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「ラグレイン家の魔術師殿? 見てませんな」
定例の儀が行われる広間。
そこに繋がる回廊で、上位神官のマルクを見つけた。
けれど、フェルを見ていないか尋ねた結果がこれだ。
「でも、フェルはマルク様に用があって、評議の間まで行っているはずなの。その……封印庫のことを伺いたくて……」
じろりと、咎めるような目で見られる。
「お言葉ですが、聖女様。定例の儀の時間が近づいているのは、おわかりでしょうに。こんなところで、準備もせずにふらふらと……聖女としての自覚が足りないのでは?」
そう言い切られ、言葉に詰まる。
(なっ、なによ……どうせあとで、偽りの聖女だのなんだの責めてくるくせに、よくもまあそんなことが言えるわね……!)
なんて、直接文句を言うわけにもいかないのがもどかしい。
「……じゃあ、これだけ教えて。評議の間に、新しい血の痕があったのだけれど……誰か怪我でもしたの?」
マルクの目が、ほんのわずかに細くなる。
「神官のひとりが、手を切ってしまいましてね……それだけですよ。――さて、もういいですかな?」
これ以上話を続ける気はないと、暗に訴えられる。
「……わかったわ。お忙しいのに、ごめんなさいね」
素直に謝り、すぐにマルクから離れる。
背後から、舌打ちのような音が聞こえた。
思わず振り返りそうになるのを、必死でこらえた。
(どう考えてもマルクが怪しいけれど……いまはとにかく、フェルを探さなくちゃ)
気を取り直して、こうなったら片っ端から神官や神殿兵に、ラグレイン家の魔術師を見ていないかと聞いて回る。
怪訝な顔をされたって構わない。どうせ私の奇行も、なかったことになるのだから。
……けれど、フェルを見たという者は、ひとりもいなかった。
(あれだけ目立つフェルを、誰も見ていないなんて……さすがにおかしいわよね)
もしマルクが嘘をついていて、本当は評議の間でフェルになにかあったのなら――部屋に残っていた血の痕は、やっぱりフェルのものだったのではないか。
怪我でもしていて、まだあのあたりから動けずにいるのかもしれない。
私は考えるよりも先に、その足で上位神官区画へ向かった。
◇ ◇ ◇
評議の間まで戻った私は、一応なかを覗いた。
さっきと変わりはない。
隣の部屋の扉に手をかける。
開いた先は、棚と机があるだけの小さな部屋だった。
誰の姿もない。
次の部屋へ向かおうとしたところで……ふいに声をかけられた。
「聖女様? このような場所で、なにを?」
近くを通りかかった神官が、訝しげにこちらを見ている。
内心焦ったものの、どうにか平静を装って「少し、探しものをしていて……」とだけ返す。
「しかしこのあたりは、上位神官がお使いになる部屋ばかりですが……神官たちも、ほとんど出払っておりまして……」
「ええと……許可はいただいているの。その……上位神官の、マルク様に!」
「はあ……」
そんな感じで、どうにか神官をやり過ごす。
多少の足止めを食ってしまったとはいえ、まだ諦めるには早い。
さらに奥の扉を開ける。
そこは祭具を置く部屋らしく、布をかけられた台や箱が並んでいた。
(フェル……いない……っ)
焦りばかりが募る。
こんなところで手間取っている暇はないのに。
そうしていくつかの部屋の扉を開けたあと、次に手をかけた扉は……動かなかった。
鍵がかかっているわけではなさそうなのに、内側からなにかがつかえているみたいに重い。
「……?」
なんの部屋かはわからない。
なかに誰かいるのか耳を澄ませても、物音ひとつしない。
もう一度、強く押す。
扉がわずかに軋み、隙間ができた。
その向こうに見えたのは――床へ投げ出された、白にも見える銀色の髪だった。
「――フェル!」
夢中で扉を押し広げ、そのまま部屋のなかへ飛び込んだ。
フェルは、扉のすぐそばでうつ伏せになって倒れていた。
