第三話 『ーー祝、呪物管理課! 本日、開設!』
人を呪わば穴二つ。
呪いは呪いを呼び、人は怪異を呼ぶ。
袖触れ合うも多生の縁――とは言うものの。
「……そんなんで、納得できるわけないやろっ」
研究室の扉が賑やかだと、扉を開ければ研究室に雪崩れ込んでくる大量の狐狸の妖怪。
「一体なんなんや、この大量の狐狸の類は……っ」
その勢いに飲まれて安倍晴明は背後に倒れた。
床に手を付けば、カサっとーー手に触れる紙と硬貨の感触。
それだけで、安倍晴明は全て把握した。
「まったく……誰や。俺の研究室の前で、こんな中途半端なコックリさんしたやつ……」
地味に面倒だ。と頭を抱える。
現在、安倍晴明が出会しているのは雑な召喚儀式の途中であるーーそのため、コックリさんと呼ばれる怪異から生まれた狐狸が延々と発生しているのだ。
召喚儀式の紙から飛び出てくる彼等は質問の数で生まれているのでなく、時間経過とともに出てきている。
「せめて、召喚儀式は最後まで終えてくれんか……」
安倍晴明は手短な狐を捕まえると、まず彼等が何のために呼ばれたのかを解析する。
『陰陽寮の今日の夕餉は、なんですかっ?』
『……安倍晴明は茶を与えれば、俺の研究にも協力するか?』
『ど変態はどうすれば、私に興味を持つんだ?』
『あっ、兄者。そう言えば、六道輪廻の根源についての理論構成を再構築しろって、爺様方がーー』
『それを早く言え、行くぞ、雪村』
『はーい』
『……チッ、答えを聞きそびれたな』
そんな三人の姿が見えて安倍晴明は抱き上げた狐を落としそうになった。
(……あ、あいつ等が原因やったか。 ……しかも、また物騒な話をしてはる)
どうやら、コックリさんの途中で東寺達が仕事に戻ったせいで、召喚儀式が途中のままになっていること知った。
コックリさんは放置さえしなければ、礼儀正しい怪異だと言うのにーー。
「……はぁ」
安倍晴明は深い溜息のあと、召喚儀式を完成させる一言を静かに告げた。
『……こちらへ、おいでませ。コックリさん』
すると無数に溢れていた狐狸達は一瞬で、一つの形となる。
渦を巻くように巨大な狐は、ゆらりと安倍晴明の目の前に現れた。
『ーー今日の夕餉は焼き魚と揚げ出し豆腐、ほうれん草の胡麻和えに、豆腐の味噌汁。安倍晴明は茶を与えても研究には協力しない。ど変態は蘆屋道満の蠱毒には興味を持っている……』
コックリさんは一息に、淡々と答えた。
その言葉は嘘偽りない事実で、全ての答えを聞き終えた安倍晴明は苦笑を浮かべながら巨大な狐の鼻先に触れる。
「……すまんな、来てもらって早々にやけど、今から門を閉じるさかい、お帰りいただけるか?」
『油揚げを一つ』
それが答えの対価だとコックリさんは言った。
安倍晴明が「せやな」と頷いて、食堂へ足を運んで、油揚げを貰い。
それをコックリさんに渡して、丁重にお帰りいただいた。
陽も傾いた頃、安倍晴明はコックリさん騒動で散乱した研究室をやっと片付け終わる。
「……ほんに、あの三人のせいでとんだ一日やったな」
お茶を片手に、ホッと息を吐いた安倍晴明だったがーーまるで、それを狙ったかのようにドンドンと研究室の扉が叩かれる。
「開けろ、安倍晴明」
ぶっきらぼうな女の声が聞こえてくる。
それは、片付けに疲れ果てた安倍晴明が今関わりたくない三人の内の一人だ。
(……嫌な予感しかせぇへんのやけどな)
そう渋々、扉を開ければ、そこに居たのは蛇の面と朱色の羽織りが艶やかな長い黒髪の女の術師ーー。
「貴様のために看板持って来たぞ、安倍晴明」
蘆屋道満だ。
女の細い手に似合わない大きな木製の看板ーー祝『呪物管理課』。
