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封印庫へ行く。

ふたりでそう決めたあと、私はフェルと一緒に大神殿へ向かうことにした。


一度フェルに部屋の外へ出てもらって、着替えや身支度を済ませる。

朝のお祈りは、もう行かない。


屋敷から、大神殿の北棟へ出る。

回廊を通って、書庫のある神官区画の奥を目指す。

途中、神官とすれ違う度にちらちら見られるのは、たぶん聖女の私がフェルと並んで歩いているからだろう。


「普段は神殿に用なんてないからねぇ、僕」


フェルは小さく笑う。


やがて、書庫の前に着く。

書庫を預かる神官には、やっぱり「珍しいですね」と驚かれた。

「珍しいの?」と聞いてきたフェルには、あえて答えなかった。

私が勉強嫌いだったことに触れられる前に、とっとと本題を切り出そう。


「ええと……彼がラグレイン家の魔術師なのは、知ってるわよね? 実はいま、初代聖女の特別な力について調べているの。その一環で、初代の残した品とかが神殿にもないかなって。たとえば――封印庫とか」


神官の眉が、わずかに動く。


「封印庫をご存知でしたか。まあ、聖女様が祭祀や儀式で使う品々なども収められておりますからな。ただ……封印庫には、たとえ聖女様でも立ち入りはご遠慮いただいております」


前回と同じことを言われた。

けれど、今回はもう少し食い下がってみる。


「それって……初代聖女の時代から残る、古くて貴重な品もあるからなのよね? どんなものなの?」


「さあ……私も詳細は知らないのです。秘匿ゆえ目録も作られておらず、出入りは鍵を管理する上位神官のみに限られておりまして」


「……その上位神官って誰なの?」


「マルク殿でございます」


マルク……その名を聞いて、すぐに顔が浮かんだ。

定例の儀にも出席していて、セオドリクが婚約破棄を宣言した時も――ただ静かに成り行きを見ていた神官だ。


(つまり……ラグレイン家を切り捨てようとしていた側ね)


ため息が出そうになるのを、慌てて呑み込む。


「マルク様も、定例の儀にお出になるのは知っているけれど……それまでは、どちらにいらっしゃるの?」


「今日の午前中でしたら、マルク殿は上位神官の打ち合わせに入られているはず。そのあと、定例の儀の準備確認へ向かわれるかと」


「打ち合わせって、どこで?」


神官の顔が、さすがに強張る。


「……恐れ入りますが、聖女様。そこまでお知りになる必要がございますかな?」


ちょっと踏み込んで聞きすぎた。


「あー……失礼しましたわ。定例の儀のあとですと、少々用事があるもので。午前中にお目にかかれるなら、そのほうが都合がよかったのですけれど……」


無理やり取り繕った、その時だった。

私の後ろから、フェルがすっと前に出てくる。


「悪いね、神官殿。こちらの都合を押しつけちゃって。……聖女様、実はね――」


そう言うと、フェルは私に聞こえないように神官のほうへ身を寄せ、耳元でなにかを囁き始めた。


「……?」


神官の「おお……」「そこまでご心労が……」という声が、途切れ途切れに聞こえてくる。

いったい何を吹き込んでいるのか……知るのが怖い。


しばらくして、フェルと神官が私に向き直る。

私を見る神官の目が、心なしか先ほどより穏やかになっていた。


「聖女様が、日々ご立派に務めを果たされているものですから……まだ年若いお嬢さんでいらっしゃることを、すっかり忘れておりました」


神官は申し訳なさそうに目を伏せ、小さく咳払いした。


「あれほど勉強嫌いだったエステア様が、自ら書庫に足を運ばれたとなれば……それだけ切羽詰まっておられたのだと、私ももう少し汲み取るべきでしたな」


(うぐっ……結局その話に触れるのね……)


なるべくフェルの顔を見ないようにしていると、神官が続けた。


「場所を教えるぐらいでしたら、構わないでしょう。上位神官の打ち合わせは、評議の間で行われております。ただ……部屋の前で待たれるにしても、聖女様は封印の務めもおありでしょうから、時間的に難しいかと」


「……あ」


そうだった。朝のお祈りはともかく、封印の務めはやっておいたほうがいい気がする。

フェルにも「ちゃんと意味がある」と、一応は言われているし。

なんて返そうか迷っているあいだに、フェルが先に口を開いた。


「ありがとう、神官殿。ラグレイン家に仕える者として、礼を言うよ」


神官が頭を下げたのを見届け、私たちは書庫をあとにした。

廊下をしばらく歩いて、ふとフェルを見上げる。


「フェル、あなた……あの神官になにを言ったの?」


「たいしたことは言ってないよ。ただ、『聖女様、最近悩んでてさ……本当に自分が聖女としての務めを果たせているのか、夜も眠れずご飯も満足に食べられなくて……せめて、初代にまつわることが少しでも詳しくわかれば、彼女も元気出るかも』って」


「……」


確かに、まるきり嘘ってわけでもない。

けれど、そこまで盛られて同情の目で見られるのは、なんだか複雑な気持ちになる。


(どうせまた、巻き戻れば忘れられるし……いいのかしら)


なんて、そんなことを気にしている場合じゃない。


「……で、どうしましょう。私はそろそろ封印の務めに行かないと、まずいわよね」


「封印を保つのに、決まった時間を守る必要はないけれど……定例の儀までの流れに、あまり余計な影響は与えたくないからね。評議の間とやらには、僕が行ってみるよ」


こうして私は封印の間へ、フェルは評議の間へと向かうことになった。



 ◇ ◇ ◇



いつもどおり、封印の務めを終わらせる。

封印の間から出ても、フェルの姿はなかった。

扉の前にいた年配の神官に聞いても、誰も来ていないと言う。


(まだ、評議の間のほうにいるのかしら?)


神官に評議の間の場所を尋ねると、怪訝な顔はされたものの、すぐに教えてくれた。

私は足早に、上位神官区画へ向かう。


評議の間に着くと、扉は開けっぱなしで……なかに誰もいなかった。

打ち合わせは、とっくに終わっていたらしい。


(フェル……どこへ行っちゃったの?)


急に心細くなって、なんとなく俯く。

理由もなく勝手にいなくなるとは思えない。そもそもフェルは、上位神官のマルクの様子を見に来たのだ。

打ち合わせが終わったあと、そのままマルクに声でもかけたのだろうか。


そんなことを考えていると……石の床の上で、なにかが妙に光を反射しているのが目に入った。

気になってしゃがみ込む。そこに落ちていたのは――白にも見える銀色の長い毛だった。


「これは……」


こんな色の長い髪を持つ人を、私はフェル以外に知らない。


(間違いない……彼はここに来てる)


すぐに立ち上がり、評議の間に足を踏み入れる。

一見すると、普通の部屋だ。

それでも、なにか残っていないかと壁や床を注意深く探す。


すると壁際に、さっきと同じ毛が落ちていた。

そのすぐそばには……まだ新しい赤黒い血の跡があった。


「フェル……ッ!」


彼になにかあったのだと悟る。

早く探しに行かなければ。


(でも……どこへ?)


悩んでいる時間はない。

ぐずぐずしていれば、すぐに定例の儀の時間が来てしまう。


(マルクなら……なにか知っているはず)


走り出したいのをこらえ、私は足早に評議の間をあとにした。

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