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第二話 『それは物置?いいえ、呪物庫でした⭐︎』

 


 この世に産まれて、数十年。


 白狐の母の望んだ『ただの術師』として生きながら、人間の父のように『人間らしく』振る舞っている。



 それが、正しい生き方なのか安倍晴明は、未だに分からない。


 それでも日々、安倍晴明は人間を知ろうと人の営みを眺め、その心を観察しながら、黙々と術式を研究しては、新たな術式を世に送り出してきた。


 この地上に産まれて、たかだか数十年そこいらで天が欲する答えなど見つかるはずもないがーー人の心の中でも、とりわけ呪いは強い想いを宿していた。



「……これは、また……凄いな」



 西の宿舎の離れ物置部屋を開けて安倍晴明は声を漏らした。


 扉を開けてすぐに目に飛び込んで来るのは呪物、呪物、呪物、呪物、呪物……。 


 ここは何だ、地獄か? 呪物の墓場か?。

 一度開けた扉は、崩れ落ちてきた呪物達が邪魔をして、閉じなくなってしまった。



「物置というより、呪物の保管庫やったんか」



しかも、コロン……と首のないコケシが足元へ転がって来た。



「……はぁ」



 深いため息とともに、それを手に取るとーー瞬間的に、これは数時間後に、首が落とされる呪いだと解析する。 

 呪詛の解読結果から解呪に繋がる術式が即座に組み立てられる。

 それを展開すれば、安倍晴明はその場で解呪できるのだが――。



「……まぁええか。 このコケシの頭を創ったるか」



 呪物の想いを尊重して、強制解呪に繋がる破壊術式ではなく、正攻法の解呪ーーつまり、コケシの頭を用意するという方向で解呪することにしたのだった。



 もちろん、通常であれば呪物の呪詛解析に数日はかかる。



 だが、安倍晴明は生まれ持った膨大な叡智が体内で術式化しているため、呪いに触れるだけで、その本質を『解析』『解読』し、『解呪』まで一連の流れで行える。

 

 

「しかし、この部屋……解呪より、掃除の方が大変そうやな」



 やれやれと、安倍晴明は重い腰を上げた。

 それからは、無色の鈴を鳴らしながら、せっせと解呪と掃除に暮れる毎日だった。



(……こんなに、穏やかな気持ちで掃除ができる日々も悪くないな)


 

 そう思いながら数日後、安倍晴明は物置部屋にあった全ての呪物を解呪し、自身の研究室として使えるまで綺麗に片付けた。


 ――はずだった。

 休暇を終えて数日ぶりに出勤してきた安倍晴明が元呪物の保管庫になっていた自身の研究室を前に固まる。



「ーーな、なんでや」



 そう数日前に、安倍晴明は自身の研究室を作り上げて久しぶりの帰宅をしたはずだったがーー今現在、ミッシリと入り口を埋め尽くす墓石やら刀やら人形の数々……それは全て呪物であった。



「あれほど綺麗にしたはずの俺の研究室が……また、呪物に埋もれてはる」


 

 地獄再来ーーと、安倍晴明は物理的に立ち入れなくなってしまった自身の研究室を前に呆然と眺めていると、背後から少年の明るい声が聞こえて来た。



「あー! 安倍晴明!もぉーやっと出勤ですかぁ、休み過ぎではありません?」



 犬面の少年は両手いっぱいに呪いの人形を抱えて、黄色の羽織を揺らしながら駆け寄ってくる。



「これはお前の仕業やな、雪村(ゆきむら)……」



「もちろん! 兄者が、安倍晴明のためにって持って帰って来た呪物達ですよ! 感謝してくださいねぇ」



 声だけは明るく、まるで笑っているかのように聞こえるが、表情筋の死んだ雪村は安倍晴明に笑ってなどいない。

 問答無用で、他人の研究室の入り口に呪物の山を積み上げる狂気の沙汰も何とも思っていない。



「営業のお前さん等の仕事で、持って帰ってきた呪物を何で俺の研究室に持って来るんや……全部持って帰ってくれ」



 とんだ迷惑だ。と安倍晴明は睨み付けるが雪村に脅しは効かないどころか、ことさら明るく言い返されてしまう。



「なんでですか? 呪物庫に住んじゃうくらい安倍晴明が『解析、解読、解呪』のお仕事が、大ぁ好きな変態って、既に陰陽寮全体に広がってますよ!」



 犬面の奥の真っ黒な瞳は細まることはなく、声だけは明るく安倍晴明にその事実を告げた。



(……嘘やろ。 なんてことを、あぁ頭が痛い……)



