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そんなある日のことだった。その日も私は例の散歩コースを歩き、あの踏切の前で女の子に会った。夕暮れの中、女の子は線路の方を向いて、手を後ろ手に組んで、片足をつま先立ちにして立っていた。痩せぎすの彼女がそうしていると、その姿はフラミンゴが立っているかのようだった。
女の子は私がやって来たのに気づくと、にっと笑って矯正をしている歯を見せた。いつも通り、私は立ち止まって話しかけた。
「やあ、こんにちは。今日もお父さんかな」
「うん、さっき電車通ったけどな、お父さん乗ってなかった」
「そっか、じゃあ一緒に待とうか」
言いながら私は女の子の隣に立った。
「前から気になってたんやけど」
「ん、何?」
「おじさんは何してる人なん?」
「えーと」
小説家、とはとても言えなかった。
「今転職活動中」
「そうなん?だめやで、毎日ぶらぶらしてないで、ちゃんとハローワーク行かんと」
「まあ、そうだね」
「もしかして会社、クビになっちゃったん?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど」
「お父さんもな、私が一年生だったとき会社変わったんや。それまでは帰りがすごく遅かったけど、今は夜ご飯食べる前に帰ってきてくれる。おじさんも新しい会社入ったら、早く帰れるようになるといいな」
「そうだね、ありがとう」
「そういえばな、こないだお父さんがプールに連れて行ってくれたんや。ちょっと寒かったけど、もうプールも空いてきてるからって言ってな。でな、お父さんとウォータースライダーに乗ったんやけど――」
例のように、女の子が楽しげに父親との思い出を話し始めた、その時だった。
私は女の子の隣に立って、体を線路の方に向け、顔だけを女の子の方を向けて話を聞いていたのだが、女の子が大きく映っている私の視界の隅――つまり、道路の向こう側――から、一人の女がこちらへ向かっててくてく早足で歩いてきたのである。年齢は三十代半ばといったところの、痩せて、化粧のしていない顔は土気色をしてすっかりやつれている、品の無い女だった。
女はあっという間にこちらに近づき、私の視界の中で大きくなった。そうして女の子のすぐそばまで来ると、話すのに夢中になり、女がやって来たのに気づかないでいた女の子の頬を、思い切り叩いたのである。
叩かれた女の子は頬を片手で押さえながら、ぱっと振り向いて女の方を向いた。すると女は「この子は・・・」と言いながら今度は女の子の肩を掴み、引っ張ろうとした。
「痛い痛いっ」
女の子がその高い声で叫び、女に引っ張られないよう両のかかとでアスファルトに踏ん張って、踏ん張りながら肩にかかった女の手を振りほどいた。
手を振りほどかれた勢いで女はたたらを踏んだが、体勢を立て直すと、女の子の頭を二度、三度、ばんばん叩いた。そして「来なさい!」と言って女の子の片腕を掴んで、自分が今来た方に引っ張り始めた。
「嫌や、嫌や」
女の子は早くも泣き出し、そう叫びながら、しかしもう抵抗する力も無いようで、ずるずる女に引きずられて私のそばを去っていった。そうして、女と女の子はいつも女の子が帰っていく路地を折れ、私の視界から消えて行った。路地を折れる前、思い出したように女がこちらを振り向き、私に向かってぺこりと会釈した。
私は突然のことに何もできず、ただ呆然として事の成り行きを見送った。根拠は無かったが、あの女が女の子の母親であろうことはなんとなく想像できた。それにしたって、あんな乱暴をすることはないだろうに・・・そんなことを思いながら、私はしばらくその場に突っ立っていた。しかしいつまでそうしていても仕方がない。やがて気を取り直し、歩き出して散歩の続きを始めた。




