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「おはよう、エステア」


前回と同じように、目覚めるなり廊下に飛び出したら、なに食わぬ顔をしたフェルが立っていた。

怪我をしていたはずの顔も、すっかり元どおりだ。


(それはそうだ。処刑された私だって、元どおりなのだから)


頭ではわかっている。

それでも、彼の無事な姿を見た途端――私は膝から崩れ落ちた。


「よ……よかった……」


はあ、と大きく息を吐くと、不思議そうな声が降ってくる。


「大げさだねぇ……とりあえず、君の部屋に入ろうか。――よっと」


フェルは私の腕を取って立たせ、そのまま部屋まで連れて行ってくれた。

寝台の端へ私を座らせると、自分は椅子に腰を下ろす。

すぐさま、私は彼へ問いかけた。


「ねえ、どうして捕まったの……?」


フェルは肩をすくめる。


「ちょっと欲張っちゃってね。マルクが鍵束を持ち歩いていたから、拝借するのが手っ取り早いかなって」


「……盗もうとした、ってことね」


「借りようとしただけさ。返す時間はないけれど。ただ――鍵束には、守護の魔術がかけられていた」


「守護の魔術?」


「持ち主から離れないようにしてある、って感じかな。それで、僕の魔力で無理やり剥がそうとして……王子様に見つかっちゃったってわけ」


「王子様……って、セオドリク!? どうして、彼が……」


「……マルクが出ていた、上位神官の打ち合わせは――定例の儀で君を断罪する時、誰がどう動くかの最終確認だったのさ。王子様がいたのも、そのせい」


「っ……」


背筋を冷たいものに撫でられたような気がした。

私が知らないあいだに、そんな話がこの大神殿のなかで進められていたこと。

考えてみればおかしくはないのだけれど、それでも……私もいつもどおり、この場所にいたという事実が、たまらなく恐ろしかった。


フェルは続ける。


「気配を消していた僕に気づいたのは、王子様だ。恐らく、メルディアの力を使ったなにかだろう。守護の魔術を無理やり剥がそうとした時の魔力の動きを、感知したんじゃないかな」


「細かいことはよくわからないけれど……とにかく見つかっちゃったのね」


「あとはもう、君の想像どおりさ。ひどいよねぇ、抵抗できない僕をやりたい放題」


「……もしかして、セオドリクが?」


「……」


フェルは答えず、腕を組む。


「まっ、とにかく……マルクからどうやって鍵を借りようか。いっそ、聖女様直々にお願いしてみる?」


「無理よ……彼、私を相手にする気すらなさそうだったもの。せめてなにか、交渉でもできればいいんだけれど」


「そうだねぇ……脅すなり殺すなりは、本当にどうにもならなかった時の最後の手かな」


「……ひどい目に遭わされたとはいえ、さらっとそういうことを言うのは……やめましょうよ」


「ごめんごめん、冗談だよ」


そう言ったフェルの口元は微笑んでいるのに、目だけは笑っていなかった。


(絶対、冗談じゃなかったわね……)


マルクの態度は正直、腹立たしくは思うけれど……セオドリクと違って、直接なにかされたわけではない。

だから、そういう物騒な手段を選ぶことには、まだ少し抵抗があった。

ただ……フェルの言うとおり、最悪そうせざるを得ないのかもしれないけれど。


(フェルだって、私を助けるために考えてくれているんだもの……本当は、いつまでも甘いことを言っている場合ではないのよね)


そのためにも、なにかうまい手を考えなければ。

……なんて、思っていたら。


「ところでさ。前回の定例の儀は、結局どうなったの?」


ふいに、フェルがそんなことを聞いてきた。


「ん……ほとんどは、あなたの言ったとおりだったわ。それで、メルディアが本当は『大いなる災い』だってことや、唆されたセオドリクたちこそ危険だってことも言ってみたんだけれど……やっぱり、証拠がないとダメね。余計に嘘つき呼ばわりされてしまったの」


今度は私のほうが肩をすくめた。


「仕方ないさ。実際、突拍子もない話だからね」


フェルは小さく笑ったあと、すぐに声を落とした。


「……とはいえ、前々回みたいに下手にメルディアを追い詰めて刺激すると、多くの人に危害が及ぶ。それは君も嫌だろう?」


「もちろんよ。でも、そう考えると……これ以上定例の儀に出ても、得られるものは少なそうよね」


そこで、ずっと引っかかっていたことを聞いてみる。


「フェル、言ってたわよね? 私の時間を封印してるって。それって、処刑されるかどうかに関係なく……私が死ねば、時間は巻き戻るってこと?」


「そうだけど……君、まさか」


「だって、処刑されるまで大人しく待っているのも時間の無駄だし、そもそも剣で斬られるだの首を絞められるのだの……痛いしもう嫌だわ。だったら――もう少しマシな死にかた、ないかしら?」


