労で倒れようとも必ずやり遂げてもらう」
「くっ、職場の環境と上司が最悪すぎる……」
安倍晴明は東寺の熱量に押し負けて、間に挟まれた可哀想な菓子折りごと巻物を渋々、引き取るしかなかった。
「あぁ、退職したい」と菓子折りの最中を齧りながら、ぼやく安倍晴明を東寺は満足そうに見つめて言った。
「文句があるなら、今すぐ金の鈴をつけてくるんだな」
「嫌や」
「この仕事が終わったら、茶狂いのお前のために好きなだけ高級茶葉を送ってやる……。 行くぞ、茶狐」
『茶狐』ーー東寺に懐かしい昔の愛称で呼ばれたかと思うと、突如、空間が裂けてその中から鬼の手が現れる。
驚く暇もないまま、問答無用で鬼の手に安倍晴明の背中の着物が摘まれると、まるで子猫の移動のように運ばれていく。
「……はぁ」
安倍晴明は深いため息を吐く。
鬼の手にぷらんと摘まれたまま、全てを諦めたように手に持った菓子折りの最中をもくもくと食べ続けた。
そして、東寺の部下である犬面の雪村と安倍晴明の後輩でもある蛇面の女術師、蘆屋道満も合流する。
そのまま都の外れにある地蔵寺へと向かった。
勿論、そのほとんどが転移術式による瞬間移動なのだが、ここで一つ手間がかかる。
まず、地蔵寺がある山の麓の村まで術式で移動すると一向は目的地までの被害を聞き込んで、記録しながら徒歩で移動しなければいけないのだ。
「はぁ〜あ。 対魔課のなにが嫌って、この周辺被害の記録が一番面倒くさいですよねぇ」
そう投げやりに、雪村が犬面の奥で深く息を吐くと「全部、調査課がやれば良いのに……」とぼやいて、黄色の羽織を揺らしながら一番前を歩いていく。
陰陽寮の中でも東寺等が所属している対魔課は、陰陽寮の中でも一般的に『陰陽師』と呼ばれる花形の仕事だった。
「まぁそう言うな、雪村。 対魔課は、陰陽師らしく人前で振る舞うことも仕事内だ……」
東寺が穏やかに雪村の背中に向かって言った。
そう、大まかに四つに分けられた陰陽寮のなかでも『陰陽師』と言われれば「あぁ、対魔課か……」と術師達の中でも直結するほどの知名度だ。
ーー対魔課は訪れる禍を祓って人々を救う。
ーー医療課はあらゆる癒しで人々を救う。
ーー研究課は神へと至る術を極め人々を救う。
ーー調査課は世に蔓延る悪を調べ人々を救う。
陽の当たる陰陽師と称される術師か、日陰で支える術師か。
その違いなのだが、安倍晴明が以前、所属していたのも対魔課であった。
安倍晴明は東寺の言葉に一つ頷く。
「せやな。 営業らしくその辺の村人から聞き込みが必要やろな。 雪村……頑張りや」
人々から慕われる陰陽師として、善良な一面を広める。
ーーつまり営業の側面も必要とされ、人々の噂になるための会話と功績づくりも仕事の一つなのだ。
その応援だけはすると、安倍晴明は穏やかな新緑の瞳を雪村に向けた。
「いやいや、聞き込みくらい手伝ってくださいよーー安倍晴明っ!」
「嫌や。 俺はもう対魔課やない」
安倍晴明が昇級を蹴った原因の一つに対魔課が、人と話さなければいけない被害記録の仕事を含み、東寺等のように三人から複数人での班行動しなければいけないからである。
無論、団体行動が苦手な安倍晴明は帰って静かに茶が飲みたいがために全て一人で解決してしまう。
そのため、東寺を含めた上級の同僚からは『茶狐』と揶揄されていたのだった。
安倍晴明は、お茶の好きな狐面さんでした。