 そんな噂が広まってしまえば、安倍晴明の一人静かな研究人生は消え去ってしまう。

 そして、そんな噂を広げる人物は一人しか思い浮かばない。


 安倍晴明はこれでもかというほど眉間に皺を刻みながら雪村に問いかけた。



「……誰や、そんな不名誉な噂を広げた奴はーー」



蘆屋道満(あしやどうまん)です」



「解せん」



 くっ、と悔しげに安倍晴明が青空を見上げる。



(……やっぱり()()()やった。 せっかく俺、無色になったはずやのに……)



 今までの努力はなんだったのか。

 やっと静かに術式の研究ができると思っていたのにーー安倍晴明の思い描いていた理想と現実が、いよいよ遠くなって泣けてくる。



(なんで、勝手に仕事が増えてはるのや……もう全員ほっといてくれ)



 流れる雲を遠く見つめる安倍晴明の腰に下げている無色の鈴が悲しげに音を立てる。

 その音に気付いて、雪村は「なぜ?」と首を傾げた。


 

「それより、なんで最下級の『無色』の鈴を付けてるんですか?……確かこの前、頂いた鈴は『金』でしょう?」



 この陰陽寮で最上級の位である金の鈴の術師など数える程しかいない。

 陰陽寮の術師達であれば、安倍晴明が金の位に昇級することを皆知っていた。


 だというのに、何故、この男は最上級の金の位どころか最下級の無色の位を身に付けているのだろうかーー。



「なんかやらかしたんですか?」



 雪村はド直球を投げる。 

 普通の人間であれば投げないであろう投球が安倍晴明に向かって、ゴンッと飛んできた。



(やらかした……って、酷い言われようやな)



 安倍晴明は複雑な気持ちになる。

 なんなら雪村や雪村の上司の東寺(とうじ)に比べれば、安倍晴明は術師として普通に仕事をしている方だ。

 安倍晴明は静かに雪村を見やって言った。



「なんもしてへん。 ただ『金』の位を貰う褒美に、『無色』を頂いただけや」



「……は?」



 雪村は一瞬、自分の耳が悪くなったのかと思った。



「……今、なんて言いました?」



「やから、褒美に、『無色』を頂いただけやとーー」



 安倍晴明が言いかけて雪村がビシッと安倍晴明の顔面に人差し指を立てて言い募る。



「安倍晴明、貴方って馬鹿なんですか? 褒美、矛盾してますよ? その天才級の頭で考えた結果がそれなら、実は馬鹿だったんですね」



「な、なんや、その反応は……」



 雪村の勢いに安倍晴明はたじろいで一歩背後に下がった。

 どうやら雪村の声だけは酷く怒っているようだ。



「はぁー……勿体ない。 こんな華麗に人生を棒に振る人、俺、初めて見ました」



 挙げ句の果てには、呆れたように深いため息まで吐かれてしまった。



「安倍晴明やっぱり貴方って、生き方さえ変態なんですねぇ……」



 声だけは憐れむように、雪村の犬面が安倍晴明を見上げる。


 仕事大好きの変態。生き方さえ変態。

 ここまでで既に、『超弩級の変態』が形成されつつある安倍晴明はピシャリと言った。



「これ以上、俺を変態扱いするのやめや」



 ただ俺は一人静かに仕事がしたいだけなんや。

 そして、そんな安倍晴明の内心を、周りの誰もが真面目に受け取ってくれないだけなのだ。




超弩級の変態が形成されつつありますね。

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