ご丁寧に祝いの花飾りまで付けられている、それに、安倍晴明は視線を落として固まった。
「……待ちや、道満。 なんやそれは……なんの看板持ってきてはるのや」
いつも冷静な安倍晴明だが、流石に戸惑いを隠せない。
狼狽する安倍晴明の疑問に応えたのは低い男の声だった。
「それは、今日から立ち上げる新部署だ。ーー安倍晴明」
声がした方を見ると鬼の面と藤色の羽織りを優雅に揺らして歩いてくる。
その背後には犬面の少年、雪村の姿もあった。
「東寺……」
「看板の作成に思わぬ時間を要してしまったが……、『呪物管理課』は今日からお前の所属する課となる」
ただし、所属はお前一人だがな。とフッと嘲笑うかのように東寺が鬼面の奥で笑った。
「なんや、その珍妙な部署は……というかお前さん達、朝から何してくれてはるんや」
コックリさんといい。唐突に、立ち上げられた呪物管理課といい。
迷惑この上ないと安倍晴明は東寺を睨み付けた。
「お前のせいで、お偉方が大騒ぎだ」
安倍晴明の視線を涼しげに受け止めた東寺が鬼面を外して、安倍晴明を見据える。
鬼に裂かれた爪痕が走る端正な顔は珍しく笑っていなかった。
「神に届く術を持つ最上級術師が最下級を願うなど……まったく、俺や同僚の上級術師達が、どんな気持ちか分かるか?」
普段、鬼の面の奥に隠された東寺の表情が酷く悲しげに歪んだ。
妬み、嫉み、恨み、怨み……それでも憧れてしまう安倍晴明の才を陰陽寮の誰もが認めているのだ。
それを、この男は簡単に捨ててくれるーー誰が喉から手が出るほどに欲しているというに。
「すまんが、俺はお前さん達が欲しがる地位も思想も一生分かりとうない……」
安倍晴明は拒むように新緑の瞳を伏せる。
だからこそ、東寺は安倍晴明と分かり合えないのだと理解した上で、穏やかに笑んだ。
「だろうな。 悲しいことに、上級術師の宿舎の壁に貼られたお前の不祥事を皆、遠い目で眺めていたぞ……」
「そ、そうか」
その光景が想像できてしまった安倍晴明はなんとも言えない気持ちになる。
安倍晴明は自分にとっての価値と他人にとっての価値が違うことを理解している。
(……もし、それが世界に一つしかない茶なら俺も同じ反応してたやろうしな……)
そう思いながら、安倍晴明は東寺から蘆屋道満が持っている『呪物管理課』の看板に視線を向けた。
「……せやど、なんで『呪物管理課』なんてもんが急に、設立されてはるのや。こんなん勝手に作られても困るのやけど」
お引き取り願えるか?と、安倍晴明が三人に言った。
要らないものは要らないと言わなければ、この陰陽寮は面倒事を次から次へと押し付けてくる。
「残念だが。 陰陽寮から、既に許可を得ている。 安倍晴明ーーお前に拒否権はない」
そう言って、東寺は不敵に笑うと鬼面を付けて言葉を続けた。
「つまり、これは俺達からの意趣返しだ」
東寺の足元から小鬼たちがポンポンっと音を立てて現れると、祝うように小さな花々を撒き散らす。
「はい!ーーでは『呪物管理課』!本日開設ですね!」
「クククッ、貴様一人しかおらんがな!喜べ!」
雪村と蘆屋道満が二人で大きな木製の看板ーー祝『呪物管理課』の端と端を持ち上げて楽しげに笑った。
(……一人なのは、別にかまへんのやけど……)
目の前には盛大に掲げられた祝『呪物管理課』。
ひらひらと花びらに祝われながら、何が悲しくて、こんな珍妙な部署に所属しなければいけないのだろうか。
「……その珍妙な部署名は、嫌や」
しかも、何故か、安倍晴明は自身の研究室が呪物に埋まる未来しか想像できない。
そんな不安しかない安倍晴明の横を、柔らかな風が吹き抜けて、無色の鈴を一つ鳴らして行った。
呪物管理課開設です!




