人は 想定する未来像と現実のズレ
前のページで、目の前のあなたに質問をしましたね。覚えてらっしゃいますか……?こんばんはです。……すこし、今日お仕事頑張りすぎてふらふらの作者です。
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……何故、先の質問を目の前のあなたにしたのかってこと、勘のよい方は、解ってらっしゃるかしら。……私は、思うのです。……人は、何も考えていないようで、……実は、何も考えてないときほど、自らにとらわれていると
このロジックは、……私が常々思うことなのですけれど、人が褒められてうれしいのは、……その方が褒められる未来像を心のどこかで想定していたからです。意外であるなら、嬉しいではなく驚くから入ると思うのです。嬉しいのは、心のどこかで想定していたからです。
つまり、ほめられてうれしいですか……?という質問と、何故ほめられるとうれしいのですか……?という質問は、同じ個所を指しています。けれど、ほめられてうれしいですか……?という質問の方が、何故ほめられるとうれしいのですか……?という質問よりも嫌悪感が少ないのです。これは親密性でも触れたかった部分なのですが、これらのような質問にもタイミングがあるので、この質問が全く逆の方が嫌悪感が少ないパターンも存在します。
……つまり、……もう、目の前のあなたはきっと解ってらっしゃいます、私は、こういいたいのです。
同じ質問をしても、タイミングによっては薄い嫌悪感を他者に与えます。
『つまり嫌悪感は、言葉ではなく、タイミングがつくるのでしょうね』
次のページでもう少し詳しく踏み込もうと思います。
※これらは全て根拠はなく、私自身の感覚から書いています。おかしな理論だと思われた方は、感想欄に来られてくださいませね。