慌てて床に膝をつく。
彼の肩に手をかけ、少しでも楽な体勢になるよう、そっと体を横向きに返す。
乱れた銀髪の隙間から、口元にこびりついた血が見えて、息を呑む。
その身体も、よく見れば後ろ手に縛られていた。
「ねえ、フェル……起きてよ! 大丈夫!?」
「……ん」
フェルの睫毛がわずかに揺れる。
ゆっくりと目が開いて、焦点の定まらないままこちらを見る。
「……あれ、エステア。どうして、ここに?」
「どうして、って……いなかったら探すに決まってるじゃない! いったい……なにがあったの?」
尋ねながら、フェルの背中側へ回る。
後ろ手に縛られた麻紐の結び目に爪をかけ、なんとか緩めようとする。
けれど、きつく締められていて、なかなかうまくいかない。
「……いいよ、このままで」
掠れた声で、彼は小さく息を吐いた。
「なっ……なに言ってるのよ……!」
「そろそろ、定例の儀の時間だろう? 今回は、僕がしくじっちゃったからさ……また次、頑張るよ」
フェルは力なく微笑む。
「こういう目に遭うのも、もう慣れてる。だから、僕のことは放っておいて。君は君で、自分にできることを――」
「――やめてよ」
気づけば、そんなことを口にしていた。
「放っておけるわけないじゃない……あなたは、私が小さい頃から家にいて……怪しくて、変なところも多いけど……でも、いまは私を助けようとしてくれている人で……だから――」
視界が涙でにじむ。
頬を伝って、ぽたりと床に落ちる。
「エステア……泣いてるの?」
「なっ……泣いてないわよ……!」
袖でぐいっと目のあたりを拭う。
泣いている場合じゃない。
たとえ無駄なことでも……目の前のフェルを助けたい。
麻紐の結び目になんとか爪をかけ続けていると、やっと少しだけ緩む。
その時、遠くから鐘の音が聞こえた。
「定例の儀が始まる……私がいないと、どうなるの?」
「……すぐにわかるよ」
フェルが言い終えてすぐ、廊下の奥から、ばたばたと慌ただしい音が聞こえ始めた。
「聖女様はまだ見つからんのか!?」
「いったいどこへ……早く見つけて、広間までお連れしないと……殿下が――」
血の気が引く。
聖女が定例の儀に出ないなんて、もちろんただごとではない。
けれど、ここまで血眼になって探させているのが……セオドリクなのは、もう明らかだった。
フェルはぼそりと言う。
「どこへ隠れても、君は見つかる。『やましいことがあるから、定例の儀から逃げた』って糾弾されて――あとは同じさ」
麻紐を緩めようとしていた指先が、止まりそうになる。
あの断罪と処刑を思うと、もう三回も繰り返しているというのに、息が浅くなった。
(でも、もしかしたら……そこにまだ、私が助かるための手がかりがあるかもしれない)
なおも力を込め続けていると、フェルの手を縛っていた麻紐が、ようやくほどける。
彼の肩をそっと抱き、壁際に寄りかからせるようにして起き上がらせる。
「フェル、私……行ってくるわ。どうせ連れていかれるのなら、私がまだ知らない流れを、この目で見ておきたいの」
「エステア……」
「……ほら、前回こっちから婚約破棄してみたら、少しは流れが変わったじゃない? だから今回も、なにかしら試してくるわ。……またね、フェル」
私は立ち上がり、フェルに背を向けて扉に手をかける。
「……またね、エステア」
後ろから聞こえてきた声に、足が止まりそうになる。
それでもなんとか堪え、そのまま部屋を出た。
廊下を少し歩いたところで、神殿兵と鉢合わせる。
「聖女様……!? このようなところで、なにを……」
「……ごめんなさいね。私のこと、探していたのでしょう? すぐ広間に向かいますわ」
「えっ……ええ。定例の儀はもう始まっております。お急ぎください」
そうして私は、その神殿兵とともに広間へ向かった。
そのあとは、滞りなく――私にとって四回目の処刑が、セオドリクの手で行われた。




