意識を持っていかれる
昨日から『愛される嫌われもの』を探す旅をし過ぎて、迷い始めている作者です。こんにちは。
様々な視点から、『嫌う』『嫌われる側』について思考して参りましたが、目の前のあなたは、不思議に思われませんか……?……私は思います。私は、あらゆる感情を発生させる感覚、発生させる感化は、タイミングに左右され、その感情の隙間、感覚のはざまに、落ちる部分、スポットのようなものがあり、そこにタイミングよく嵌ると、人は、感動するのだと私は感じているのです。
スポットの種類は、哀しい嬉しい楽しい面白い怖い苦しいつらい、と、様々あるのですが、人はそれぞれ、切り替えの瞬間に自身は気づけていないのです。
言葉は魔力であり、喜びです。
……それは、何故かと申しますと、私は考えているからです。
言葉には、音楽と同じように、人の感覚を刺激するスポットをたくさん身に着けているから(貼り付けているから)です。
……例えば、目の前のあなたは、単純に褒められると嬉しいかしら?……質問を変えますね。何故、ほめられると嬉しいのかしら?
もう少し質問を変えますね。目の前のあなたは、ほめられたあと落とされるとがっかりされるかしら?
何故がっかりされるのかしら?
目の前のあなたは、何故、その時、嬉しいと感じたのかしら?何故、不満に思えてしまったのかしら?
目の前のあなたは、どうしてそのような感覚になったのでしょう?




