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「フェル……」
彼は、私の処刑の流れだけでなく……時間が巻き戻っていることまで、わかっていそうな態度だった。
そのうえ――私の味方かもしれない。
聞きたいことはやまほどある。けれど、なにから聞くべきか決められない。
そんな私の胸のうちを見透かしたかのように、フェルは口の前で人差し指を立てた。
「話の続きは、そうだな……僕の研究部屋でどう? 仮にも婚約が決まっている女性の私室に、むやみに入るのはまずいからさ。とりあえず、着替えてきなよ」
そんなことを言ってきたけれど、はっきり言って時間が惜しい。
フェルのそばまで足早に近づき、その腕を掴む。
「いいから、早く入って」
そのまま自室のなかへ引きずっていった。
「やれやれ……僕なりに気を遣ったつもりだったのに」
聞き慣れた軽口に、少しだけ安心した。
◇ ◇ ◇
「さて、どうやってあの女を殺そうかねぇ」
部屋に入って扉を閉めたあと、フェルは開口一番そんなことを言った。
「こっ、殺すって……ちょっと待って、その前に説明が先でしょ!? 普通!」
つい、ツッコんでしまう。
こんな状況でなにが普通なのか、自分でもさっぱりわからない。
フェルは少し面倒そうに頭をかいた。
「説明って言ってもねぇ……君、自分が処刑されることも、時間が巻き戻ることも知ったから、先に婚約を破棄してみたんだろう?」
「それは……そうだけど……」
「他にわからないこと、ある?」
「ッ……わからないことだらけよ! だって、私いまが四回目で……あなた、それより前から繰り返してい るのよね……?」
ついさっきのことみたいな、前回の定例の儀。
メルディアに向かって言った、フェルの言葉が蘇る。
――『そこの王子様ごと、君を何度も殺そうとした』
その言葉どおりなら、私が巻き戻りに気づくより前から、フェルはもう何度も同じ時間を繰り返していたことになる。
フェルは頭から手を離すと、今度は軽く顎に手をやる。
「なるほど、いまが四回目ね……いいよ、それなら僕のわかる範囲で話そうか。椅子借りるね。君も座ったら?」
そう言って、彼は近くの椅子に腰を下ろした。
私も寝台の端に腰掛ける。
「まず、同じ時間を何度も繰り返しているのは――僕の魔力のせいだよ。君の時間を、封印しているんだ」
「私の……時間を封印?」
聞き慣れない言葉に、つい繰り返してしまう。
「本来の今日の定例の儀――僕にとっての一回目だね。いつもどおり、裏の木の上で寝ててさ」
「……」
いつも寝ているのは、とっくに知っている。
だからこそ、さっきの「研究部屋」なんて言葉が、ますます胡散臭く思えた。
「で、突然嫌な予感がしたんだよね。それで広間に駆けつけたら……君はもう、王子様の剣で斬られていた」
「……っ」
三回も殺されたことは、私にとってはもう疑いようのない現実だ。
けれど、そのすべての始まりは、定例の儀でセオドリクに処刑されたことだった。
それを他人の口から改めて聞かされて……さすがに言葉を失う。
もともと、婚約相手として決められた彼に、特別な感情があったわけじゃない。
それでも前回、彼がメルディアに惑わされていただけではなく、自分の意思で私を切り捨てていたのだと知ったからこそ、その事実は余計に重かった。
「それで、急いで僕の使えるありったけの魔力を君にぶつけた。そうしたら……このとおりさ」
「このとおりって……要するに、時間を巻き戻したってことなの?」
「結果的にはそうなったけれど……あの時はただ、君を助けたかっただけだよ」
「……」
君を助けたかった。
その言葉が、妙に胸に残った。
私が処刑される時、フェルはなにもせず、ただ壁際から見ているだけだった。
だから、裏切っているんじゃないかと疑っていたぐらいだ。
けれど……少なくとも、見捨てていたわけじゃなかったのだ。
「……フェルが、私を助けてくれたのね」
フェルは、なんでもないことみたいに淡々と返した。
「約束だからね」
「約束……?」
誰との、なんの約束なんだろう。
フェルは私の呟きに答えることなく、話を続けた。
「とはいえ……君を本当の意味で助けられたわけじゃない。思いつくことは試してみたんだ。初めて時間が巻き戻って、定例の儀で君が処刑されるまでのいきさつを知って……阻止しようとしたり、身代わりに斬られたり、君を逃がそうとしたり……あとは……」
「あとは……セオドリク殿下とメルディアを、殺そうとしたこと?」
「そうだね。……ああ、いや。王子様のほうは――殺したよ」
セオドリクを殺した。
その事実に、一瞬だけ息が詰まった。
私を助けるために、そうするしかなかったのだとはわかる。