フェルは片手で自分の顔を覆った。

そんな仕草は、初めて見たかもしれない。


「……気持ちはわからないでもないけれど、自分の死にかたを相談される日が来るとはね。さすがに想定外だったよ」


ゆっくりと息を吐くと、片手を下ろして私をじっと見る。


「残念ながら、楽に死ねる方法は持ち合わせてないんだよね。即死って意味なら、高いところから飛び降りるくらいしか思いつかないけど、それなりの高さも必要だし」


フェルは椅子から立ち上がる。


「僕の研究部屋に行こうか。魔力を集めるための触媒のなかに、いくつか劇物があるんだ。本来こういう用途のものじゃないから、効きかたはあまり読めないけれど――窒息よりは、早く逝けるかもしれない」


自分から切り出したものの、恐ろしいことを静かな調子で告げる彼の様子に、思わずごくりと唾を飲み込む。

一度、深く息を吸って、吐く。

それから私も寝台を下り、フェルと一緒に自室を出た。



 ◇ ◇ ◇



フェルの研究部屋に入るのは初めてだったけれど、思ったよりちゃんとしていた。

壁際の棚には、小瓶や乾燥させた素材がきちんと並び、机の上には見慣れない器具と、書き込みだらけの紙束が積まれている。


「魔力を効率よく溜める方法くらいはね。たまに調べているよ」


「驚いたわ……あなたいつも寝てばかりだから、研究部屋っていっても……なにもないんじゃないかと思っていたのに」


つい本音がこぼれてしまったけれど、彼は気にした様子もなかった。


「なかなか思うようにいかなくてさ。余計な消耗をしないで済むぶん、寝ているほうがまだマシなんだよ」


「ふぅん……? そもそも、魔力を溜めるってどういうことなの?」


「世界にはね、空気と同じように魔力の源――魔素(マナ)が満ちている。日々少しずつ、体内に取り込んでいるんだけれど……一度にもっとたくさん取り込めたら便利かな、って」


フェルは棚にしまってあった素材をいくつか取り出し、ひとつずつ確かめる。


「このあたりかな……すぐ持ち出せて飲めるものなら、やっぱり液体だよね」


そう言って、透明な液体の入った小瓶を私へ差し出した。


「飲んでみる?」


「……いまは、やめておくわ」


どうせ数時間後には、これに頼ることになるのかもしれないけれど。

劇物の小瓶を受け取った私は、そのままフェルと、このあとどう動くかを話し合う。


「定例の儀に出ないのなら、封印の務めにも……行かないほうがいいわよね。多少騒がれるかもしれないけれど、時間もないことだし」


「そうだね。封印の間に行ってしまうと、そのあいだにマルクの打ち合わせが終わる。だったら、広間へ向かう回廊のほうで待って、出てきたところを探るのがいいかな」


そこで、ふと前回のことが頭をよぎる。


「そうだ、フェル。また前回みたいになったら嫌だから……もう、あまり離れないようにしましょう」


フェルは複雑そうな顔をする。


「僕としてはやっぱり……お互い、できることをやったほうが合理的だと思うけれどね。それに――」


一拍、間が空く。


「――僕はもう、数えきれないほど君の死を見てきた。悪いけど、最終的に君が助かるのなら……君が怪我をしても、死んでも、いまさらなんとも思わないよ」


そう言われた瞬間、ある記憶が蘇る。

前々回、フェルがメルディアの首筋を、初代聖女の髪飾りで突き刺す直前のこと。


――『ごめんね、エステア』


あれは、メルディアを殺せば、私もセオドリクに殺されるとわかっていたからこその言葉だったのだと、いまさら気づいた。

けれど、それでも。


「私が……見たくないの。あなたが傷つく姿も……あなたが死ぬ姿も」


フェルはしばらく黙っていた。

やがて、ふっと息を漏らす。


「まったく、聖女様は思ったよりわがままだったらしい。そうだね、僕も……君が泣くのは、もう見たくないかな」


「だから泣いてないってば……」


「わかった、わかった。僕たちは、なるべく離れない。じゃ、ひとまず評議の間のほうまで様子を見に行こうか」


フェルはさっさと部屋を出ていく。


「まっ、待ってよ……!」


なんだかいつも、彼の後ろ姿を追いかけている気がする。

不思議と、嫌ではなかった。

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