15
八回目の朝。
目覚めてすぐ、最低限の支度を始めた。
もう、頭痛や咳が残っていないか、いちいち確かめることもしなかった。
(災いの病で死ぬのは二回目だけれど、慣れって怖いわね……)
夜着から着替え、髪を整える。
すると、扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
声をかけると、すぐに扉が開いた。
「おはよう、エステア」
いつもどおりの挨拶とともに現れたフェルの姿に安心する。
それと同時に……気まずい気持ちになった。
「おはよう、フェル。その、前回は……余計なことをしてしまったわね、私」
「余計なこと?」
「……離れのなかに、勝手に入ったことよ。あなたが殺されると思ったら、つい……それで結局、私のほうが先に殺されてしまって」
ぽつりぽつりと言い訳をすると、フェルがなんでもなさそうに笑った。
「僕を助けようとしてくれたんだろう? できれば、あまり無茶はしてほしくないけれど……それもエステアらしいよね」
「私らしい、って……なんだか、はぐらかされているみたいだわ」
「違うよ」
フェルは、少しだけ声を落とした。
「助けようとしてくれたことは嬉しかった。ありがとう、エステア」
そんなふうに言われて、ますます申し訳なくなる。
それなのに、心臓が一度、変に跳ねた。
(……いま、どうして)
彼に責められなかったから、安心しただけ。
きっと、それだけのはずだ。
そう思おうとしたのに、なぜかフェルの顔をまっすぐ見ていられなかった。
「さて、僕だけの不意打ちは失敗したことだし……次の作戦を考えようか」
彼の声に軽さが戻る。
けれど、次は私もただ見ているわけにはいかない。
メルディアの気を引くために、またあのおぞましい姿と対峙することになる。
(私のなかの封印の力は当てにならないし、上手くできるかもわからない……でも、やるしかない。これ以上、フェルだけに負担をかけたくない)
それから、離れのメルディアを相手にどう動くかを、フェルと話し合った。
◇ ◇ ◇
結果から言うと、定例の儀の前にメルディアを殺すことはできなかった。
私が気を引いたり、正面から挑んだり、いっそセオドリクが来るのを待ってみたり……もう十回以上は試した。
それでも、どうしてもあと一歩届かなかった。
そのたびに私は殺される。
慣れることのない痛みと苦しみの記憶だけが積み重なり、そのぶん、心が少しずつ削られていくようだった。
ついに、朝起きてすぐ夜着から着替える気力すらなくなった。
私の部屋に来たフェルは、寝台に座り込んだままの私を見て、珍しく少しだけ眉を寄せる。
「……大丈夫?」
「大丈夫ではないけれど……これ以上どうしたらいいのか、さっぱり思いつかないわ」
何度試しても足りないもの。
すぐに思いつくのは、私のなかにあるはずの封印の力だった。
それさえ使えれば――でも、使えない。
その理由まで、自分のせいのような気がしてきた。
(私の、なにが悪いのかしら……)
思わず、両手で顔を覆う。
そんなことをしたってなにも進まないのに、もう限界だった。
考えれば考えるほど、頭のなかがぐちゃぐちゃに絡まっていく。
「うう……」
目の前にフェルがいることすら忘れて、低く唸る。
――ふいに、ぽんと軽く、肩に手が置かれた。
「エステア」
いつのまにか、私のそばまで来ていたらしい。
顔も向けずに聞き返す。
「……なに?」
「いいこと思いついた」
その言葉に、私は勢いよく顔を上げた。
「なに!?」
「とりあえず、部屋を出ようか」
「……えっ?」
フェルはそのまま、扉へ向かう。
「ちょっと待って。いいことって、作戦の話じゃないの?」
「まあ、ある意味では」
「ある意味ってなによ……ちゃんと説明して」
「いいから。考え込んでる時に部屋に閉じこもってても、ろくな案は出ないよ」
そう言いながら、フェルは扉を開けた。
「まっ、待ってよ! 私まだ、着替えてもいないのだけれど……!?」
「大丈夫。誰にも見られないようにするから」
「そういう問題かしら……?」
戸惑いながらも、結局私は夜着のまま彼のあとを追った。
◇ ◇ ◇
連れていかれた先は、屋敷の裏庭だった。
巻き戻りが始まる前、フェルはいつもここの古い大木の上で昼寝をしていた。
「ここに来るのも、体感でいつぶりかねぇ」
大木のそばでそんなことを言うと、フェルは軽く地面を蹴った。
白いローブがふわりと揺れたかと思うと、彼の身体はもう太い枝の上にあった。
葉の隙間から差し込む朝の光が、枝の上のフェルを淡く照らしていた。
「……って、突然連れてきておいて、ひとりで勝手に登っちゃうってどういうことなの!?」
あまりに予想外で、ついツッコむ。
「君もおいでよ。手を貸すから」
枝の上から、手が差し出される。
「……」
どうやら、登るしかないようだった。
渋々その手を取ると、途端にふわりと身体が浮く。
気づけば、太い枝の上に引き上げられていた。
「ど……どうやったの?」
「さてね」
そのままフェルは、私を支えながら、大木をもう少し上へと登っていった。
彼は人ではないにせよ、それでもローブを着たまま器用に登るものだな、と思った。
「ここがお気に入りなんだよね」
彼が示したのは、幹から横へ大きく張り出した太い枝だった。
その付け根に近いあたりは、人が座ってもびくともしなさそうに見えた。
「ほら、座って」
「ここに……?」
「もし落ちたら、拾うからさ」
「落ちないようにしてよ……」




