第一話 『最上級術師は褒美に、最下級を願う』
こちら、平安、陰陽寮呪物管理課。メンバー紹介。
人は他人を自分に都合よく、評価する生き物だと安倍晴明は思う。
ただ普通に生きているだけで、本人が望まずとも周りが好き勝手に安倍晴明を評価して、昇進に昇進を重ねた結果……。
今や陰陽寮の誰もが憧れる最上級の術師として輝かしい地位を与えられようとしていたのだ。
(……あぁ、帰りたい。茶が飲みたい。いつまで続くんやろか、この爺さん方の話は……)
しかし、当の本人である安倍晴明は帰りたくて仕方がない。
帰りた過ぎて、思わず、武者震いしてしまう。
(……あかん、眼鏡がズレてもうた……)
かけている眼鏡がズレて、襖の奥にいる老人達の下心が文字として浮かんで見えた。本当にロクでもない。
そして、簾の奥にいるお偉方の舐め回すような視線と厳格な老人の声が静寂に包まれた空間に響いた。
「……よって、安倍晴明くん。 貴殿の創り上げた術式のおかげで神に等しき式神を創る一歩が進んだのだ」
目の前には、陰陽寮の最上級術師の地位に与えられる純金の鈴。
その金色の輝きは光に当てられずとも自然とキラキラと発光しており、木箱の中で存在感を放っていた。
「……その功績を讃えて、陰陽寮の最上級術師である金の位を与える」
今現在、自分にとって不利益にしかならない地位に着かされかけている安倍晴明はお偉方の言葉を静かに受け止めながら、それが、煩わしいこと、この上ないと密かに溜息を吐いた。
「好きな褒美を求めるがいい。 金か? 屋敷か? 命か? 研究に必要な禁忌の素材まで、なんでも与えよう」
その言葉に、安倍晴明は少し間をおいて自身の腰に付いていた銀の鈴を取る。シャラン……。小さく音を立てる銀の鈴ーーそれを金の鈴と並べて、そっと箱の中に置いた。
(陰陽寮の爺さん方は、俺に最上級術師としての仕事をさせたいのやろうけど、そんなのお断りや……)
これ以上、陰陽寮のために働く気などなかった。
安倍晴明は簾の奥にいるお偉方を見据えて告げる。
「……ほな。 その褒美として、今日から俺は『最下級』として働きたい。『無色の鈴』を貰えへんやろか?」
最上級術師は『金』。
上級は『銀』。中級は『銅』。下級は『白』。
そして最下級が『無色』――つまり、陰陽寮でいうところの新米術師の地位であった。
『な、なにを……『無色』だと? 正気か?』
予想を裏切る安倍晴明の要求に、今まで厳格さを保っていた老人の声が狼狽した。
「至って正気や。 俺は元より誰かと一緒には働きとうない。一人がえぇ。やったら、陽の当たらない場所で気楽に働きたいのや……」
安倍晴明本人は至って本気だが、最上級が願う褒美としてはあまりにも自罰的だ。
『最上級術師の金の恩恵は破格だぞ? それを捨てるというのかね…… しかも、最下級を自ら欲するなど』
最上級術師が自ら『無色』を望むなど、陰陽寮始まって以来、前代未聞だった。もはや難解な珍事件である。
「一人で静かに仕事がしたい……と言うてはるやろ。 何と言われようと、俺は『無色』でかまへん」
最下級にしてくれと真顔で願う安倍晴明。
支給されている面はどこに行ったのかーーそもそも陰陽寮内で呪詛を弾き返す面を着けず素顔を晒して呪いを受けながら平然と歩いている術師は、陰陽寮の祖である菅原道真とこの男くらいだろう。
(……いや、どれだけ、集団行動が苦手なんだーー)
最上級の術師はやはり思考回路が難解だった。老人達は簾の奥で驚愕に言葉を失う。
『……き、貴殿は、ただ、それだけの理由で最下級の無色を望むというのか……』
「最下級の無色になれへんなら、退職したい」
そう淡々と言い切った安倍晴明は、新緑の瞳をまっすぐに老人達に向けていた。なんて恐ろしく固い覚悟だ。
老人達はゴクリと唾を飲み込んで何とか思い留まらないかと恐る恐る問いかける。
『……最上級術師ともなれば、日の本全ての富と名誉も望むまま手に入るというのにか? 願ったものは全て手に入るぞ?』
「あぁ、興味ないな」
もはや老人達は説得の域に達していたが安倍晴明の意思は固い。というより心底興味がなそうな声色だった。
「……せや、興味があるとしたら、今日、俺がここに呼び出されて茶の一つも出んかったことやな」
淡々とした安倍晴明の嫌味が恐ろしい。何故、そこまで茶に執着しているのか謎だ。
簾の奥にいる老人達は理解不能な安倍晴明の言動と要求に背筋を凍らせながらーーこれ以上は、本当に退職を願い出しそうな空気さえある安倍晴明を前に、渋々と告げる。
『……で、では安倍晴明。望み通りの褒美として、今日から最下級の無色とする。 受け取るがいい……』
すると、安倍晴明が置いた金と銀の鈴は消えて、代わりに最下級の無色の鈴が現れた。
「おおきに、いただくな」
安倍晴明はその鈴を手にすると穏やかに問いかけた。
「ーーあ、忘れとった……無色となると、個人の研究室があらへんさかい、どこか空き部屋を使わせてもらえへんやろか?」
そう安倍晴明が欲しいのは静かな仕事環境であり術式を研究できる場所だった。
安倍晴明の問いかけに老人達は、しばらく頭を悩ませる。
『最下級に、空き部屋か……』
陰陽寮の位を重んじる形式上、上級術師以上に研究室と個人部屋が与えられている。
いくら元、最上級術師の安倍晴明であっても、今の位は最下級だ。
簡単に研究室を与える訳には……と思っていたところで、ふと誰も近寄りたがらない一室があったことを思い出す。
『……西の宿舎の離れの部屋が物置となっている。 誰にも使われぬ、その部屋ならばくれてやろう』
物置とは聞こえがいいが、正確には手に負えぬ呪物置場だ。
その真相を知らない安倍晴明は一つ頷いて立ち上がると……シャンッと無色の鈴を腰に結んだ。
「ほな、ありがたく使わせて貰うな」
穏やかに言って、ゆったりと去って行く安倍晴明は、どう見ても最下級の術師とはかけ離れた存在感を放っていた。
『……あれが、陰陽寮の最下級とは世も末だな……』
老人達は遠い目で安倍晴明の背中を見送った。
陰陽寮史上初の最下級爆誕ですね。