それに相手は、私を何度も殺してきた。可哀想とか、そんな感情では決してない。
ただ、明らかに人ではなかったメルディアと違って、セオドリクは人だ。
そのセオドリクを、フェルは殺したのだと……胸の奥が、かすかにざわついた。
フェルが私の反応に気づいたのかは、わからなかった。
「殺せなかったのは、あの女だけ。堂々と正面から仕掛けても、不意を突こうとしても、刺し違えようとしても、ダメだった。……その理由も、前回ようやくわかったんだけれどね」
フェルは懐から、細い銀の髪飾りを取り出した。
白い花を思わせる飾りをつけた、一本差しの髪飾り。
「それって……」
「本当は、持ち出すつもりはなかったんだ。ずっと、部屋の奥に仕舞い込んでいた。これは――初代聖女の髪飾りだよ」
「初代のって……どうしてあなたが、そんなものを……」
「色々あってね。大事なのは、この髪飾りに……初代の力、その一部が封じられているってこと」
髪飾りの細い軸を、フェルがぎゅっと握りしめる。
メルディアへの武器としても使っていたけれど、あれは本意ではなかったのだろうとなんとなく察した。
「僕が作ったまじないの組紐も、君が死ぬまでの流れを大きく変えるほどじゃなかったし、この髪飾りならもう少し変化が出るんじゃないかと思ってね。それで君につけてみたんだ」
「……正直、かなり怪しかったわよ。私が剣を避けようとするのを、邪魔してるんじゃないかと思ったし」
「まあまあ。それより、覚えてる? 髪飾りをつけていたあたりに、なにか違和感があっただろう?」
「違和感というか……バチッと、痛みが走ったときがあったわ」
「メルディアは、初代の力に反応して髪飾りを壊そうとしたのさ。そのうえ、王子様の折れた剣先を、あの女自身の一部で無理やり補っていた。それで確信したんだ」
「確信した、って……」
なにを、と聞くまでもなかった。
フェルは確かに、メルディアをこう呼んでいた。
――封印されていたはずの『大いなる災い』、と。
「そう、そうよ……それを聞いた時から、嫌な予感はしていたのだけれど……メルディアが、その『大いなる災い』なら……じゃあ、私が毎日していた封印の務めは――」
私の務めなんてなんの意味もなくて、封印はとうに解けていた。
もしくは……そもそも災いは、封印されていなかったのだろうか。
早く答えが知りたくて、逸る気持ちを抑えながら、フェルの顔を見つめる。
彼はゆっくりと、首を横に振った。
「封印も、君の務めも問題ない。彼女は恐らく……運よく封印から逃れていた、『大いなる災い』の一部なんだろう」
「ど……どうしてそんなことがわかるの……? 封印に、問題はないだなんて……」
「んー……」
髪飾りをくるくると回しながら、フェルはぽつりと言う。
「ちゃんと理由はあるんだけれど、そこから話すと長くなるんだよね」
彼は手を止めると、私の目をじっと見た。
「……いまは、僕を信じてほしい。君の務めには――意味がある」
まっすぐそう言われて、返す言葉がなかった。
他に選ぶ道はない……私は小さく頷いた。
「わかったわ……いまは、あなたを信じる。……それで、最初に言っていたとおり、メルディアを――あの『大いなる災い』の一部を、どうにかしなくちゃいけないのよね?」
「飲み込みが早いね。鍵となるのは……この髪飾りだ」
手にした髪飾りを、改めて私に見せるように掲げる。
大きな白い花をかたどった飾りのまわりを、小さな花の銀細工が守るように囲んでいた。
「彼女に傷をつけることができたのは、前回が初めてだった。初代の力がメルディアに効くのは間違いない。……ただ、足りなかった。この髪飾りに込められた力だけじゃ、殺しきれない」
「それって……初代の力が、もっと必要ってこと? でも……そんな遠い昔にあった力が、その髪飾り以外に残っているとは思えな――」
その時、ある言葉が頭に蘇る。
――『封印庫には、初代聖女様の時代から残る古く貴重な品もございましてな』
大神殿の奥書庫で、鍵のかかった扉を見つけた時、書庫を管理していた神官がそう言っていた。
「――封印庫」
記憶をなぞるように口にすると、フェルがぴくりと眉を動かした。
「それは……大神殿の保管庫のこと?」
「ええ。私も初めて知ったのだけれど、奥書庫のなかに扉があったのよね。でも、聖女の私でも入ってはいけないって言われて」
「ふーん。……もしかして、初代聖女の遺品が保管されているから、とか?」
「そこまでは言っていなかったけれど……それぐらい古い品があるからですって」
そこまで言うと、フェルは髪飾りを懐に戻して、静かに立ち上がった。
「なんにせよ、一度行ってみる価値はありそうだね。……簡単には入れなさそうだけれど」




